『さよならマエストロ』第9話 そうしてドラマは“自分ごと”になっていく
#さよならマエストロ
10日に放送されたTBS日曜劇場『さよならマエストロ~父と私のアパッシオナート』は第9話、ラス前です。
今回は、メンデルスゾーンの「バイオリン協奏曲ホ短調」です。裕福な家に生まれ、恵まれた環境で育った早熟の天才による、もっとも有名なバイオリン協奏曲のひとつ。結論から言って、今回のクライマックスで仲違いしていたマエストロ(西島秀俊)と娘・響ちゃん(芦田愛菜)がこの曲を一緒に演奏することになります。
振り返りましょう。
■父と娘が「アパッシオナート」を失った理由
この物語は、音楽への「アパッシオナート(熱情)」をなくしてしまった父と娘が、その失われた時間を回復するまでの時間を描いています。最終回を前に、それを失うきっかけとなった事件が明かされました。
5年前、響ちゃんはウイーンで行われたコンクールのセミファイナルで1位という結果を残しました。しかし、響ちゃんは決して才能に恵まれたバイオリニストではありませんでした。
子どものころからコンダクターである父に憧れ、父と一緒に演奏することを夢見てきた響ちゃん。恵まれた環境で練習に励んでいましたが、中学生くらいになると周囲に置いていかれるようになります。
練習するしかない。響ちゃんはママの制止も聞かず、寝る間を惜しんで鬼錬に没頭することになります。
「今のままじゃ意味がない、音楽を聞かせる資格がない、圧倒的じゃなきゃパパと同じ舞台には立てない」
ただ楽しかった音楽が、それを深く知ることによって苦しみに変わっていく。それでも練習するしかない。そうして迎えたコンクールで、響ちゃんに奇跡が訪れたのでした。
自分の演奏に身を委ねることができた。音楽に満たされることができた。ようやく、パパの境地にたどりつくことができた。そう感じた響ちゃんを抱きしめたパパは、響ちゃんをホメちぎりながらこう伝えるのでした。
「第3楽章の第2主題、少し走ったね。あそこを修正すればファイナルでもっといい演奏できるよ。がんばって!」
ここ、見てて「うわぁ……」って声出ちゃった。きついきつい。明確にして厳然たる敗北。
パパの境地になんか、たどりついてなかった。死ぬほどがんばったし、もうがんばれない。響ちゃんはファイナルをボイコットし、「パパのせいで音楽が嫌いになった」と吐き捨てます。
そうして父と娘は、音楽から離れたのでした。
■誰にでも、そういうことが起こる。
誰にでも、そういうことが起こる。マエストロにも、響ちゃんにも、マエストロの師匠であるシュナイダー先生にも、そういうことがある。一度失った熱情はしかし、取り戻すことができる。純粋にその好きだった気持ちを思い起こさせてくれる人が、周囲にいれば。
そういうことを、このドラマは言っています。
音楽が好きだった自分を取り戻した響ちゃんは、バイオリンを手に取り、マエストロに語りかけます。
「約束、覚えてる? 一緒に演奏するって」
なぜ響ちゃんがそういう心境に至ったか。それをここに簡潔に書き記すことはできません。このドラマでここまで描かれたすべての瞬間が、こうしてもう一度響ちゃんがバイオリンを手にするためにあったのでした。
マエストロは40年ぶりに調律した自宅のピアノの前に座り、響ちゃんと2人でメンデルスゾーンの「バイオリン協奏曲ホ短調」を演奏します。
音楽は、誰かと演奏することで魔法のような時間が生まれます。別の世界に行ける。生きてるなぁって感じる時間です。
これは第2話でマエストロが、若くして音楽への熱情を失い、自宅でひとりバッハばかり弾いていたチェリストにかけた言葉です。
響ちゃんが父とともに訪れた「別の世界」は、本当に音楽が楽しかった幼少期でした。いつもピンク色の小さなバイオリンケースを背負っていた、ヨーロッパでの日々でした。
誰にでも、こういうことが起こるんです。
今こうして、5年ぶりくらいにドラマのレビューを書く仕事をしています。お金のために仕方なく片手間で再開しただけですし、連ドラをちゃんと見るのも5年ぶりになります。まあ、面倒です。それでも、こうやってちゃんと視聴者に向けていいものを届けようという強い思いを抱いているドラマがあって、原稿を書けば丁寧に読んでくれる校正スタッフさんがいて、密かに待っていただいていた読者の方の存在なんかを知るとですね、嫌いじゃなかったよなぁと感じるんです。熱情ってほどじゃ全然ないけど、この作業、嫌いじゃなかったよなぁと。
まさか作っている人にこのレビューが届くなんて思ってませんが、ちゃんと“自分ごと”として受け取ってますよという、これは、この作品への賛辞です。はい。
(文=どらまっ子AKIちゃん)
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