『さよならマエストロ』第2話 芦田愛菜の超絶技巧と『七人の侍』の思い出
#さよならマエストロ
21日に放送された日曜劇場『さよならマエストロ~父と私のアパッシオナート』(TBS系)は第2話。どうやらこのドラマは1話ずつに1曲モチーフの曲を決めて、その曲を起点に物語を立ち上げるということをやっているようです。
前回はベートーベンの「運命」、その冒頭の「ジャジャジャジャーン」を解釈しまくることでこの連ドラはどう始まるのかを示唆し、今回は「ウィリアム・テル序曲」、リンゴを頭に乗せて弓で射るやつですね、それを取り上げます。
ついでにそのリンゴを物語の重要なガジェットにしちゃおうという発想も楽しいし、そのモチーフとなった曲を最後にオーケストラでドカーンと演奏して聞かせるという構成も「音楽と人の人生、人の暮らし」のつながりを表すドラマとして非常に正しいことをやっていると思います。正しいし、やってることが上品で知的なんですよねえ。いいドラマです。
■芦田愛菜ってやっぱ上手いんだな
このドラマ、芦田愛菜が演じている響ちゃんというキャラクターは、難しい立場から始まりました。なんらかのトラウマを抱えて父親に反発している、くらいのところは共感を呼びますが、父親が自分の職場でオケのコンダクターをやること自体がまず気に食わない上に、職場の上長の命令で、そのオケを潰す役割まで課されてしまった。
ドラマが面白ければ面白いほど、私たち視聴者は「このオケに再生してほしい」と願うわけで、そうなってくると、おのずと響ちゃんを敵対視することになる。父親との過去のトラブルも具体的には明かされていませんので、「ワケわかんないけど邪魔してくるやつ」に見えてきちゃう。
このへんは作り手側も気を使っていたようで、第1話からちょこちょこ愛嬌を披露して「ホントに父親を嫌いなわけじゃないよ」という小ネタは挟んでいましたが、それをやりすぎると今度は「素直じゃないだけ、ただのツンデレ」みたいなことになって緊張感が削がれるので、塩梅が実に難しいところです。
今回、リンゴを大量に買い込んだ父親に響ちゃんは難しいリクエストをします。
「アプフェルシュトゥルーデルを作れ」
リンゴを使ったオーストリアの伝統的な焼き菓子だそうで、ちょっとレシピを調べたところ、アップルパイのパイの代わりに薄い生地で巻き込んで焼いたものだそうです。
で、父親が作ったそのオリジナルのアプフェルシュトゥルーデルを食べた瞬間の芦田愛菜のリアクションね、要するに食レポなんですが、このときの芝居がまさに「ホントに父親を嫌いなわけじゃないよ」と「素直じゃないだけ、というわけでもなく、ホントに葛藤があってわだかまりを簡単に捨てられないんだよ」という2つの感情が交錯した、すごい芝居だった。
表情筋が細部まで精密な装置でコントロールされているような、絶妙な満足顔。100万回サンプリングして1番いいものを選んだかのような「(もぐもぐ)……美味いんかい」の発声。
今回の『さよならマエストロ』のメインエピソードはオケのメンバーを集める物語で、あんまり響ちゃんの役割はなかったんですが、このシーンだけで全部食っちゃってる。一発で、私が主役よ、と言い切っちゃってる。あまりにすごい芝居だったので巻き戻して5回見ました。TVerで言うと44分50秒あたりからです。見てみて。
■『七人の侍』の菊千代と久蔵のように
父親こと夏目俊平ことマエストロが指揮を執ることになった晴見フィルはフルートとチェロに1人ずつ欠員がいて、前回のコンサートではエキストラ(客演)を呼んでいたそうです。
この晴見フィルは3カ月後には廃団が決まっていて、立派なホールも閉館して海外企業に売り飛ばされることになってる。でも、とりあえずまだやるからには欠員を埋めようというのが、今回の物語。
フルートは実力を認められつつも、素行不良でプロオケをクビになった何やらワケアリな感じの美人。チェロは若くしてCDデビューを飾るも業界に絶望して音楽から離れ、実家のガラス屋で働くワイルド系の兄ちゃん。第1話でも軽く伏線が張られていましたが、この2人を晴見フィルに召喚すべくマエストロが奔走することになります。
フルートはわりとすんなり加入が決まりますが、チェロの兄ちゃんは、なかなか難儀そう。ガラス屋の親方である父親は音楽にまったく理解がないし、音楽がきっかけで母親が出て行ってしまったという過去もある。
でも、チェロは好きで、仕事の合間に1人でバッハを弾いている。もう誰かに聞かせたり、誰かと一緒に演奏することは懲り懲りだと思っている。
そのチェロの兄ちゃんのところにピアニカを持って訪れるマエストロ。世界的コンダクターとはいえ演奏技術はプロのチェロ奏者のほうが上ですから、教えを請いながらバッハをセッションしていく。このシーンもすごかったです。セリフを極力排除し、演奏と表情だけで2人の心が解け合っていくのがわかる。チェロ兄も、他人と演奏することの喜びを感じ始める。ひとしきり演奏が終わって、マエストロが言うわけです。他人と演奏する意味は何かという、問いに対して。
「魔法のような時間が生まれます、別の世界に行ける。生きてるなぁ、って感じる時間です」
あー、痺れる。こういうのでいいんです。
それともう1人、晴見フィルにメンバーが加わることになりました。前回のコンサートに通りがかり、「学生無料」という理由だけで観賞していった女子高生。その演奏に、しこたま心を打たれたようで、それからというものずっとクラシックを口ずさんでる。
で、何も知らないままオケの練習にやってきて「楽器はできないが、オケに入りたい」「指揮がしたいから楽器はできなくてもいい」「誰でもできるでしょ、腕振ってるだけだし」と、キャラクターを横暴な方面に振っておいて「指揮がしたいっていうか、聞いてると、この音楽になりたいと思う」とパンチラインを効かせてくる。
こうした無鉄砲なキャラクターを登場させる場合、見る側がどれだけその人を信用できるかが問題になってくる。オケの味方という立場からドラマを見ていれば、女子高生を「この私たちの物語に加入させたいかどうか」ということになる。
「楽器はできないが、オケに入れろ」信用度ゼロである。
「この音楽になりたいと思う」あれ、ちょっと面白い子かも?
で、どの曲が好きかと聞くと、ヨハン・シュトラウス2世だという。どんな風にテンションが上がるかと聞くと、「タン、タタンタタン」とか、「タラ~ララ~タララタラ~」とかフレーズを5個くらい歌ってみせる。
やっぱダメだな、思わせる。こういうの言葉にできないやつはダメだよ。再び信用度ゼロ。
しかし、なぜかマエストロは加入を認める。楽器を弾けなくても、演奏者の気持ちがわかるように練習しろという宿題を出す。この時点では、なぜマエストロが彼女をオケに招き入れるのか、誰もわからない。女子高生が去る。種明かしがされる。
普通、主旋律だけ聞くものだが、彼女は副旋律のフレーズを歌っていた。同時に演奏されるそれぞれの楽器の音をちゃんと聞き分けている。暗に「だから指揮者に向いてる」と言う。
そういうもんなんだろうな、という説得力が生まれている。マエストロが言うならそうなんだろうし、指揮者の適性ってそういうところなのか、という発見まである。
無鉄砲な女子高生は無鉄砲なまま、見る側の信用を得ることになる。まるで『七人の侍』の菊千代(三船敏郎)みたいだ。そういえば静かに実力だけを見せつけたチェロ兄は、久蔵(宮口精二)みたいだった。
脇役が芳醇であるドラマは楽しい。思えば菊千代も久蔵も、登場時からビカビカに輝いていた。そういうやつらが仲間になっていくと考えたら、心の底からワクワクした。今回の『さよならマエストロ』を見ていて、そんなことを思い出した。
そして、そのワクワク感を凌ぐ興奮が、芦田愛菜の「美味いんかい」にあったということです。これ、すごいドラマやってると思いますよ。
先行きとしては、芦田愛菜の響ちゃんが子どものころに海外のコンテストで演奏するほどの優秀なバイオリニストであることが語られていて、いろいろあるけど音楽への情熱は失ってないことも、今回のチェロ兄の演奏に耳を傾けていたシーンで強調されている。で、晴見フィルの第1バイオリンの津田寛治のキャラが立っているので、たぶんこの人に何かあって、響ちゃんが入ることになるんだろうな。
仲違いしていたコンダクターの父とコンマスの娘が、オケの存続をかけたコンサートに向けて~という、これまた超ベタな展開。そういうのがいいんです。そういうのでいきましょう。
(文=どらまっ子AKIちゃん)
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