『インフォーマ』から『ブラザーズ』へ……息苦しい世の中を生きる人々へ送る自信作
#松本人志 #週刊文春 #沖田臥竜
『ムショぼけ』『インフォーマ』が立て続けに映像化、コミック化され、新時代のアウトロー小説の旗手として注目される沖田臥竜氏。その沖田氏の新作『ブラザーズ』(角川春樹事務所)が発売された。呪縛だらけの現代人の胸に刺さりまくるオトコたちの生き様……この作品に込めた想いを作者自身が綴った。
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かの角川春樹さんに「おもしろい!」と、一発で仕上げた原稿で読んでもらい、そう言わしめた小説家がどれだけいるだろうか。すまぬ。私は言われてしまった。
はっきり言って、ろくな人生を私は歩んで来なかった。器用なほうではなかったので、人よりもたくさん損もしてきた。だからだろう。地味に努力をすることしかできなかった。来る日も来る日も、自分で小説を書きまり、他人の小説を写し、読み漁ってきた。もしも、もっと器用に生きることができる人間だったのなら、物書きになれなかったのかもしれない。不器用だからこそ、書く、読む、写すという単純な作業を繰り返すことができたので、自分のような人間でも小説家になれたのだろう。
角川春樹事務所の編集担当からいただいた、小説への執筆依頼の言葉といえば、「内容がおもしろければ、何でも大丈夫です」というもので、細かな指示などは一切なかった。だからと言って好きなことを書いても、それは感想文でしかない。当たり前だが、読者に「おもしろい」と言ってもらわなければ、小説家としての存在価値がない。
はっきりと言うが、小説は売れない。売れないということは、金にならない。だが、物書きの最高峰と言えば、小説家なのである。小説を書くことができれば、そのほかの書く仕事ならば、だいたいはできる。とはいえ、すごく地味な仕事である。1冊10万文字の戦いだ。小説を書いている最中はもちろん、それが出版されても、金銭的に他の仕事をしないと暮らしていくことはできないので、結局はずっと書いた作品のことを考えている。
不安はつきものである。何十冊書いても、スタートはいつも「本当にゴールインすることができるか」という思いが強烈に襲いかかってくる。
厳密にいえば、描き下ろし小説を書いているときに原稿料などは発生しない。執筆を終え、本を刷り終えた部数に対して、初めて本体価格の数%の印税が原稿料が発生するのだ。
書きはじめの段階から、こんなに辛いのならば書くのをやめるか……とそんな想いが何度も脳裏をかすめ、必ずと言っていいほど、執筆作業中には熱が出る。
だからこそだ。だからこそ、美しいのではないか。だからこそ小説家という仕事は、他の物書きとは一線を画しているのではないだろうか。少なくとも、私の中ではそう映っているのだ。
ただ、最近はマンガ家になりたい……。だって、マンガは当たれば、それだけで暮らしていけるもん。マンガの原作の仕事をするようになってから、そんな甘い世界ではないことはわかったが、本気でマンガの勉強を始めたいなんて思っている。マンガの原作の仕事がたくさん来たらよいな、なんて思ったりしている。
小説家になろうと決めて筆を握り、24年目の春を迎えた。デビューしても、自分で小説家を名乗るのはずっとおこがましいと思っていた。だが、今ならば胸を張って言える。私は小説家だ、と。
何冊も本を出版してきたが、『ムショぼけ』という小説が映像化され、続いて『インフォーマ』も映像化された。そんな中で、新たな作品として書き下ろしたのが、角川春樹事務所から発売された『ブラザーズ』である。
20冊近く出版し、デビュー以来、毎年必ず本を出しているが、自分の小説の中で自分自身で認めている作品は『ムショぼけ』と『インフォーマ』以外だと、『忘れな草』と『死に体』の2冊しかない。
だからだろう。ブラザーズを角川春樹さんからも、担当編集者からも「おもしろい!」と言われたときには、「オレのやり方は間違っていなかった……」と思うことができた。それは私の中での確信でもあった。
小説というものは、読んでもらうことも難しい。何せ10万文字である。私だって、今では日々に追われて、「これおもしろいから読んでみて」と言われても、そんな文字数はなかなか読むことができない。ただ、読むことも仕事のうちなので、億劫に感じることがあっても、一応話題の作品には目を通すようにしている。小説に限らず、映画にマンガもだ。
書けるということは、読む力がなくてはならない。だいたいの作品は、5分も目を通せば、上手いか下手かの判断を下すことができる。でも自分の作品だけは客観的に読めなくなるときがあるのだ。果たして、これが本当におもしろいのかどうかと、自分の目が曇って、判断ができなくなってしまうのである。
だが、久しぶりである。もっともっと無知だった頃を除き、自分の書いたものを読み返して、これはおもしろいと思えたのは、『ブラザーズ』が久しぶりであった。
文芸の衰退は、すなわち活字離れに直結している。それでも『ブラザーズ』だけは読んでみてほしい。小細工なんて使っていない。コンプライアンスが叫ばれて、堅苦しい世の中だからこそ、あえてど真ん中の物語を書いた。『インフォーマ2』を書いているときに、閃いたのだ。『インフォーマ2』に登場してきたキャラクター2人を軸に、違う目線で描いてみるとおもしろいんじゃないかと、同作と同時並行で書いていたのだ。
もう一度言う。小説は読むのがとても大変だ。それでも、みなさんの貴重な時間を4時間ほどわけてほしい。携帯電話を手放して、書に触れてみてほしい。きっと時を忘れて、『ブラザーズ』の世界観に引き込んでもらえると思う。
『ムショぼけ』『インフォーマ』『忘れな草』『死に体』、売れ行きは大して芳しくないかもしれないが、それらに続き、私の中で、満足のいく5冊目の小説を書き上げることができた。
今年も新しい物語を私はまた熱を出しながら書くのだろうか。小説を書いているときの苦悩の日々。だが、私はその時間を実は愛しているのかもしれない。
(文=沖田臥竜/作家)
『ブラザーズ』
角川春樹事務所/1650円(税込)
関西ヤクザ界に「ヒットマンブラザーズ」の異名で知られる危険な男、天空会の萩原紅。懲役囚だが刑務所内に絶大な影響力を持ち、不自由ながら懲役の面白さを感じながら刑期を過ごしていた。やがて出所し組に戻った萩原が引き起こした、構成員1万人とも言われる大川連合とのもめ事。10人の組員しかいない天空会だが、誰も引く気はない。難しいこと考えて、こぢんまりまとまっても、しゃあない――そして、また熱い日々がやってくる。
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