『海のはじまり』第1話 ボンクラ男を“血縁”という名の呪いにかけるメンタルホラー
#海のはじまり
白状してしまえば『silent』(フジテレビ系)は時期的にバタバタしていて見ていなくて、『いちばんすきな花』(同)は第2話まで見て離脱しちゃったんですよね。なんかホントにあの4人の言ってることが頭に入ってこなくて、「ああ自分は、大衆ドラマがわからないくらい脳みそが衰えてしまったんだ」と、暗澹たる気持ちになったのをよく覚えています。ショックだったんだよなぁ。
というわけで、気鋭の脚本家・生方美久さんの3作目となるのはフジテレビの月9『海のはじまり』(同)。これは、わかる。わかるぜぇ。
振り返りましょう。
■28歳男性の仕事を描かない冷酷っぷり
弥生さん(有村架純)は、化粧品メーカーに勤務する30歳。どうやら商品企画の責任者のようで、香料の担当メンバーに「もっとサンプル持ってこい」と圧をかけるなど、バリキャリぶりを発揮しています。年下彼氏もいるようで、順風満帆なご様子。
その弥生さんの年下彼氏である夏くん(目黒蓮)が、このドラマの主人公。大学時代から同じアパートに住み続け、弥生さんの「夏休みいつ取るの? 合わせるよ」という健気な問いかけにも「うん」とも「ううん」とも取れない曖昧な答えを返すボンクラです。それでも、弥生さんは夏くんが好きみたい。何しろ夏くん、顔面がすこぶるかわいいからな。
そんなボンクラの夏くんに電話がかかってきて、大学時代の元カノ・水季(古川琴音)が亡くなったという。葬式に駆け付けてみると、そこには6歳くらいの海ちゃん(泉谷星奈)という女児が。それは、水季が夏くんに内緒で産み、シングルマザーとして育てていた夏くんの実の娘なのでした。
いろいろあって、海ちゃんに「夏くんは? 夏くん、海のパパでしょ? 夏くんのパパ、いつはじまるの?」と詰められて、『海のはじまり』は第2話へ。
全編、怖いです。
夏くんは普通に善人だし、別に大学時代に水季に不義理をしたわけじゃない。そりゃ避妊には失敗したけど、水季が堕ろすっていうから中絶同意書にもサインしたし、別れたのだって水季が一方的に電話で「夏くんより好きな人ができた」って告げてきたからでした。
そんな夏くんに、このドラマはとことん冷淡なんです。
まず、仕事を何してるか描かないんですね。28歳の社会人にとって生活の大半は仕事であって、その人物紹介をするときに属性としての仕事を描くのが脚本を書く上での常套手段です。年上彼女の弥生さんは化粧品メーカーでバリキャリをやってる。それ一発で人物像を理解させているわけですが、夏くんは「スーツで電車通勤している」という情報こそ与えるものの、なんの仕事をしているかは描かれない。職場で2人産休に入る人が出て夏休みが確定できないという、どうやらあんまり決裁権がなさそうだということしかわからない。
主人公に社会的属性を与えず、ただ「バリキャリ女のボンクラ年下彼氏」という記号だけをあてがっている。これって、ドラマからの「夏くんはあなたでもある」というメッセージだと思うんですよね。そういうメッセージを発した上で、夏くんを“災難”に巻き込んでいく。
■“災難”って言っちゃったごめん
“災難”という言い方は非常によくないね。自分の知らないところで、元カノが子どもを産んでいた。その元カノが死んで、残された子どもがいきなりアパートを訪ねてくる。
「夏くん、海のパパでしょ? 夏くんのパパ、いつはじまるの?」
災難ではないけれど、突き付けられた「血縁」という逃れられない重責は、恐怖でしかありません。
亡くなった水季の母親(大竹しのぶ)が、葬儀場のバスターミナルで「海はあなたの娘だ」と告げるシーン。大竹しのぶの厚化粧に埋め込まれたビー玉のような真っ黒い瞳。
アパートに帰ったら、昨日まで美人で頼れる優しい年上彼女だった弥生さんが、一転して「なんにも知らねえ女」に変貌してしまっているという絶望感。
持ち前のセンス台詞とテクニカル演出を存分に発揮しながら、夏くんを「血縁」という呪いに巻き込んでいく。まちがいなく『海のはじまり』はホラーです。何年か前に遊川和彦さんの脚本で『過保護のカホコ』(日本テレビ系)という血縁の呪いが伝播していく様を描いたホラードラマがありましたが、あれよりキツイかもしれない。
でもね、気楽に見れちゃうんだ。大学時代の水季って、めちゃくちゃいいんですよね。大学時代に付き合いたい女の子ランキング第1位だと思う。そういう第1位の女の子を、すごく上手く描いている。どこか往年の田中麗奈を思わせる古川琴音のキャスティングも絶妙。
そんないい子と付き合えたんだし、夏くんイケメンだし、こっちはあんなステキな大学時代を過ごしてないし、っていうか高卒だし。バチくらい当たれって思っちゃう。そんな、別に書かなくてもいい自分の中のドロッとした感情をかき立てられましたので、非常にこう、訴求力の高い作品だと思うわけです。
それでも、ずいぶんと過酷なことを夏くんに強いるんだな、どういうつもりなのかなと思っていろいろ見てみたら、脚本の生方さんが取材で言ってました。
「明確に伝えたいことはふたつだけです。ひとつは、がん検診に行ってほしいということ。すべての人が受診できる・受診しやすい環境が整ってほしいです。もうひとつは、避妊具の避妊率は100%ではないということです。」(〈特別取材〉目黒蓮主演「海のはじまり」の脚本家・生方美久が今作で‟伝えたいこと”はふたつ/GINGER6月29日配信)
うへぇ、めっちゃ確信的にこれか。おもしろくなりそうです。
(文=どらまっ子AKIちゃん)
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