『光る君へ』平安のモテ要素と最新話で描かれる「漢詩の会」と道長の文学的才能
#光る君へ
道長は「文学オンチ」だったのか?
前回のコラムで、道長と紫式部は6代前まで先祖が同じで、遠い親戚にあたること、紫式部の祖父や曽祖父なども比較的目立つ文学的功績を残したのに対し、道長の文才はさほどではなかったというお話をしました。
道長は、彼の日記である『御堂関白記』の中で、紫式部や『源氏物語』について言及しておらず、『源氏物語』をまともに読んでいなかったのではないかという説があります。紫式部は『紫式部日記』の中で、『源氏物語』の冊子を目の前に置いて、道長と和歌のやりとりをしたと書いているので、紫式部が話を盛っていない限り、道長はそれを日記に残すほどの重要な逸話とは感じていなかったということになります。
しかし、これは道長が文学オンチだったという意味ではありません。『源氏物語』や紫式部については日記で言及しない一方で、道長は紫式部の父・為時の漢詩には触れていますし、作文会で誰それのこういう漢詩がよかったなどの感想も熱心に述べているのです。
平安時代で「才」といえば、それが主に漢詩文の才能を指していたことで明らかなように、当時の貴族の男性に第一に求められる才覚とは漢詩文なのです。また、当時の貴族の日記は、興味を惹いたことをなんでもメモしたり、内面の秘密を吐露するような代物ではなく、主に自分の(男性)子孫が日々の生活や、出世競争で勝ち抜くヒントとなる事項だけを選び、漢文体で書き残すものでした。
ちなみに藤原道長の子孫たちにとって、道長は神格化された存在でしたが、本来なら脈々と書かれ続けていたはずの『御堂関白記』には欠本があります。もちろん火事などの犠牲となったものもあるでしょうが、当時は紙や墨、筆といった筆記用具の値段がかなり高く(ざっくりとした試算ですが、現代の半紙程度の大きさの紙一枚で1000~数千円という値段)、そういう理由もあってか、『御堂関白記』の裏紙を使って、子孫たちが自分の日記を書くのに再利用しているんですね。再利用の理由については諸説ある段階ですが、興味深いことです。
――と、少々脱線しましたが、道長は漢詩には熱心でした。彼は当時の内裏や有力貴族の邸宅で開催されていた「漢詩の会」こと作文会に参加するだけでなく、大江匡衡という学者が書いた『江吏部集』(ごうりほうしゅう)の「詩序」には永延2年(988年)、数え年23歳にして、道長が早くも作文の会を主宰したことが書かれています。
しかも、道長は当時、かなり認められた漢詩人でもあったようです。道長をヨイショしまくった歴史物語『大鏡』には、道長を唐代の中国を代表する漢詩人・白居易になぞらえた部分さえ出てきますが、これはお世辞がすぎるにせよ、文学好きで知られる一条天皇の時代の名作漢詩を収めた『本朝麗藻(ほんちょうれいそう)』には、一条天皇と道長の漢詩は同数の6首が採用されています。
興味深いエピソードもあります。ドラマでも取り上げられるかもしれないので、今回はざっくりと述べますが、道長が甥にあたる藤原伊周(これちか)と権力闘争を繰り広げていた当時、作文会も戦いの舞台となりました。
とある宮中の作文会で、伊周が堂々たる才能を発揮した数日後、道長は自邸でも作文会を主催し、対決を試みました。当時の作文会ではお題が与えられ、それにそって詩を書くわけですが、「花落春帰路(=花散る春の帰り道)」というお題での伊周の漢詩の出来栄えはすばらしく、道長でさえ感涙してしまうほどでした。さすが先述の『本朝麗藻』に15首もの自作漢詩が選ばれた記録を持つ才人・伊周です。
しかし、現代日本において平安時代を代表する文学といえば、紫式部の『源氏物語』のような、いわゆる「仮名文学」や和歌が中心で、漢詩はそこまでではありません。ゆえに道長の文学的才能も見過ごされている部分もあるでしょうが、彼が生前得ていた漢詩人としての高評価には、道長が当時の最高権力者であったことが密接に関係していることも否定できないのです。
道長の和歌を例にお話すると、当時のさまざまな勅撰和歌集には、道長が詠んだ総計43首の和歌が入選しており、自作を集めた和歌集、つまり私家集としては『御堂関白集』が存在しています。ただ、権力者をヨイショせねば……という「大人の事情」を省き、鎌倉時代初期に藤原定家に編纂された『小倉百人一首』には一首も選ばれていませんし、「この世をば 我が世とぞ思ふ 望月の 欠けたることも なしと思へば」という道長本人は日記にも書き残さなかった悪ふざけのような歌しか、今日まで知られていないことを考えれば、道長の文才の客観的な評価は、やはり「文化的な一面もある政治家」程度に収まると考えてよいでしょう。
ドラマでは「平安のF4」こと、藤原公任(町田啓太さん)たち3人との勉強会では存在感を発揮していない道長が、作文会でどのように振る舞うか楽しみですね。
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