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走る芸術品、フェラーリは神への挑戦だったのか…名優の演技で魅せる映画『フェラーリ』の至福

走る芸術品、フェラーリは神への挑戦だったのか――名優の演技で魅せる映画『フェラーリ』の至福の画像1
映画『フェラーリ』より

 映画の序盤、キリスト教のミサとカーレース試運転のカットが交互に映し出される。その一連の場面を見ていると、芸術品とも言える車・フェラーリを創り出すことは、神の御業を具現化するような行為なのではと気付かされる。それは同時に神に挑むことでもあり、その結果として、フェラーリを創り出した男は神の復讐とも言える試練を受けることになる。『フェラーリ』はイタリアの風景と相まって、何やら宗教的な雰囲気を漂わせている映画だ。

 フェラーリの創業者、エンツォ・フェラーリは、元レーサーにしてカーデザイナーであり、自ら立ち上げたフェラーリ社をイタリア屈指の自動車メーカーへと成長させた稀代の経営者でもある。だが、その私生活は謎に包まれ、1988年に亡くなってから現在まで、多くの毀誉褒貶に晒され続けているという。

 本作では、そんなエンツォ・フェラーリを、アダム・ドライバーが演じている。『スター・ウォーズ エピソード7/フォースの覚醒』(15)のカイロ・レン役で有名になったアダム・ドライバーだが、その後多くの名監督に起用され、スパイク・リー監督『ブラック・クランズマン』(18)や、ノア・バームバック監督『マリッジ・ストーリー』(19)などでアカデミー賞にもノミネートされ、高い評価を得ている。巨匠リドリー・スコット監督が、フェラーリと同じくヨーロッパの名門企業であるグッチ家における内紛を描いた『ハウス・オブ・グッチ』(21)でも、富豪の跡取り特有の不安定さを上手に演じていたが、本作においてもカリスマ経営者の揺れる内面を見事に表現している。

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映画『フェラーリ』より

 そして、エンツォ・フェラーリの妻であるラウラ・フェラーリを演じるのが、ペネロペ・クルス。この熟し切った果実のような香りを感じさせそうな、やさぐれたペネロペ・クルスがいい。24年で50歳になるペネロペ・クルスだが、『バニラ・スカイ』(01)で共演したトム・クルーズとの交際が報じられた頃よりも俄然色気が増している。

 本作において、アダム・ドライバー演じるエンツォ・フェラーリは、フェラーリという芸術品を生み出すためは、他人に対しては壁を作らなければならないという信条を持っている。ペネロペ・クルス演じるラウラとの間に生まれた息子は早くに亡くなっており、共同経営者でもある妻との関係はギスギスしている。さらに、エンツォには、長年関係を続けている愛人と、その愛人との間にできた子どもまでいるのだが、そのことを妻・ラウラに隠している。ラウラとの間にできた子どもを亡くしたエンツォの心は、自然と愛人との間の子どもに向かっていくのだが、その秘密が露見した時のラウラによる愛憎極まる感情表現が円熟女優・ペネロペ・クルスの魅せどころとなっている。

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映画『フェラーリ』より

 映画は1957年、59歳だったエンツォの激動の1年を描いている。妻と愛人、ふたりの女性の愛憎と婚外子の認知問題に加え、業績不振により破産寸前のフェラーリは、競合他社からの買収の危機に瀕していた。私生活と会社経営で窮地に立たされたエンツォは、イタリア全土100マイル縦断の公道レース「ミッレミリア」に挑戦するが……。当時の風俗や風景を徹底したリサーチで現在に甦らせた美術デザインと、迫力とスピード感にあふれるレースシーンも必見だ。

 監督はロバート・デ・ニーロとアル・パチーノが共演した『ヒート』(95)や、トム・クルーズが非情な殺し屋を演じた『コラテラル』(04)を監督し、『フォードvsフェラーリ』(19)の製作総指揮も担当したマイケル・マン。本作ではヨーロッパ的な精神の賜物であるフェラーリの成り立ちを、風雅な映像の中に配置してみせた。
 
 フェラーリはイタリアの風土にこそよく似合う。まさに歴史と伝統の国、イタリアからでなければ生まれなかった、芸術であり神の至宝なのだ。

■作品情報

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映画『フェラーリ』より

『フェラーリ』
監督:マイケル・マン
脚本:トロイ・ケネディ・マーティン
原作:『エンツォ・フェラーリ 跳ね馬の肖像』(集英社文庫)
出演:アダム・ドライバー、ペネロペ・クルス、シャイリーン・ウッドリー、パトリック・デンプシーほか
www.ferrari-movie.jp
配給:キノフィルムズ
7月5日(金)TOHO シネマズ日比谷ほか全国ロードショー
© 2023 MOTO PICTURES, LLC. STX FINANCING, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

里中高志(ジャーナリスト)

フリージャーナリスト。精神保健福祉士。メンタルヘルスと宗教を得意分野とする。著書に『栗本薫と中島梓 世界最長の物語を書いた人』(早川書房)、『精神障害者枠で働く』(中央法規出版)、『触法精神障害者 医療観察法をめぐって』(中央公論新社)。

最終更新:2024/06/30 14:00
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