『さよならマエストロ』第7話 ベタな群像劇を前振りに個人に迫っていくダイナミズム
#さよならマエストロ
25日放送のTBS日曜劇場『さよならマエストロ~父と私のアパッシオナート~』は第7話。クール前半のアマオケ群像劇は大団円を迎え、いよいよドラマはマエストロ(西島秀俊)個人にフォーカスしていきます。
今回は、持つ者と持たざる者のお話。才能についてですね。振り返りましょう。
■2つのオファーと、1つの目の前の仕事
さよならコンサートを終え、あおぞらホールは閉館に。晴見フィルは散り散りの「散りオケ」になってしまいましたが、市から認められた活動期間はあと1カ月残っています。練習場所さえ確保できない状況ですが、マエストロの励ましもあって「できることをやろう」と、実にポジティブです。
そんなマエストロに2つのオファーが届きました。
ひとつは、長年マエストロが憧れていたドイツの「ノイエ・シュタット交響楽団」からのお誘い。創立200年、ドイツ国民に愛される歴史ある交響楽団だそうで、マエストロを常任指揮者に迎えたいとのことです。しかも、師匠であるシュナイダー先生の強い推薦だそうで、マエストロにとっては願ってもないチャンス。ヨーロッパ時代のマネジャーだった鏑木くん(満島真之介)の敏腕ぶりがいかんなく発揮されました。
もうひとつは、マエストロの地元の高校からのオファー。講演と、吹奏楽部の1日指導をお願いしたいというイージーなものでしたが、マエストロは躊躇します。というのも、18歳で家を出て以来、勘当状態で30年以上父親と会っていないのだとか。
ここでは、マエストロがもともと野球少年だったことも初めて明かされました。そういえば、マエストロが音楽を志したきっかけもこのドラマではまだ語られていません。こんだけ才能があるんだから音楽やってて当然だろと思っていたけれども、そんなことないんですよね。なんらかのきっかけがあるはずだ。
一方そのころ、町の歌カフェのマスター・こむちゃんこと小村二朗(西田敏行)は自らの77歳のお祝いに、リーダーライブを開くことを画策中。楽器は下手ですが、晴見フィルのお色気フルート・ルリさん(新木優子)から指導を受けつつ、準備を進めています。しかしライブ前日、こむちゃんは老人なので倒れて救急車で運ばれてしまいました。
晴見フィルとその関係者に愛着を抱いてしまったマエストロ、ドイツからのオファーは断り、こむちゃんのライブ実現のためには全力で奔走します。
■才能とセンチメンタルと
せっかくドイツから極上オファーを取ってきたのにマエストロに断られてしまったマネジャー鏑木くんは激昂します。
「あなたは特別な人なんですよ! いつまで自分にウソをつくんですか!」
5年前、マエストロは突然コンダクターの仕事を辞めて、隠居していました。鏑木くんはそれからずっと、マエストロが再び指揮棒を持つ日を待っていた。日本の地方オケでタクトを振っていることを聞きつけ、わざわざヨーロッパから舞い戻ってきたのでした。それほどマエストロの才能にほれこんでいたからこそ、感情が爆発してしまいます。
「あなたは特別な人なんですよ!」という叫びは、同時に「私は特別な人ではない!」という告白でもあります。鏑木くんの振る舞いは、才能を持たざる者から持つ者への一方的な強要にすぎない。当然、マエストロには断る権利があるし、この国は憲法で職業選択の自由を保障しています。
マエストロにフラれた鏑木くんと、楽器が下手なこむちゃんが才能について語り合うシーンがあります。自分たちには音楽の才能がなかった。才能がうらやましい。あんなふうに、演奏してみたい。実にセンチメンタルで、美しいシーンです。
「もしもピアノが弾けたなら」
西田敏行の往年のヒット曲です。だけど僕にはピアノがない、それを聞かせる腕もない。その歌が多くの人の共感を呼んだのは、誰も天才ではないからです。天才でない人たちには、センチメンタルが必要です。ひととき、自己憐憫に浸ることで、また明日からを生きていける。
一方で、腕がないなら練習すればいいじゃん1日8時間でも12時間でも。それが天才たちの発想でしょう。
彼らにはきっと、「やる」と「やらない」しかないんですよね。仕事において「やろうとしたけど、できなかった」がない。悲しいね、切ないね、そう言って慰め合える仲間もいない。逃げ道がないから、共感を得られない。共感を得られない決断は、人を傷つける。センチメンタルに浸る権利がないんだ。天才ってのも楽じゃなさそうだね。今回は、そんなお話でした。
ドラマの視点がマエストロ個人に向けられたことで、彼が音楽を始めた理由も、5年前に辞めた理由も明かされていないことに気づかされました。まだまだこのドラマには、語ることが残っているようです。ベタな群像劇でマエストロという天才の「周囲からの見え方」を語り尽くしておいて、後半でその内面に迫っていく。なかなかダイナミックな作劇をやってるなぁと思います。
このドラマ、超おもしろいんですけど、どうなんですかね。
(文=どらまっ子AKIちゃん)
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