『光る君へ』東三条に出戻る詮子と彼女を厭う円融天皇の本当の関係
#光る君へ
円融天皇は恋愛至上主義者だった?
当時の朝廷は本当に厳格な身分社会ですから、貴族の男性はまさに「出世すごろく」の駒となり、マス目に沿って、少しずつ、着実に進んで行かざるを得ないわけですが、女性の出世のセオリーはその限りではありません。
たとえば道長の姉・詮子は、史料の中でも、ドラマにも描かれたように円融天皇との不仲が噂されることが多いものの、彼女が入内した天元元年(978年)8月の時点ではむしろ天皇から寵愛されていたのではないか、と思われます。しかし、この時、円融天皇の中宮――数いる妃たちの中の頂点は藤原媓子という女性でした。
媓子は円融天皇より12歳年上でしたが、夫婦仲はとてもよかったそうです。しかし、2人には子どもがいませんでした。
そして天元2年(979年)、その媓子が亡くなります。
有力な妃としては、道長の姉にあたる詮子と、藤原遵子――関白・藤原頼忠の次女。つまり兼家・道長父子にとっては憎きライバルの娘がいたのですが、天元3年(980年)6月、詮子と円融天皇の間に皇子・懐仁(やすひと)親王が生まれました。となれば、次の中宮は常識的には詮子になるわけですが、実際に中宮に選ばれたのは遵子でした。
ドラマでは冷淡な天皇が詮子から遵子に心変わりしたと描かれていましたが、実際はそこまで単純な話ではなく、兼家と天皇の関係が悪化し、兼家の娘である詮子も遠ざけられたという部分が強そうです。天皇は詮子にかなり本気になっていたのではないかと思われますが、天皇の好意を、詮子の父親である兼家が政治利用しようと、娘を使って天皇を動かそうとしたことが積み重なり、天皇の気持ちは詮子から離れてしまった……という、いかにも後宮らしいドラマがあったような気はします。史実でも、詮子が「実家」に戻ってしまったのは遵子が中宮になったことを受けてのようですね。しかし、遵子も天皇との間には子どもを授からぬままでした。
史実の円融天皇はロマンティックな恋愛至上主義者だったのかもしれません。後継ぎを生んだ妃をさらに高い地位に取り立て、出世させることで、妃の実家が天皇をより強くバックアップしてくれるわけなのですが、そういう「大人の事情」に与することを円融天皇は嫌ったのでしょうか。天皇と詮子との関係が冷却していったのも、史実の彼女が父親・兼家のロボットで、本当は計算高い女であり、自分への好意も演技であると天皇が見抜いてしまったからかもしれません。
ドラマでは詮子が天皇のあまりの冷遇に怒り、「実家」東三条邸に帰らせていただきます!と宣言していましたが(史実では懐仁親王が11歳のときの話のようです)、史実の詮子はその前からちょくちょく(父親からの呼び出しを受けて)「実家」に戻っていたようです。それを天皇から咎められた兼家は「自分は右大臣にすぎず、最高権力者・関白でもないような者の娘(詮子)を天皇のおそばにずっと置いておくなどもったいなくて……」と皮肉を言ったとする逸話もあり、なかなかの態度の父娘であったようですね。
「天皇の妃」というより、「右大臣の娘」――もっというと「兼家パパの娘」として振る舞いたがる史実の詮子に対し、ドラマの詮子はそこまで困った女性というわけではなさそうです。しかし、寛和2年(986年)、兼家の極悪非道な陰謀で花山天皇が退位し、詮子と円融天皇の皇子・懐仁新王が一条天皇として即位すると、後宮を出てからは「実家」東三条邸にこもりっぱなしで、円融天皇の中宮になれず女御どまりだった詮子が、一足飛びで皇太后に大昇進しています。この大出世は日本の歴史上、初めての出来事でした。
史実でも詮子は長兄・道隆は苦手で、弟の道長をかわいがっており、詮子が皇太后になって以降、道長の出世はさらに目覚ましくなるのですが、それはまた後のお話です。
平安時代の貴族たち、特に出世街道を突き進む青年貴族たちは、現代人が驚くほど忙しくしているのが通例でした。そういう史実がドラマで描かれていくのか、あまり描かれないのか、今後とも注目していきたいと思います。
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