地上波テレビで愛され続ける『となりのトトロ』、追いやられる『火垂るの墓』『はだしのゲン』
#となりのトトロ
スタジオジブリが否定した都市伝説
生と死のコントラストという点でさらに深掘りすると、実在の事件が『となりのトトロ』のモチーフになっていることが都市伝説的に囁かれています。「トトロは死神」「メイとサツキは死んでいる」という噂が、短編映画『めいとこねこバス』(02年)が三鷹の森ジブリ美術館での上映が始まった2000年代から広がり始め、2007年5月にスタジオジブリが公式ブログで噂をわざわざ否定するに至っています。公式ブログでは触れていませんでしたが、『となりのトトロ』は「狭山事件」がモチーフになっているという説も囁かれています。
狭山事件とは、1963年(昭和38年)5月に狭山市に暮らす女子高校生が誘拐された事件です。『となりのトトロ』の舞台設定が所沢市周辺のため、隣接する狭山市で起きたこの事件との関連性が、まことしやかに流れました。身代金を受け取りに来た犯人を警察は取り逃してしまい、その翌々日に誘拐された少女の死体が見つかったことから、警察への非難が殺到。汚名返上を焦った警察は、事件現場に近い被差別部落を集中して見込み捜査し、容疑者を別件逮捕しています。
冤罪の可能性が極めて高く、今なお未解決事件とされています。メイやサツキが、トトロやネコバスと交流していた昭和30年代、そのすぐ近くで不条理な事件が起きていたことに恐怖を覚えます。
おそらく宮崎監督本人にこのことを尋ねても、「そうだ」とは答えないでしょう。『となりのトトロ』は、宮崎監督の完全な創作世界です。宮崎監督自身の母親が結核で長く苦しんだこと、子どもの頃に多くの児童書を読んだこと、鎮守の森への郷愁、東映動画に入社した1963年当時の左翼運動の高まり、宮崎家の子どもたちを喜ばせるために『パンダコパンダ』(72年)をつくった記憶、『ミツバチのささやき』に主演した少女アナ・トレントの可愛らしさ……。宮崎監督が体験したあらゆることとイマジネーションが渾然一体化して、『となりのトトロ』は誕生したからです。
かつては夏休みの定番だった『火垂るの墓』
宮崎監督の代表作『となりのトトロ』を語る上で、決して忘れられないのが高畑勲監督による『火垂るの墓』(88年)です。『となりのトトロ』と『火垂るの墓』はどちらもスタジオジブリ制作で、同時上映された双子のような作品です。一方は戦争の悲惨さを克明に描き、もう一方は少女の明るい生命力と想像力を伸びやかに描いたところに、高畑監督と宮崎監督らしさが現れています。アニメ界の二大巨匠が、同時期に競作し、二本立て上映されたという奇跡のような2作品です。
今週で19回目のオンエアとなる『となりのトトロ』に対し、『火垂るの墓』は高畑監督が亡くなった2019年4月に追悼放映されたのを最後に、地上波テレビでは見なくなりました。1989年にテレビ初放映された際は20.9%という高視聴率を記録し、90年代からゼロ年代にかけては1~2年おきに夏休みシーズンになると『火垂るの墓』が放映されたものです。
これまで地上波テレビで13回放映されたものの、『火垂るの墓』が近年放映されなくなった理由に、視聴率が取れなくなったことに加え、残酷なシーンを子どもたちに見せたくないという親たちの考えも少なからずあるようです。子どもたちには美しいもの、楽しいものだけを与えたいと考える世代が、ずいぶんと多くなったのでしょう。
広島市出身の漫画家・中沢啓治氏が自身の被爆体験をもとに描いた『はだしのゲン』(中央公論新社ほか)が、学校教材や学校の図書室から姿を消したのも同じような理由だと思われます。2023年、広島市教育委員会は平和教育の小学3年生向け教材から『はだしのゲン』を削除することを決め、話題になりました。『はだしのゲン』では病気の母親に栄養をつけさせるために主人公の元と弟の進次が一緒になって、他人の家の鯉を盗もうとするシーンがあるのですが、こうしたエピソードは子どもたちが読むのに不適切だと判断されたのです。『火垂るの墓』にも、栄養失調になった妹・節子を救うため、兄の清太が空襲中の街で火事場泥棒に励むシーンがあります。『はだしのゲン』を問題視する人たちは、そうしたシーンも許さないでしょう。
現実の戦争の恐ろしさを描いた『火垂るの墓』や『はだしのゲン』は、子どもたちの目の届かないところに追いやられ、『となりのトトロ』のような大人も子どもも楽しめるファンタジー作品のみが地上波テレビに生き残ったというのが今の日本社会です。
トトロは子どもにしか見えない存在です。大人になるとその姿は見えなくなってしまいます。『火垂るの墓』の清太と節子の兄妹、『はだしのゲン』の中岡元とその家族は、日本の子どもたちの目にすらその姿が映らなくなりつつあります。みんなみんな、ネコバスに乗って遠い遠いトトロの森へと向かっているのかもしれません。
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