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歴史エッセイスト・堀江宏樹の「大河ドラマ」勝手に放送講義

『光る君へ』花山天皇の出家、そして、なぜ「早期退位」に追いやられたのか

花山天皇が早期退位した本当の理由

『光る君へ』花山天皇の出家、そして、なぜ「早期退位」に追いやられたのかの画像2
花山天皇(本郷奏多)ドラマ公式サイトより

 今回、とくに触れておきたかったのは、「なぜ花山天皇は、早期退位に追いやられねばならなかったのか」という点です。文字数の制限があるので、ごく大雑把な話になりますが、花山天皇は17歳で即位してから約2年の間に、中流貴族の出身である藤原義懐(ふじわらのよしちか)と、藤原惟成(ふじわらのこれしげ)という二人を抜擢し、かなり急進的な政治を行っていました。それが既得権益層である(藤原兼家など)上流貴族たちから問題視され、いわば「クビ」にされるような形で退位させられてしまったともいえるのです。

 当時の日本には「律令体制」の名残がありました。花山天皇は、すべての土地/人民は朝廷(=天皇)のものであるという、律令体制の大原則をあまりに拙速に回復しようとしてしまったのです。

 中流貴族の生まれであるがゆえに、大貴族たちのようには荘園所有の恩恵に預かっていない藤原義懐たちは、荘園がこれ以上、新規で増えることを抑止し、天皇による直接の土地支配と、税金徴収の制度復活に備える「荘園整理令」を花山天皇に発布させました。

 しかし、なぜ大貴族たちは、それほど多くの荘園を抱えることができたのでしょうか?

 天平15年(743年)、有名な「墾田永年私財法」が制定され、自分で開拓した土地の私有権が認められるようになってはいたのですが、小規模土地有者たちは、国から課される高額すぎる税に悩んでいました。

 しかし、税関係の役人よりもさらに上位の役人――つまり都の上流貴族(や大寺院)に自分の土地を差し出せば、彼らには免税特権もあるし、何かと便宜を図ってくれる……という事実が周知されるにつれ、権力者であればあるほど、全国から多くの荘園が手元に集まってくる事態になったのです。上流貴族には免税特権があり(不輸の権)、当時は身分社会ですから、身分が低い役人は、名目だけでも上流貴族の所有地になっている荘園には出入りすることさえできなくなりました(不入の権)。小規模土地所有者は、名義を貸してくれた上流貴族にいくばくかのお礼を支払わねばなりませんが、それでも国に税金を収めるより、よほどお得だったというわけです。

 さらにウラの事情もありました。平安時代中期ともなれば、こうしたさまざまな事情が重なり、朝廷は役人たちに規定の給与さえ支払えない状況に陥っており、「給料の代わりに各地の荘園と利用権、さらには非課税の特権をあげるから、自分で稼いでよ……」といわれるのが貴族社会の「普通」になってしまっていたのです。

 各地の荘園から収入が得られるよう、大貴族たちほど大規模な投資も行った後なので、今になって花山天皇から「荘園整理令」などを出されるのはかなり困った事態でした。ゆえに天皇にこれ以上、余計なことをされないうちに、彼を退位させねばならなくなったわけですね。花山天皇の出家劇は「政治」というより、もっと生臭い「カネ」にまつわるドラマだったともいえるでしょう。花山天皇の後も、多くの天皇が大貴族から勢力を奪い返そうと荘園整理令を何度も発布することになりますが、これはまた別の機会に……。

 ちなみに藤原道兼は花山天皇と一緒に出家するという約束を果たしませんでしたが、藤原義懐(高橋光臣さん)と藤原惟成(吉田亮さん)の二人は事態を知るやいなや、後追いで出家してくれたようです。花山天皇もとい花山院は、ナマグサ坊主になりましたが、義懐と惟成の二人は生真面目な出家者として終生を過ごしたようですね。ドラマでは権力欲に燃えて花山天皇に取り入ったように描かれてきた彼らですが、史実を見る限り、生真面目すぎて、爛熟した貴族社会の中ではとても生きていけないタイプの人材だったのではないかと思われてなりません。

<過去記事はコチラ>

堀江宏樹(作家/歴史エッセイスト)

1977年、大阪府生まれ。作家・歴史エッセイスト。早稲田大学第一文学部フランス文学科卒業。日本・世界を問わず歴史のおもしろさを拾い上げる作風で幅広いファン層をもつ。原案監修をつとめるマンガ『La maquilleuse(ラ・マキユーズ)~ヴェルサイユの化粧師~』が無料公開中(KADOKAWA)。ほかの著書に『偉人の年収』(イースト・プレス)、『本当は怖い江戸徳川史』(三笠書房)など。最新刊は『日本史 不適切にもほどがある話』(三笠書房)。

Twitter:@horiehiroki

ほりえひろき

最終更新:2024/03/17 12:00
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