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日刊サイゾー トップ > 連載・コラム > 週刊誌スクープ大賞  > 石破茂と美人秘書の「不都合な真実」

石破茂新総裁と美人秘書の「不都合な真実」ファーストレディの言い分は?

石破茂(GettyImages)

今週の注目記事・1「石破茂新総理を操る2人の“女帝”」(『週刊文春』10/10日号)「包容力なき雄弁家『石破茂』研究」(『週刊新潮』10/10日号)
同・2「小泉進次郎新選対委員長に阿川佐和子が直撃!」(『週刊文春』10/10日号)
同・3「10・27総選挙当落予測」(『週刊文春』10/10日号)「10・27総選挙 石破自民党惨敗『53議席減』そしてまさかの高市新党」(『週刊ポスト』10/18・25日号)
同・4「楽天盗塁王小深田大翔(29)が北川景子似人妻を盗んでいた!」(『週刊文春』10/10日号)
同・5「処方箋はここを見ろ!現役薬剤師が懺悔告白『調剤ミスは日常茶飯事です』」(『FLASH』10/15日号)
同・6「大谷翔平&真美子夫人は『悲願のポストシーズン』をどう戦うべきか」(『週刊新潮』10/10日号)
同・7「ベッツが語るショウの素顔」(『ニューズウィーク日本版』10/8日号)
同・8「中核派全学連 初の女性トップは上皇陛下の“後輩”という衝撃」(『週刊新潮』10/10日号)

【巻末付録】ポストのSEXYグラビア採点!

 今週は現代が合併号でお休み。このところそれが当たり前になってきたので、私は少なからず危機感を持っているのだが、今週も順位なし。

 ところで、先週土曜日に映画『シビル・ウォー』を観てきた。4月に全米で公開されると2週に渡り全米1位の興行収入を獲得したという話題の映画である。

「3回目の任期を迎えるために憲法改正を行なったアメリカ大統領の横暴に対抗するため、テキサス州とカリフォルニア州が同盟を組んで武装蜂起。血で血を洗う“内戦(シビル・ウォー)”が勃発してしまったアメリカを舞台に、ワシントンD.C.のホワイトハウスに立てこもる大統領にインタビューを行おうと最前線を目指す4人のジャーナリストたちの旅路を描いている」(現代ビジネス10月6日 9時0分)

 脚本と監督を務めたのはイギリス出身のアレックス・ガーランド。初っ端のニューヨーク市内で、政府に抗議する民衆へ、軍隊と見せかけてFBIが発砲するシーンから、効果音がものすごい迫力のスリリングな物語である。

 なぜ、各州が政府に反逆してワシントンのホワイトハウスへなだれ込むのか、丁寧な説明はないが、現在のアメリカの分断状況がエスカレートすれば、このような事態になるかもしれないという近未来を予告しているのだろう。

 蜂起し武装した民衆とともにホワイトハウスを目指すのは3人のジャーナリストと20代の若い女性カメラマン4人たちである。

 まるで、ヒットラー時代のナチのような惨状が延々描かれる。

「ガーランド監督には、対話の不完全さと隣り合わせで描きたかったもうひとつのメッセージがある。それは“ジャーナリズム”だ。
本作にはケイリー・スピーニー演じるジェシーという若いジャーナリストがメインキャラクターの1人として登場する。彼女は、キルステン・ダンスト演じる先輩ジャーナリストのリーらと疑似家族とも言える関係を築きながら、崩壊するワシントンD.C.に迫っていく。
『ジェシーというキャラクターにはジャーナリズムへの想いが強く集約されています。彼女は劇中で内戦の惨状を淡々とカメラに収めていきます。そこには彼女自身による戦争へのバイアスや分析は介在しません。戦地の惨状を切り抜いた写真を見て人々がそこに想いを馳せる。これは“古い時代のジャーナリズム”を表現したものであり、だからこそ彼女はデジタルカメラではなく35ミリのスチールカメラを握っているのです。思うに60年代から80年代にかけてのルポルタージュとはそういうものだったと思います。
劇中、若い世代の代表であるジェシーはそうした時代のジャーナリズムの体現者になっていくのですが、これは古い世代から新しい世代への交代であり、古き良きものを根に持った彼女のほうがベテランジャーナリストのリーより優れているのでは、というメッセージでもあります。これは私自身が年を重ねたことで自分の気持ちや願いをダイレクトに物語に投影した部分も大きいと思います』
そんなジャーナリストたちを主役に据えた理由について、ガーランド監督はジャパンプレミアでこうも述べている。
『今の世の中で顕著になった変化のひとつに“ジャーナリストが敵視されがちになった”ということがあるように思います。これは腐敗した政治家たちがジャーナリズムを矮小化しようとしているからでしょう。
今様々な国では、ジャーナリストたちがデモを行なっている人々を取材しようとして唾を吐きかけられたり、言葉のみならず肉体的な暴力まで浴びせかけられたりするといった事態が頻発していますが、これは本当に狂気の沙汰です。国を守るため、我々の自由な生活を守るためにジャーナリズムは必須です。だからこそ、この映画では彼らをヒーローとして描きました』」(同)

 古臭いジャーナリストたちと、分断されたアメリカ。最後に大統領は射殺されるのだが、命乞いをする姿は滑稽でさえある。

 なんとなくその顔が石破茂首相に似ている気がしたのは、私の目の錯覚だったのだろうか。

 ここまでアメリカの分断は深刻ではないと思うか、いやいや、これは絵空事ではないと思うかは見た人の想像力に任せるが、私は、いつアメリカ、否、この国で起きても不思議ではないと、帰り道、屋台のラーメンをすすりながら思った。

 さて、まずは、我々世代には懐かしい「中核派」の話からいこう。

 中核派といえば60年代70年代の血なまぐさい革マル派との抗争を思い出すが、今でも健在のようだ。

 その中核派全学連の委員長に弱冠25歳のうら若き乙女が就いたというのである。
それも、学習院大学文学部に在学中(現在は休学)で、かつて上皇が主将をつとめていた馬術部にいたというのだから、畏れ多いことである。

 4年前に音楽の趣味でつながるSNSフォロワーがある集会についてツイートしていたのにつられて参加。

 そこに最高指導者の清水丈夫議長が半世紀ぶりに姿を現した。

 新潮のインタビューに、

「今の時代に本気で“革命”と言っている人たちが存在することが結構衝撃的でした」
と答えている。

 しかし彼女は、これで怯むことなく、活動家になると決意して、ビラ撒きに勉強会にと多忙だそうである。

 闘士たちも高齢になり、ソフト路線に転換するための誘い水として、彼女を委員長に仕立てたのでは?

「まったくそんなことはなく、ハードです。70年安保闘争を超えるような闘いを作りださないといけないと思っているので。実家には3年前に『前進』(機関紙)に記事を書いたとき、それを送りつけました。両親からは反対されていますね。暴力はよくない、と。あと、大学はちゃんと卒業してね、と言われています」

 80年代後半に、中核派のアジトへ行ったことを思い出す。薄汚い地底のような中に、活動家たちが蠢いていた。その一人に、「元木よ、お前の息子は○○幼稚園(実名)に行っているんだろう。気をつけた方がいいぞ」と脅されたのを覚えている。

 私が親だったら、子どもがそんな組織に入ることは、体を張って止めただろう。時代が変わったのか? 俺が時代遅れなのか?

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