『光る君へ』伊周・三浦翔平の失脚と“不敬事件”、そして中関白家の没落と道長“隆盛の始まり”
#光る君へ
中関白家の没落と伊周の能力不足
前回のドラマでは瀕死の藤原道隆が一条天皇(塩野瑛久さん)に迫り、伊周を「内覧」の地位につけてくれと懇願するシーンがありました。内覧とは天皇に奏上するべき案件やその書類のすべてに目に通すことができる、事実上の摂政あるいは関白に相当する地位なのですが、伊周が内覧の特権を授かっていたのは、長徳元年(995年)3月9日から、4月10日に道隆が亡くなるまでの約1カ月で、道隆の死の以降は(具体的には同年5月11日以降は)、道長に内覧の地位も引き継がれてしまったのです。
ちなみに同年4月27日に、伊周ではなく、道長の次兄・道兼が一条天皇より関白宣下を受けていますが、昨年より平安京に蔓延した疫病のせいで彼は倒れてしまい、5月8日に亡くなりました。『栄花物語』によると、道長は長兄・道隆の葬儀には行かなかったのに、次兄・道兼の葬儀には参列して嘆き悲しんでいる姿を見せたといいます。これは彼にとってはあまりにタイミングがよすぎる時期の次兄の死だったからこそ、余計な疑いを世間に生じさせないための悲歎の演技ではないか、もっというと次兄・道兼に毒を盛るなどして葬ったのは道長本人ではないか……という疑惑を抱いてしまうほどです。
また、この時期においても、伊周と道長の対立は、彼らが公事の席(宮中における公卿会議中)でもつかみ合いの大喧嘩をしたり、伊周の弟・隆家の従者が、道長の従者と争った末に殺人事件を起こしたり、単なる貴族の権力闘争というだけにはおさまらない「武力抗争」にさえ発展していました。
道長としては、伊周・隆家兄弟との紛争を早期に解決する必要があり、そのために「中関白派」だった藤原斉信の協力を得なければならず、斉信の協力のもとに決行されたクーデターが「長徳の変」だったのだと考えられるのです。巻き込まれた花山院は、本当にお気の毒というしかありません。
一条天皇から寵愛されていた中宮定子(ドラマでは高畑充希さん)にも影響があり、定子も兄たちが花山院暗殺未遂という不敬事件の犯人となったことで「罪人の妹」になりましたから、宮中にいることはできなくなり、私邸である二条邸に宿下がりを余儀なくされてしまったのです。
平安時代では処刑が名目上廃止されており、特に貴族に課される最高刑は流罪だったのですが、かつては朝廷の重要人物だった伊周・隆家兄弟に対しては、伊周が大宰権帥(だざいごんのそち)、隆家が出雲権守という「地方官」に降格され、任地に送られるという形式で、実質的な流罪が執行されることになりました。
しかし、伊周・隆家兄弟は定子に守ってもらおうと二条邸に逃げ込み、隆家が潔く任国に出発したあとも伊周は逃亡を試みるなど、相当な醜態をさらしたのです。こういう数々の恥ずかしすぎる言動の結果、清少納言の『枕草子』に伊周の出番はなくなり、定子や清少納言が昔からそのイケメンぶりに心奪われていた斉信が、伊周の代わりに「理想の貴公子」の枠で登場することになったのだと考えられます。
もちろん、斉信は「中関白家」を捨てて、道長派になった人物ではあるのですが、そんな斉信を『枕草子』が美化して描き続けることになった背景には、ドラマとは異なり、清少納言が昔から関係していた彼のことを強く愛していたからかもしれませんね。
まぁ、清少納言はそんなセンチメンタルなことばかりいっている女性ではありませんから、道長派の中ではまだ会話ができる人物として、斉信を使って道長の情報を引き出そうと試みていただけなのかもしれませんが……。
いずれにせよ、摂政そして関白となって朝廷を牛耳っていた藤原道隆が没してわずか一年の間に、「中関白家」は見る影もなく没落してしまったのです。道長を悪くは描こうとしない『大鏡』によると、その原因は伊周の能力不足だったというのですが、ここぞというときの道長のなりふり構わぬ辣腕に太刀打ちできる公卿など、当時は誰もいなかったということでもあるのでしょうね。
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