オードリー東京ドーム 16万人集客という大偉業と、アントニオ猪木の「環状線理論」
#オードリー
「今日は、ラジオやります」
4万5,000人の大観衆を前に、オードリー・若林正恭はそう切り出した。東京ドームのセンターステージにラジオブース。この日の入場者数は公式で5万3,000人。当初発表された席数は4万5,000だったから、舞台が見づらくなる注釈付き席や、まったく舞台が見えないステージ裏席だけで8,000人が追加チケットで入場していることになる。
さらにLINE CUBE SHIBUYAと全国200館の劇場で行われたライブビューイングに5万2,000人、オンライン生配信に5万5,000人、計16万人が「オードリーのオールナイトニッポンin東京ドーム」に参加したことになる。アーカイブはない。あくまで「生」だけで16万人である。
否、自宅や職場、レンタルスペースなんかに集まってみんなで生配信を見たリトルトゥースもいるだろう。目撃者はおそらく、20万人を超える。
あらためて、異質なイベントだったと思う。ラジオを聞いていなければ、何が面白いのか分からないシーンがてんこ盛りだ。
オープニングからして、なぜ若林はトウモロコシ畑の中をさまよっているのか。なんで今さら35年も前の『フィールド・オブ・ドリームス』(89)をパロディしているんだ。
春日俊彰の登場は『メジャーリーグ』(89)だ。こちらも公開は35年前。オードリーの2人が小学生だったころの作品である。
若林は登場すると、自転車に乗って場内を一周した。なんで自転車?
春日の妻・クミさんとフワちゃんが親友ってどういうことだ? 一般人じゃなかったの?
なんで春日は黒いグレゴリーのリュックサックを投げつけているの? その春日に盛大な爆笑とブーイングが降り注ぐのはなんでだ? グレゴリーの何が観客を焚きつけているんだ?
アントニオ猪木が提唱した「環状線理論」を思い出す。
稀代の興行師であった猪木は、『猪木力 不滅の闘魂』(河出書房新社)において、興行を発展させていく過程を環状線に例えている。
「環状線の内側がプロレスファンだとすれば、いかに環状線の外側にいるファンじゃない人へ情報を発信するかということで、外を意識してそこを巻き込んでいくと、環状線はどんどん大きく広がっていく」
「俺は、業界全体の人気を上げるためにも環状線の外を常に意識していた。成功への答えはないけど、もしも興行に鉄則があるならば、環状線理論ということになる」
環状6号線の中にいる人は、熱心なファンなので宣伝を打たなくても勝手に来る。3,000人の後楽園ホールなら、それだけで充分に埋まる。
1万人規模の日本武道館や両国国技館を埋めようと思ったら、環状6号線の外、環状7号線の中の人まで相手にしなければならない。ファンではあるけれど、ほかの娯楽にも興味のある人々だ。積極的に情報を流し、仕掛けを打って認知度を上げなければならない。
もっとも外をぐるりと囲んでいる環状8号線には、まったく興味のない人がいる。身内や恋人に強引に連れてこられでもしなければ、来るはずのない人たちである。5万人規模のドーム球場を埋めるためには、そういう層にまでアプローチしなければならない。
「環状線理論」とは、そういう話である。
今回、若林はいつになく宣伝に積極的だった。自らYouTubeで個人チャンネルを立ち上げ、全国を行脚した。チケット発売前は何度も不安を漏らした。いざ本番を前にすると、自宅の部屋で間違えておしっこをしちゃったこともあった。
確かにアントニオ猪木の時代とは、情報そのものの持つ伝達力がまるで違う。それでも、深夜ラジオのイベントが16万人の有料入場者を獲得したことを目の当たりにすれば、その長いアゴが外れるくらい驚くんじゃないか。
5年前の武道館、会場とオンライン合わせて2万2,000人だったオードリーのラジオイベントは環状8号線の中にいた。
イベント冒頭、春日は客席を見渡してこう言った。
「さすがにラジオ聞いたことない人はいないだろう」
パラパラと手が上がったようだ。この日のイベントのチケットは安くない。アリーナ1万2,000円、スタンド1万円だ。
ラジオとまったく同じフリートークから始まり、フワちゃんと春日のプロレス、シークレットゲストに星野源……。環状線をひとつひとつ突破しながら、オードリーは最後に、16万人にいちばん見せたいものを見せた。
それはやはり、漫才だった。
(文=新越谷ノリヲ)
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