『ラヴィット!』で史上最大規模の爆発 「通訳さん」事件はいかにして起こったか
#ラヴィット!
23日朝の生放送『ラヴィット!』(TBS系)で、大爆発が発生した。といっても、何か危険なことが起こったわけではない。年に数回というレベルの「頭が痛くなるほど笑ってしまう」シーンがあったのだ。本当に頭が痛くなった。なぜこれほどの大爆発が起こったのか、振り返ってみたい。
この日のオープニングでは、盛田シンプルイズベストが同番組で何度か披露している「イメージダイブ」を行うことになっていた。いくつかの質問だけで、盛田が相手の考えていることを言い当てるというパフォーマンスで、ひと昔前に流行した「メンタリズム」なる読心術マジックを、よりシンプルな形でパロディ化したものといったところだろう。ちなみに盛田は普段、ワラバランスというコンビで活動している中堅漫才師。オズワルドやコットンと同期にあたる。
その「イメージダイブ」をゲストである韓国人俳優のチェ・ジョンヒョプに対して行うのだという。当然、日本語を理解しないジョンヒョプには通訳さんが付いている。目立たない黒いスーツの女性である。
伏線はあった。
番組冒頭から、MCの川島明は今日の通訳さんに多少なりとも食いついていた。「この番組を知っていましたか?」という質問に対して、ジョンヒョプの返答が「もちろん知りません」と訳され、川島がキツめにツッコミを入れる一幕もあった。この時点で川島は、すでにこの通訳さんにイジりしろを見出している。スタジオにもうっすらと通訳さんのハプニング的な発言に期待する空気が漂い始める。
さらに「イメージダイブ」という芸の特性も、今回の爆発には一役買っている。盛田は、怪しげながらシリアスなキャラクターとして登場する。「イメージダイブ」中には決して表情を緩めないし、BGMも緊張感を煽るものだ。盛田が相手のイメージを言い当てるところがオチになるが、爆笑よりも感心させつつ普遍的な回答を持ってくることで「そんな大仰にやることかよ」という構成全体の空気感を楽しむタイプの芸なのである。
かくして、チェ・ジョンヒョプに対する「イメージダイブ」が始まる。
おそらく、この場面でも通訳さんには「通訳をお願いします」というオーダーしか入っていない。立ち位置や、誰の発言を訳すのかという細かい指示はなかっただろう。おのずと、通訳さんはチェ・ジョンヒョプの傍らに立つことになる。
ここでの主役は当然、盛田でありジョンヒョプである。通訳さんの存在感は、一旦スタジオから消える。外国人への「イメージダイブ」が初めてであることから「加減がわからないんで、やりすぎてしまったらすみません」という盛田の発言も、緊張感を煽る。スタジオも視聴者も、これから起こる一連を緊張しながら見つめることになる。本当に緊張しているわけではない。緊張感を持って見たほうが楽しめることを理解しているからだ。
対峙する盛田とジョンヒョプ。ここで最初のイレギュラーが起こる。
「チョヌン、モリタシンプルイズベスト、イムニダ」
盛田が自己紹介を韓国語で行ったのだ。これは盛田のアドリブだろう。そして、盛田が用意してきた韓国語はこの一文だけだったに違いない。
「私は、盛田シンプルイズ……」
通訳さんが、とっさにこれを通訳してしまう。通訳という仕事の習性として、韓国語が聞こえたら日本語に訳さなければならないという職業意識が働いたのだろう。だが、韓国語だからジョンヒョプには伝わっている。結果、盛田の韓国語を日本語に訳して伝えるという奇妙な状況が生まれる。
「逆、逆、逆!」すかさず川島が割り込んでくる。
このとき通訳さんは、これまでのようにジョンヒョプに耳打ちするのではなく、スタジオに向けて訳を伝えている。これは「韓国語が聞こえたから訳さなきゃ」と「でも韓国語だからジョンヒョプには伝わってるよね」という状況が同時に訪れたことで、反射的にハッキリと発声している。通訳さんにとっては自分の仕事を全うしただけだが、この発声がコント的にいえば「ボケを張る」ことになってしまった。盛田の演出によって極限まで緊張感が高まったシーンで、絶対にボケるはずのない人がボケているのだ。
盛田のアドリブと通訳さんの職能によって、誰も想定してなかった「緊張と緩和」が生じた。これが最初の爆発だった。
「誰や、いつ仕込んだこれ!」川島が声を荒げる。楽しいときの川島だ。
そして、スタジオが爆笑に包まれる中、盛田は表情を崩さない。今の盛田は「イメージダイブ」の専門家であって、偶発的に発生した新喜劇のような状況に笑ってはいけない立場だ。ここで盛田が緊張感を保ったことで、容易に空気がリセットされることになる。
再び「イメージダイブ」が始まる。盛田は、日本語で話し始める。通訳さんは盛田の横に移動する。今度こそ、盛田の日本語を韓国語に訳してジョンヒョプに伝える必要がある。
「あなたの脳に、ちょびっとお邪魔します」
腰を落とし、右手を大きく振って相手を指しながら、あくまで真剣かつ大仰に盛田がジョンヒョプに語り掛ける。表情はシリアスだが、動作はコミカル。いつもの「イメージダイブ」の始まりである。
ここで、予想外のことが起こる。通訳さんが、盛田とまったく同じ動作を行いながら訳し始めたのだ。また「緊張と緩和」だ。しかも先ほどより強いボケである。
また川島が大喜びで割って入る。ジョンヒョプも座り込んで爆笑している。
「こいつ売れようとしてんぞ!」と川島。「一緒にやらんでええやろ!」というMCとしての指摘は正しいものだが、画面の外からひときわ大きな声が聞こえてくる。
「そっちのほうがイメージできるんで! そっちのほうが効力があるんですよ!」
相席スタート・山添寛である。スタジオは通訳さんへの一斉ツッコミで大盛り上がりだった。このまま川島やひな壇の芸人たちがツッコミ続けたら、通訳さんが川島の言う通り棒立ちで通訳してしまうかもしれない。山添はこの面白すぎる状況は続いたほうがいいと判断し、盛り上がるスタジオの空気を壊す覚悟で軌道修正を図っている。テレビのお笑いがチームプレーだといわれるゆえんである。
その直後にアインシュタイン・河合ゆずるの「ミョンドン吉本から来た人?」という秀逸なワードが飛び出すが、山添が一度流れを切っているので爆発しきれないということも起こっている。「ミョンドン吉本」は、山添が声を張る前のタイミングなら、もうひとハネしていただろう。瞬間、瞬間で、そこに置くべき正解が切り替わっていく。
みたび、「イメージダイブ」が始まる。盛田と通訳さんは、先ほどと同じように、同じ動作でジョンヒョプに語り掛ける。半身になって腰を落とし、右手を大きく振りかざしている。山添の軌道修正によって、スタジオにも2人の動作に対する納得感が生まれ、盛田と通訳さんはしばらく泳がされることになる。
マジシャン風の男と黒スーツの通訳女性が並んで珍妙なアクションをしながら、日本語と韓国語で交互に語り掛けている。誰がどう見てもおかしな状況である。相変わらず、盛田自身は表情を崩さないし、通訳さんは真面目に仕事に取り組んでいる。緊張と緩和が同時に起こっているという状況だ。
「チャゲ&飛鳥みたいになってる!」
ここで川島の真骨頂である例えツッコミが、膨れ上がった笑いの風船を破裂させる。タイミング、ワード、これ以上ないチョイスだろう。ここでスタジオの爆発はピークを迎え、本来の「イメージダイブ」は喜劇に幕を下ろすためのエピローグと化す。
余談だが、通訳さんは女優業も行っている方なのだという。この通訳さんの生放送にも物怖じしない度胸と、通訳としての仕事に対する情熱がこの日の爆発を生んだことは間違いない。それに対峙した盛田が、どれだけ爆笑が起こっても「イメージダイブ」のマジシャンを“下りなかった”ことで化学反応が生まれたのだ。
通訳さんのイジリしろを冒頭から見出し、「この通訳さんは笑ってもいいんだ」という空気を作っておいた川島の慧眼にも恐れ入るし、なんといっても山添の軌道修正がファインプレーだった。
腕のある芸人が揃ったスタジオでは、ごくたまにこういうことが起こる。だからテレビは面白いのである。
(文=新越谷ノリヲ)
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