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歴史エッセイスト・堀江宏樹の「大河ドラマ」勝手に放送講義

『光る君へ』最新話、宮廷で披露する“まひろの舞”真の目的

──歴史エッセイスト・堀江宏樹が国民的番組・NHK「大河ドラマ」(など)に登場した人や事件をテーマに、ドラマと史実の交差点を探るべく自由勝手に考察していく! 前回はコチラ

『光る君へ』最新話、宮廷で披露するまひろの舞真の目的の画像1
ドラマ公式Instagramより

『光る君へ』の放送もすでに第3回を数えました。ドラマとしてなかなか面白くなってきたように感じていますが、みなさんはいかがご覧になっていますか。特にキャラクター同士が自由にやりとりしている描写がいい味を出していますよね。まぁ、こういう部分については他の方が語ってくださるでしょうから、歴史的観点から興味を引いた部分について補足することにします。

 第3回は、まひろこと若き日の紫式部(吉高由里子さん)が、上流貴族の姫君の勉強会に参加するという展開がありました。まひろ以外、「漢字は苦手~」などというお嬢さまが大半でしたが、貴族の女性たちは本当に漢字を知らなかったのでしょうか。

『源氏物語』の「紅葉賀(もみじのが)」において、雅楽の舞「青海波」を披露した光源氏が、中宮(≒皇后)・藤壺の宮からいただいたお褒めの言葉には、漢文の素養なくしては知りようのない中国の故事が反映されていました。源氏は「高い身分の女性にふさわしい」と藤壺への思いをいっそう深めています。

 つまり、女性の通常の学問とされた、和歌や手習い(書道)、音楽などの他に、天皇の上級妃を目指す女性ほど「こっそり」漢文の素養も積んでいるのが常だったようです。なぜ「こっそり」学ぶかというと、漢文をバリバリ勉強している姿をアピールすることは「自分は皇后の位にも上れる女」と自己宣伝しているようなもので、それが傲慢だと思われたからではないでしょうか。また、紫式部が、漢文の教養をひけらかす清少納言に冷たい眼差しを向けているのも、そういった理由があるからではないか……と筆者は考えています。

 ドラマでは藤原道長(柄本佑さん)たち、若手貴族の男性たちが勉学にいそしむ姿も出てきました。町田啓太さん演じる藤原公任が『孟子』の一節を暗唱してみせましたが、実は『孟子』を含む「四書五経」は、初学者のためのテキストにすぎず、現代なら小学校を卒業する年齢くらいまでのうちに、すべて暗唱できるようになっておかないとダメだったのですね。我々が驚くほどの記憶力と勤勉さがなければ、平安時代の貴族社会では出世など夢のまた夢だったのです。

 さて、次回は、まひろが「五節の舞姫(ごせちのまいひめ)」に選ばれ、天皇をはじめ高貴な方々の御前で舞を披露するという展開となりそうです。ここで道長とまひろは偶然出会い、互いの素性を知ることになるのでしょうか。

 史実の平安時代の宮廷において、もっとも重視されていた毎年11月の「新嘗会(=しんじょうえ、今年も新穀が得られたことを神さまに感謝する神事)」など一連の儀式に登場する舞姫たちには、宮中の熱い注目が集まりました。

 舞姫は通常、公卿の家柄の貴族(=最上流貴族)から2人、殿上人と受領の家柄の貴族(=上流~中流貴族)から2人の合計4人が選ばれます。天皇が即位して、最初に迎える新嘗会は特別に「大嘗会(だいじょうえ)」と呼びますが、この大嘗会の時には、殿上人と受領から、特別に1人増やして3人の女性が選出されることになっていました。現在では毎年11月23日、全国の神社と皇居において「新嘗祭(にいなめさい)」が行われていますが、この行事の源流となっているのが平安時代の新嘗会なのです。

 平安時代では、陰暦11月の「中の丑の日」に、舞姫と彼女に従う大勢の付き人たちの一行が、宿所とされた宮中の常寧殿(じょうねいでん)に入ります。ドラマの予告編でもいわゆる「十二単」姿のまひろが映っていましたが、紫式部が生きた平安時代中期において、もっとも重要な儀式で女性が着用する最高礼装としては「十二単」ではなく、古式ゆかしい奈良時代風の「物具装束(もののぐしょうぞく)」が用いられていたようです。まぁ、史実では紫式部が舞姫経験者だったという記録はないので、装束にも想像の余地があるということで。

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