『366日』第4話 保守的な価値観と繰り返されるシーンロンダリング
#366日
今期の月9『366日』(フジテレビ系)29日放送分は第4話。なんとも捉えどころのない作品なんですが、ようやくちょっと見えてきました。
第1話では、まるで恋愛ドラマの定番シーンを寄せ集めたような展開で、なんじゃこりゃと思いつつも「これって、くりぃむのベタドラマじゃん」なんてニコニコ見てたんですが、なるほどこの作品の根底にあるものは露見してたわけだ。
要するに保守なんです。線路やサーバーの保守じゃなくて、創作におけるイデオロギーとしての保守。安直な保守は世界平和の敵ですからね。振り返りましょう。
■みんなが「変わらないこと」を求めてる
ハルトくん(眞栄田郷敦)が意識を失ってから3カ月。長年の片思いが叶って目を覚まさないハルトくんのそばにいることを決めた主人公のアスカちゃん(広瀬アリス)は、病室に日参して一方的におしゃべりしています。
高校を卒業して10年、ハルトやアスカは男子3女子2の仲良し5人組でした。リコ(長濱ねる)とトモヤ(坂東龍汰)もその日は病室に来ていました。
この日は、リコが「報告がある」と言い出します。2年付き合ってる彼氏と結婚することにしたという。元来、リコは「男運が悪い」でお馴染みだったそうで、トモヤはちょっとうろたえたりしています。リコのこと好きみたい。
そんなリコでしたが、このタイミングで彼氏が既婚者であることが発覚。別れを決意しますが、アスカに八つ当たりしてケンカしたり仲直りしたりしています。
一方そのころ、仲良し5人組の残りのひとりであるカズキはタワマンでご機嫌な日々を過ごしていますが、こちらもアスカの高校時代の写真を隠し持っていることが彼女にバレて微妙な感じ。カズキはアスカのこと好きみたい。
あと、実業団野球の選手であるトモヤには肘を壊して選手生命の危機が訪れていました。野球できなくなったら失業しちゃう。
なんだかんだでアスカは高校時代に好きだったクラリネットを手に取る。高校のとき写真部だったカズキはずっと触ってなかったカメラをまた買ったようだ。リコは高校時代同様に男運が悪い。
ハルトは自分がプロデュースするイタリア料理屋に、自分たちにとっての思い出であるカズキの写真を飾ろうとしていた。
どいつもこいつも、価値観を更新する気がない。ドラマが、登場人物たちを変化させるつもりがない。物語を展開させるつもりがない。要するに、このドラマには言いたいことがないのだ。
だから回想シーンばかりになる。
新しく撮った高校時代の回想ばかりでなく、このドラマでは頻繁に同じシーンが使われます。ちょっと誰かがしゃべったら、すぐに10分前の映像が出てくるようなことが繰り返されているのです。本当に伝えたいことがあれば、1分1秒だって無駄にしたくないものです。何もないから、ぐるぐるシーンを使い回すしかないんです。過去に寄り掛かる登場人物たちの思想そのままに、作劇も過去に寄り掛かっているんです。
そしておそらく、そういう作劇が無意識に行われている。モブだった看護師の過去に含みを持たせることや、眞栄田郷敦に新たな悲劇をハメこむことで、何かを語ったような気になっている。
■それって当然なんですかね
今回でいえば、語るべきはリコがなぜその彼氏を好きになったのか、どういう思いで結婚を決意するに至ったかなんです。そういう経緯があってこそ、「彼が既婚者だった」という展開に意味が出てくる。ここを『366日』は「料理上手ないい人だから」で片づけてしまう。
トモヤの肘の件もそう。肘が完全に壊れるまで野球に打ち込んだその強い思いがまるで語られない。
料理上手ないい人がいたら女は結婚したくなるのが当然だろ。
実業団の選手が限界までがんばるのは当然だろ。
アスカとハルトという美男美女が両思いだったのなんて、当然だろ。
知らないですよ。知らないし、共感できないですよ。こういう価値観を「当たり前だろ、そういうものだろ」と平気で押し付けてくる感覚が、いかにも保守的で受け入れがたいと感じるところです。それを自分たちの言葉と価値観で語れないから、不倫だ肘痛だ記憶喪失だと災難を振りかけるしかないのです。
で、このドラマのやっかいなのが、撮影と演出と俳優がめっちゃいいのよね。最後のゴードンの顔面とか、表情も撮り方も最高だったと思います。あーしんど。
(文=どらまっ子AKIちゃん)
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