『光る君へ』一条天皇が寵愛し“始めた”彰子への想いと妻妾をめぐる道長との確執
#光る君へ
一条天皇と彰子、そしてもうひとりの女御との関係
一条天皇と彰子の夫婦仲が本当によかったといえるかについては、『栄花物語』にさえも気になる記述は散見されます。同書によると、一条天皇は夜が「明けたてばまづ(彰子のいる藤壺に)渡らせ給」うたそうですが、その時、天皇が興味を示していたのが彰子ではないのですね。天皇の視線の先にあったのは、彼女の父である道長が財力と権力にものをいわせて飾り立てた彰子の局・藤壺の調度品だったのです。
装飾が施され、貴重な材質の仏像が収められた「御厨子(みずし)」や、名人が描いた絵や書などが大量にあるのが彰子の住む藤壺で、趣味人だった一条天皇はそれら宝物に釣られていた……と読めてしまう箇所でもあります。そこから天皇にプレゼントされた宝物もあるでしょうから、その見返りとして、彰子との関係が道長から提案されていたとも考えるべきでしょう。
ドラマでも描かれましたが、定子が伊周・隆家(三浦翔平さん・竜星涼さん)という2人の兄弟が起こした「長徳の変」の影響で髪をおろしたので、天皇のお傍にいられなくなった時期がありました。この時、ドラマでは何人かの女性が天皇の女御として新たに入内したというセリフが出てきただけでしたが、史実では、その時期に入内した藤原元子(安田聖愛さん)という女性と一条天皇は密接な関係を構築していたようです。
定子との関係が復活すると、一条天皇と疎遠になってしまった元子が、実際には妊娠していないのに「天皇の御子を身ごもった」と主張した事件も起きました。『栄花物語』によると、長徳4年(998年)の「六月、元子太秦広隆寺で水を産む」という奇怪な結末を迎えてしまっています。臨月になっても子どもが生まれる気配がないので、太秦の広隆寺で安産祈願をしたところ、産気づいた元子の身体から出てきたのが大量の「水」だったそうです。
想像妊娠ではなく、なんらかの異常だったともいわれますが、これをほかの女御の陣営から痛烈に揶揄されてしまった元子は宮中を退き、里下がりをしています。
それでも一条天皇との人目を忍んだ関係は細く長く続いていたようで、定子の死後に彰子がいたにもかかわらず、元子と連絡を取ろうとした一条天皇が道長の不興を買ってしまったという話もあります(『栄花物語』、巻6)。
このように、フジテレビ版のドラマ『大奥』のようなエピソードも一条天皇の後宮にはあったのですが、『光る君へ』では(良くも悪くも)描かれないままでした。こうして一条天皇と彰子のもどかしいラブストーリーは前回の放送で、見事成就したというわけです。
一条天皇は元子と連絡を取ろうとして、道長の機嫌を損ねたのが本当に怖かったらしく、彰子の懐妊中もほかの女御たちと会わず、実の娘の内親王たちと会っていただけとも伝わります。彰子が身ごもっていると最初に気付いたのも、一条天皇だったらしく「去年の十二月にも例のこと(=生理)なかりし。この月も二十日ばかりにもなりぬる(『栄花物語』)」から、道長や源倫子たちに懐妊の通知をしようと言い出したのを、彰子は「もの狂ほし(あまりにあからさますぎる)」と気恥ずかしくなったともいいますね。
ドラマの一条天皇は年長者の道長にも堂々と振る舞っていますが、史実の天皇は必ずしもそうではなく、道長のご機嫌を取らざるを得なかったようです。さらに彰子が最初の妊娠と出産を迎えた時期は、天皇にとっては必ずしも幸せいっぱいだったわけではなく、亡き皇后・定子が命にかえて出産した媄子内親王が、わずか9歳で病死した時期にもあたるわけです。
史実の道長は、一条天皇から頼まれ、加持祈祷が行われる清水寺に内親王を送迎しましたが、彼自身はすぐさま宮中にとんぼ帰りしています。その態度からは道長が「いつまで定子や、彼女との間に生まれた子どものことばかり考えているのですか」と不快であることがヒシヒシと伝わってくるようでした。
しかし、悩みを相談するにも別の女御との交流は道長に嫌がられますし、彰子は宿下がり中で、そもそも8歳年下の彼女に適した話題でもありません。一条天皇は、愛娘の重病と死という悲痛の時期を孤独に過ごさざるをえなかったのでした。これもある意味、帝王の孤独かもしれません。ドラマに元子は目立つ形では登場していませんから、彰子と天皇の夫婦仲に生じた不協和音は描かれないのでしょうが、亡き定子に代わって、彰子が天皇の寵愛を得たとはいえない状況だったのではないか、と筆者には思えてならないのです。
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