『極悪女王』が再現した歴史的残酷ショー 輝きたい女たちと搾取する男たちとの関係性
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ハリウッド映画を模したシーンには違和感
プロレスは1人では成り立たない。常に相手を必要とする。クラッシュギャルズの人気が爆発したことから、対抗する悪役が必要となる。優しい性格もあり、それまでリング上で目立つことのできなかった松本香は、ようやく第3話で極悪メイクを施した「ダンプ松本」へと変身する。竹刀とチェーンが、彼女の必須アイテムだ。
この変身シーンは実話をかなり脚色したものとなっており、評価が分かれるところだろう。久しぶりに実家に戻った松本は、あの憎んでも憎み足りない父親(野中隆光)が、母親(仙道敦子)と妹(西本まりん)とすっかり馴染んでいることに驚く。少ない給料から松本は母親に仕送りしていたのだが、そのお金を母親は父親に渡していたことも分かる。彼女がプロレスの世界で必死でもがいている間に、実家での彼女の居場所はなくなっていたのだ。親友のはずの長与も、はるか遠い存在となっていた。
やり場のない怒りと悲しみが、松本香をダンプ松本へと変貌させた。この変身に至るくだりは、ホアキン・フェニックス主演で大ヒットした犯罪映画『ジョーカー』(19年)を思わせる。実話ベースの物語に、ハリウッド映画の二番煎じ的な描き方を用いたことには少なからず違和感を覚えた。
プロレスを多少でも観たことのある人なら、ベビーフェイス(善玉)かヒール(悪役)かは興行側が決めることはお馴染みだろう。仕事だと割り切り、プロレスラーたちはリング上でキャラクターを演じ、組み合う。プロレスならではのギミック(仕掛け)が、日本中を大熱狂させたおかしみにこだわってもよかったように思う。
メイクによって別人格へ変身するという分かりやすい演出は、演技経験が多くはないゆりあんを生かすためのものだったのだろうか。白石監督に対する期待が高い分、残念に感じた。
鈴木おさむが体験した生放送の残酷ショー
最終話となる第5話には、もうひとつの大きな見せ場が用意されている。ヒール道を極めるダンプ松本と、人気絶頂期の長与千種が、大阪城ホールでシングル対決することになる。1985年8月に行われた「敗者髪切りデスマッチ」だ。フジテレビ系で生中継されたので、記憶に残っている人もいるだろう。松本のしつような凶器攻撃、セコンドを務めるブル中野ら「極悪同盟」の介入もあり、長与は全身血まみれとなる。
このデスマッチシーン、ゆりやんも唐田も取り憑かれたように血みどろになる狂乱ぶりを見せ、歴史の一部分になっている。再現場面ながら、充分にヤバさが伝わってくる。
そして敗者に待っているのは、観衆の前で丸刈りにされるという屈辱だ。女子プロレス史上に残る伝説の試合であり、生中継していたテレビ局には苦情が殺到した。今では地上波放映は無理であろう残酷ショーが、80年代にはまだテレビ放映されていた。
本作を企画・プロデュースし、脚本も担当したのはバラエティー畑出身の鈴木おさむだ。長きにわたってテレビのバラエティー番組の構成作家を務めてきた鈴木が実話ベースのドラマを企画したことに、配信前は疑問を感じていた。だが、最終話の髪切りデスマッチを見て、納得した。
鈴木おさむは人気番組『SMAP×SMAP』(フジテレビ系)の生放送の番組冒頭、SMAPが視聴者ならびにジャニーズ事務所の創業者に解散騒ぎが起きたことを謝罪するという異例の事態を、間近で目撃している。SMAPが読み上げた謝罪文は彼が書いたそうだ。「公開処刑」と騒がれたテレビ史に残る事件だった。
すでに業界からの引退を表明している鈴木おさむだが、テレビにおける歴史的な残酷シーンを自分が企画した実録ドラマの中で振り返ってみたかったのではないだろうか。
男が決めた「ブック」を破る女たち
女子プロレスの世界を描いた『極悪女王』は、10代~20代の若い女子レスラーたちが、松永兄弟(村上淳、黒田大輔、斎藤工)らに搾取される物語でもある。クラッシュギャルズや極悪同盟が血を流しながら闘えば闘うほど、松永兄弟による同族経営だった「全日本女子プロレス」は大いに潤った。対戦カードだけでなく、「ブック」という隠語で呼ばれる試合の勝ち負けを事前に決めるのも彼らだった。
だが、予定調和で進むプロレスほど、つまらないものはない。波乱が起きるからこそ、ファンは熱狂する。そして「ブック」に従わず、敢然と反逆したレスラーこそが輝くことになる。物語の最後、ダンプ松本、長与千種、そしてライオネス飛鳥ら女子レスラーは、男たちが決めた「ブック」を平然と破る。このとき、彼女たちは最高に輝く。さまざまな利害や人間関係が渦巻くドロドロしたリングに、爽やかな風が吹き抜ける瞬間だ。
権力側が考えた、つまらない「ブック」なんか破ってしまえ。男たちに搾取され続けた女たちが、闘うことに生きる喜びを見出していく。
テレビ業界も、映画界も、つまらないブック(脚本)しか用意できないようなら、お客から見捨てられるのは時間の問題だろう。ドラマのできには甘さがあるものの、ゆりやん、唐田、剛力らが時間を費やして役づくりに取り組んだ『極悪女王』のような企画は、今後も期待したい。見慣れた人気俳優たちを安易に組み替えた作品よりも、体を張ったキャストが輝く瞬間を私は目撃したいのだ。
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