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日刊サイゾー トップ > 連載・コラム > 週刊誌スクープ大賞  > 「ススキノ首狩り娘」惨殺事件の裏側

普通の女の子は、いかにして「ススキノ首狩り娘」になったのか──惨殺事件の裏側

「ススキノ首狩り娘と精神科医父のSMプレイ」

 さて今週の第1位は、文春の「ススキノ首狩り娘」のルポルタージュに捧げたい。

 自分の子どもが殺人、それも殺すだけではなく、その首を切り取って自宅に持ち帰り、飾っていたとしたら……。

 しかもその世にも恐ろしい殺人事件に、自分の夫も加担していたことが分かったら、妻であり母親である女性はどう行動するのだろう。

 小説の世界でもめったに起こりそうもない“ホラー映画”そのもののような奇怪な事件はこうして起きたのだった。

 昨年7月2日、札幌市内のラブホテルの一室で、頭部のない全裸男性の遺体が発見された。被害者は、恵庭市に住む会社員のAさんだったが、ホテル内や周辺の防犯カメラは、大型のスーツケースを引き、現場を1人で立ち去る小柄な同行者の姿を捉えていた。

 捜査当局は被害者と接点のある女に絞り込んで捜査を進めたが、この世にも稀な猟奇事件は、単独犯ではなかった。娘とその両親3人による犯行だったのだ。

 7月24日、北海道警は、職業不詳の田村瑠奈(30)、その父親で精神科医の修(60)の2人を、死体損壊、死体領得、死体遺棄の容疑で逮捕、翌25日、母親の浩子(61)も同じ容疑で逮捕された。

 文春は、6月4日に札幌地裁で開かれた浩子の初公判での冒頭陳述、弁護士、修の祖父など関係者の綿密な取材をもとに、事件がなぜ起きたのかをルポしている。なかなかの力作である。

 娘と夫がAを殺して首を家に持って帰ってきたことを知らなかった浩子は、二階のリビングで起床して、同じ階にある洗面所に向かう。

 見慣れないプラスチックのケースが置かれ、中にゴミ袋のようなものが入っているのが見えた。だが、勝手に触れば瑠奈の機嫌を損ねてしまうため、そのままにしていたという。

 数時間後、三階から降りてきた瑠奈がさらりとこういった。

「おじさんの頭を持って帰ってきた」

 にわかに信じられるものではなかった。その場を取り繕った浩子は、翌日、ススキノで頭部のない遺体が見つかったというニュースを目にする。娘のいったことは本当だったのだろうか?

 胸が締め付けられる恐怖を覚えたが、容器の中身を確認することはできなかった。

 それから3日後。浩子は瑠奈に呼び出され、「見て」といわれる。普段と変わらない自然な口調だったため、彼女は浴室に入る。目に飛び込んできたのは「洗い場に置かれている、皮膚を剥がされて全体が赤くなった人間の頭部だった」(文春)

 この時の心境を浩子は、弁護士にこう語ったという。

「この世の地獄がここにあると思い、深い絶望感に襲われました」

 なぜこのような娘が育ったのだろうか?

 北海道で生まれ、北海道教育大学旭川校を卒業した浩子は、1993年3月、旭川医大卒で精神科医の修と結婚した。翌年2月、産まれたのが瑠奈であった。

 一人娘だった瑠奈は、両親の愛情をたっぷり受けて育った。小さな頃の瑠奈は、友達を自宅に招いて遊ぶ普通の子どもだった。

 だが、小学校の2年生の頃から次第に不登校気味になっていったという。

 両親はそれでも瑠奈の個性を尊重し、家庭教師を付けながら娘を見守ろうとしたそうだ。

 この頃から、何事においても「瑠奈ファースト」という親子関係が形成されていったと、検察側は冒頭陳述で指摘したそうである。

 だが、小学2年生の幼い我が子が不登校気味になっていれば、修のように精神科医でなくても、しばらく見守ってやろうと思うのではないだろうか。

 だが、小学5年の時、瑠奈が同級生に喉元に刃物を突き付ける“事件”が起きる。

 その当事者は、瑠奈の服装を「アニメのキャラみたいだな」といっただけなのに、急に筆箱からカッターナイフを持ち出してきて、馬乗りになられ、「次いったら刺すからな」といわれたという。

 瑠奈の父方の祖父がこう話している。

「瑠奈は小さい時から“病気”があったんです。息子の修が言うには、蜘蛛の一種だと。何かあったら脳の中に蜘蛛が出てきて、悪さをして、その瞬間は、瑠奈も自分で何をやっているか分からないんだって」

 事件から間もなく、修が札幌市厚別区に三階建ての自宅を購入。瑠奈には三階が与えられた。

 だが、状況は好転せず、中学に入学してからは一切登校できなくなっていった。

 その頃から瑠奈は、人体の構造に興味を持ち始め、頭蓋骨の模型などを部屋に展示するようになったという。

 修は精神科医だったのに、瑠奈が中二の頃に精神科医を受診させ、主治医の意見も聞きながらフリースクールに通わせたが、そこも通えず、18歳の頃には完全な引きこもり状態になってしまったそうだ。

 そして自殺未遂を繰り返し、「田村瑠奈は死んだ」と宣言したという。これを検察側は、「瑠奈の死体に五~六人の人格、魂が入り込んでいると思い込む『ゾンビ妄想』が出始めた」といっているという。

 両親が瑠奈と呼ぶことを許さず、「お嬢さん」で敬語を使わせ、修を「ドライバーさん」、浩子を「彼女」と呼ぶようになった。

 やがて瑠奈には「ジェフ・キラー」なる妄想上の恋人もでき、時折虚空を眺めて「彼との会話を楽しんだ」という。

 そしてやがてホラー映画やSMに興味を持ち始め、ススキノの「怪談バー」へ行きたいというようになった。修の運転でススキノに足を向け、クラブ「キングムー」の閉店イベントにも出かけ、そこで女装趣味のA(当時62)と出会うのだ。

 だがAは、「女装はするけど、好きなのは女の子」だった。Aと瑠奈はラブホへと向かったという。

 そこでトラブルが起きた。Aは短時間に何回も性行為に及んだが、最後は、避妊具を付けるという瑠奈との約束を破ってしまったという。

 別れた後Aの仕打ちに怒り狂っていたそうだが、瑠奈は、Aが謝ったら許してあげる、次にはSMプレイをしたいと両親には話していたようだ。

 だが検察側は、人体に関心があった瑠奈は遺体を解体して弄ぶことを計画し、両親もそれを容認し、協力したとみているという。

 ということは、浩子も当夜の惨劇は予想していたのだろうか。

 瑠奈のSMプレイの練習に、家で修と2人で練習をしていたというのだから、異様な光景だったであろう。

 Aを探し当て、7月2日、ラブホへAと瑠奈が入って行った。

「入室早々、全裸になったAさんを浴室に誘導した瑠奈は、SMプレイを装ってアイマスクで彼の視界を塞ぎ、両手を後ろ手にして手錠をかけた。そしてハンディカメラを用意する。

『お姉さん(Aさん)が一番、反省しなきゃいけないのは、私との約束を破ったことでしょ』

 言葉と同時に、瑠奈の殺意が爆ぜる。刃渡り約八・一センチの折り畳みナイフを、Aさんの背後から右頸部に何度も突き立てた。(中略)その後、瑠奈は用意していたノコギリを使い、約十分でAさんの頭部を切断した」(文春)

 先の祖父がこうもいっている。

「病気のある瑠奈を大切にしていたのは分かる。『修さ、抱え込んだってダメなんだよ』って言ってきたけど、うちの子はこういう症状が出るから、これでいいんだと。ドライバーさんとか呼ばれていたっていうのも、従属しているんじゃなくて、瑠奈に付き合ってあげていたんだろう。殺人まで起こすなんて、二人とも分かっていなかったと思う」

 古来から「子育ては失敗するもの」だといわれてきた。もちろん私の3人の子どもたちも親の考えているようには育たなかった。それでいいのだと思う。

 子どもには子どもの人生があるのだから。だが、人の道を踏み外しそうになったら、命を懸けても、そっちには行かないよう連れ戻す。親にその覚悟さえあれば、後は好きなように生きろ、それでいい。

 だが、精神科医の父親と、やはり学歴のある母親が、なぜ、娘の鬼畜のような行動を止められなかったのか。娘と地獄まで付き合う。そういう覚悟があったのだろうか。

 私が修だったらどうしただろう。そう自分に問いかけながら、このルポを他人ごとではなく読んだ。読後はしばし呆然として虚空を見つめていた。(文中敬称略)

【巻末付録】

 まずは現代から。

「時は止まったままで 本田美奈子の部屋」。SEXYグラビアではないが、伝説のアイドルの部屋が往時を思い出させる。可愛い子だった。

「桑島海空 高気圧ガールの夏、始まる」。くわじまみくと読む。まだあどけなさが残っている。

「斎藤恭代 しっとり汗ばんで」

 お次はポスト。

「ナンノさんが通る 芸能活動40年の南野陽子(56)が大胆露出」。ナンノも56歳か。感慨深い。

「新宿 歌舞伎町フーゾク全史」。私の青春時代はやっぱり歌舞伎町だった。毎晩でかけては女の子に声をかけていたな。だれも見向きもしてくれなかったけど、それだけで幸せだった。

 袋とじ「田野憂 Lカップ、ヘアヌードになる」「あまつまりな これ以上脱げない!」「尊みを感じて桜井―バズる敏感ボディー」

SEXYではないが本田美奈子はなかなかの名企画。いい子は早く逝ってしまうのかな。

元木昌彦(編集者)

「週刊現代」「FRIDAY」の編集長を歴任した"伝説の編集者"。

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もときまさひこ

最終更新:2024/06/18 13:00
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