『光る君へ』花山天皇が寵愛した忯子の死去と天皇、平安貴族の葬儀
#光る君へ
簡素だった平安時代の貴族の葬儀
宮中のしきたりに縛られ、花山天皇は愛する忯子の死に顔を拝むこともできないままでした。当時の上流社会で「死のケガレ」はもっとも忌むべきものだったからです。特に天皇という、身分社会のピラミッドの頂点の存在が、自分の女御(妻)とはいえ下位者の死のケガレを受けることなどもってのほかでした。
逆に天皇が亡くなると、最高位の貴族たちの手で、天皇のご遺体の沐浴(いわゆる逝去時ケア)、納棺などが行われました。前回のドラマでは、まひろの父・藤原為時(岸谷五朗さん)が、花山天皇から「足がだるい。さすってくれ」といわれたのを、帝のお身体には触れられないと固辞していましたが、あれは天皇の身体に直接触れられるのは最高位の貴族や天皇の“お相手”となった高位の女性だけというしきたりを思わせるシーンでした。
そして天皇が亡くなった際、宮中を出た天皇のお棺はごく少数の者たちに付き従われ、行障(ぎょうしょう)と呼ばれる幕で通行人の視線から隠されながら、郊外を目指しました。
当時の天皇を含む上流階級の葬儀は、ほとんどのケースで土葬ではなく、鳥辺野(とりべの)、蓮台野(れんだいの)、化野(あだしの)など平安京郊外の野辺において火葬にされました。
天皇の陵墓の側に寺院が建立される習慣が定着していた時期で、そこで天皇の遺骨も管理され、天皇の冥福が祈られるようになります。要するに天皇のお墓=寺院という考え方ですね。
ドラマの時代より、少し後の話ですが、後一条天皇の葬儀について詳しく記した『類従雑例』という書物によると、天皇の遺体を火葬にした場所に陀羅尼経を収めた石卒塔婆(石製の供養塔)などを建て、遺骨は浄土寺に運んで安置したとあります(長元9年=1036年、「五月十九日条」)。
しかし、天皇の女御の葬儀としては、平安京の郊外で火葬した後、その土地に散骨しておしまいというケースが多かったようです。天皇の葬儀同様、貴族の葬儀においても、現代のように葬儀会社などのスタッフに任せられるわけではありません。あくまで貴族の身内が逝去時ケアから納棺、さらには郊外までお棺を運んで火葬し、その時の火の番などまですべてを行う必要がありました。貴族たちはそういう作法について日記に書いて、子孫たちに伝えようとしたものです。葬儀にまつわる作業を特別な僧が一括で請け負うようになったのは、平安時代末以降の話ですが、これが日本における葬儀会社の誕生といえるかもしれません。
藤原公任の姉・遵子(のぶこ、ドラマでは中村静香さん)は、円融天皇の中宮(正室)という高い地位にあった女性でした。史実では彼女に先立たれた公任は、遺体を火葬にした後に散骨しようと思っているがよいだろうか、と藤原実資(ドラマでは秋山竜次さん)に相談しました。
実資の日記『小右記』によると、公任には木幡の墓地(現在の京都府宇治市)を散骨の地として勧めています(寛仁2年=1018年、「六月十六日条」)。実資、公任、そして道長なども藤原氏の中で「北家」といわれる血統の出身者なのですが、その中でもとくに高い社会的地位を得た男性や、天皇の女御などになった高位の女性の遺骨だけは、木幡の墓地に埋葬、もしくは散骨したほうがいいと考えられていたからです。
しかし、墓地とはいっても、この当時の感覚では、誰それのお墓という印を長年わかるように建てる発想はありません。その一方で、木幡に一族の墓地を定めたことが藤原北家に栄光をもたらしたと実資は考えていたので、こういうところには現代に続く「お墓は大事」という価値観の原点があるような気もします。
道長も木幡の墓地に葬られましたが、彼の墓の場所は今でも特定はできていません。一応、現在では過去よりも高い精度の推測ができるという程度でしょうか。
当時の仏教は、人間死んだら「無」になると考える宗教だったのですが、死のケガレに敏感すぎるわりには、あまりに簡素なお葬式と埋葬が行われていた平安時代の貴族の常識には驚いてしまいますね。
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