『唐獅子仮面』公開インタビュー「永井豪の実写化」という既成概念に対する幸せな裏切り
#エクストリーム #唐獅子仮面
取材前に手元に届いた資料には、こう書かれていた。
「『デビルマン』『マジンガーZ』の巨匠・永井豪が極秘に描き下ろした、完全オリジナル漫画を完全実写化!」
なんだかよくわからないが、とにかくあまり期待していなかった。2004年に公開された『デビルマン』の実写化作品についてあまり多くを語りたくはないが、20年がたった今でも思い出すたびに口の中に苦いものが広がる感触がある。でもまあ、仕事ですし、一丁見てやりますか、そんな気分で『唐獅子仮面』という作品を見始めることになった。
ものの10分、これはヤバいかもしれないと感じ始める。ヤバい、適当に流し見する類の映画ではない。要するに、これは片っ端からクソ面白いのだ。一旦、再生を停止し、紅茶を淹れ、姿勢を正して最初から見直す。正味121分、あっという間の幸福な映画体験だった。
インタビュー冒頭、その体験をそのまま光武蔵人監督に伝えた。「期待していなかった」とも、正直に言った。
「日本語吹き替え版を演出してくださったサイトウユウ監督が、まさに同じことをおっしゃってくれて。10分くらいたった後から、これはちょっとちゃんと見なきゃ、ちゃんとしなきゃと思ったと言ってくれていて」
優れた作品は労働意欲を猛烈に刺激する。こんな体験は久しぶりだった。
始まりは、『キューティーハニーUSA』なる企画だったのだという。米国に拠点を置く光武は、永井豪の世界観そのままにバイオレンスとヌーディティをふんだんに盛り込んだキューティーハニーを再現すべく、全キャストをアメリカ人、全編アメリカロケでの逆輸入を目論んでいた。
「でも、ちょうどそのころ舞台版キューティーハニーの企画が進行していたんです。女性向けのキラキラした形の舞台バージョンで、このタイミングでキューティーハニーを血まみれにすることはできないんだよね、というのが永井先生の回答でした」
それで企画は立ち消え、費やした労力も水泡に帰すのがこの業界では日常茶飯事。だが、巨匠から存外な提案があった。
「このキャラクターの映画化はどう? って提案していただいたのが、この唐獅子仮面。先生の手によるキャラクターデザインの原画が送られてきたんです。最近は先生もオリジナルのニューキャラクターを描かれていなかったので、周囲も『おおっ!』となりまして。これは映画化するしかないでしょう、ということになりました」
自分の手で『デビルマン』が実写化できたら、その日に死んでもいい。そう語るほどの永井豪フリークである光武にとって、それは至福の日々の始まりになるはずだった。
そんな折、新型コロナウイルスが世界中に影を落とす。
「プロットの段階では、永井先生とは非常に素敵なキャッチボールができました。50年近くもトップランナーの先生ですので、具体的にいろいろな作品の名前を出して提案していただいたり、そういう意味ではストレスフリーでしたね。ひとりで創作するよりも楽しい、憧れの先生とのコラボでしたし、スムーズに進んでいたんです。プロットにOKが出て脚本を書くぞ、とエンジンをかけた瞬間にコロナ禍になってしまって。僕はLAにいたので、法的なロックダウンだから日没以降は絶対外出禁止。もう対面で人に会える世の中が戻ってこないんじゃないかという恐怖もあったし、この映画もおそらく中止になるだろうと思って、鬱になりかけていたんです」
ところが、制作の東映ビデオはこの企画の続行を決断する。コロナ禍のLAで、光武はいつ撮影を始められるとも知れない脚本を磨くことになる。
「現実社会がアポカリプスになっているときに、フィクションのアポカリプスをクリエイトしようとしても、集中できないわけです。だったらこの世の中の状況と切り離すことをやめて、コロナ禍で感じていることを脚本に反映させちゃおうと思って、シノプシスとはちょっと違う物語になっていったんです。この脚本を書くことが自分自身のセラピーになりましたし、永井先生の世界観と僕がコロナ禍で感じていて投影したことが、すべてナチュラルに結ばれていったという感覚でした。非常にこう、自然発生的に形になった部分が強いですね」
キャスティングにも、光武の当時の思いが大きく反映されているという。当時のアメリカはトランプ政権下にあった。
「やっぱりトランプふざけんなと思っていたので、そこは本当にコンシャスに、丁寧にやりました。カラーブラインドキャスティング、肌の色に関係なくキャストするということをやりたかったんです。主人公の牡丹を演じてくれたトリ・グリフィスが白人だったので、相棒で父親的な役の宍倉剣は絶対的にアフリカ系かヒスパニック、マイノリティーにしたかった。でも、剣さん役のダミアン・T・レイベンはそんなところを取っ払っても、もっとも役に理解があったんですね。ほぼ即決に近い状態で出てもらいました。悪役の鬼死魁星はデレク・ミアーズというハリウッドの大物なんですが、彼は日本のポップカルチャーが大好きで、アニメオタクなんですよ。脚本を読ませたら『やらせてくれ』って話になって、『いやいや、あなたのギャラは我々では払えないよ』と伝えたんですが、サグ(SAG-AFTRA=映画俳優組合・米テレビ・ラジオ芸術家連盟)の定めるもっともベーシックな出演料でやるから、と言ってくれて、本当に出てくれた。彼規模の俳優が雇える映画ではなかったので、本当にラッキーでしたよね」
『唐獅子仮面』は永井豪の血が色濃く浸透した特撮映画であり、任侠映画でありながら、全編をアメリカで撮影し、全キャストを現地で集めたハリウッド映画でもある。その異なる世界観が不思議に融合しているのも、大きな魅力の一つだ。
「僕の強みは、在米33年なので中身はアメリカ人なんですね。大人になったのがアメリカなので、日本語がむちゃくちゃ上手いアメリカ人だと思ってもらったほうが、僕という人間を理解してもらうにはいいと思うんです。でも日本育ちなので、ハリウッドでよくある、ちょっとおかしな日本というのはダメだよ、というのはわかるんです。どうしてちょっと違うJAPANがアメリカ人にウケるのかもわかる。そのミックスというのは、普通のアメリカ人監督にはできない、普通の日本人監督にもできない。それが僕にはできるのかな、というのはありますね」
最後に、光武は撮影中に起こった素敵なミラクルを教えてくれた。
「この映画は特殊メークがかなり重要だったんです。すごい予算もかかった。でもね、いろいろなトラブルを持ってきたのが特殊メーク部でもあったんですよ。そこに、奇跡的に大物の特殊効果マンが参加してくれることになったんです。ジェイっていうリタイア寸前のお爺ちゃんなんですけどね」
それは、光武の芳醇なキャリアが生んだ再会だった。
「僕はガンマニアでもあるので、主人公が使う銃は全部本物なんです。ハリウッドで本物の銃を使うときは、そのライセンスを持っているセーフティーオフィサーがプロップハウスに行って実銃を借りなきゃいけないし、撮影中にはすべての主要スタッフとキャストに、その銃が本当に空かどうかちゃんと確かめて一人ひとりに見せるっていうチェックが必要なんです。それをやる係としてジェイを雇ったんですが、それが奇跡だった。僕が映画監督デビューする前に、テレビのエピソード演出をやってたんですけど、27年前の話ですけどね、そのときに僕が追いかけてた取材対象がジェイだったんです。映画の特殊効果をやってるスゴイ親父ってことで取材していて、たまたま今回、クルーリストを見ていたら、ジェイって、あのジェイ? ってことになって。現場で出会ったら、お互いに覚えていたんです。彼はもういいお爺さんになってて、再会を祝ったんですが、現場では特殊メーク部がやらかしを繰り返している。できるって言ったことが後になってできなくなったり、それをやるには資格がないとか、いろいろ言い始めたりとかしていて。そしたらジェイがそこにステップインしてくれて、『俺、その資格持ってるよ』『俺がやってやるよ』って、彼がいたことによって特殊メーク部が見落としてた部分、彼らが足りなかった部分を最高の形で補うことができた。彼には感謝しかないですし、今回の映画のMVPはジェイなんです」
永井豪からオリジナルキャラクターが送られてきたことに始まり、数々の奇跡が『唐獅子仮面』という作品を彩っていた。
映画が好きであればあるほど「永井豪の実写化」という言葉には頭を抱えてしまうかもしれない。ポスターを見た瞬間に「私の映画ではない」と感じる女性も少なくないだろう。ヌーディティとバイオレンス、確かに過激な映像の目白押しでもある。
だが、文章を仕事にしている身の上で、こんな言葉しか浮かんでこないのは少々恥ずかしくもあるが、もう書いておく。
『唐獅子仮面』ちゃんとしっかり、誰が見てもきっと、すごく面白いよ。
劇場でこの映画に出会った方々が、同じ言葉を大切な人に伝えてくれますように。
(取材・文・写真=新越谷ノリヲ)
●光武蔵人(みつたけ・くらんど)
東京都出身。カリフォルニア芸術大学(CaliforniaInstituteoftheArts)映画学科修士号課程を卒業後、海外撮影コーディネーター会社に入社。『NHKスペシャル』、『世界ふしぎ発見!』などを担当。フリーランスになり『モンスターズ』(07)で映画監督デビュー。長編映画監督作品『サムライ・アベンジャー復讐剣盲狼』(09)【第3回インディーフェストUSA国際映画祭グランプリ受賞】、『女体銃ガン・ウーマン/GUNWOMAN』(14)【第24回ゆうばり国際ファンタスティック映画祭審査員特別賞受賞、日本映画監督協会新人賞ノミネート】、『カラテ・キル/KARATEKILL』(16)【第12回ロサンゼルス日本映画祭監督賞受賞】、『マニアック・ドライバー』(20)。俳優として『アグリー・ベティ』、『HEROES/ヒーローズ』などの米国テレビドラマやショーン・メンデスのミュージックビデオ『ロスト・イン・ジャパン』などに出演。監督最新作『唐獅子仮面/LION-GIRL』(23)では、小学生からの夢であった永井豪作品の映画化を実現させた。日本映画監督協会、日本シナリオ作家協会、米国映画俳優組合所属。
●『唐獅子仮面/LION-GIRL』
karajishi-kamen.jp
原案・キャラクター:永井豪/監督・脚本:光武蔵人
出演:トリ・グリフィス/ダミアン・T・レイベン/デヴィッド・サクライ/
シェルビー・パークス/マット・スタンリー/木村知貴/岩永丞威/デレク・ミアーズ
エグゼクティブプロデューサー:與田尚志、加藤和夫/プロデューサー:川崎岳、山田真行、明里麻美/
アソシエイトプロデューサー:永井一巨、小田元浩/ラインプロデューサー:ティモシー・ガリアルド/撮影:今井俊之/
音楽:マット・エイカーズ、ディーン・ハラダ、川口泰広、ジェームス・スミス/編集:山中心平、光武蔵人/
サウンドデザイン:岩波昌志/VFX スーパーバイザー:鹿角剛
製作:東映ビデオ/制作プロダクション:フラッグ
2022 年/日本映画/カラー/DCP/121 分/R15/配給:エクストリーム
©2022 GO NAGAI/DYNAMIC PLANNING・TOEI VIDEO
※豪華声優陣による日本語吹替版も上映決定!(一部劇場にて)※
内田真礼/関 智一/榎木淳弥/森川智之/新田恵海/真木駿一/杉田智和/楠 大典/
【友情出演】井上喜久子/【特別出演】松本梨香/音響監督:松本梨香 サイトウユウ
2024年1月26日(金)ヒューマントラストシネマ渋谷、池袋シネマ・ロサ、シネマート新宿 他 全国ロードショー!
この度は「令和6年能登半島地震」 によりお亡くなりになられた方々に謹んでお悔やみ申し上げますとともに、被災された皆さまに心からお見舞い申し上げます。
本映画『唐獅子仮面/LION-GIRL』 の原作者である永井豪氏は、永井豪記念館をはじめ、 被災された石川県輪島市と深いご縁を結んでまいりました。 そこで、本映画の製作者一同(原作・永井豪、製作・東映ビデオ、 制作協力・ダイナミック企画)としましても、 少しでも被災地と被災された方々への支援や復興の一助になればと 思い、本映画の収益の一部を「令和6年能登半島地震」 への義援金とさせて頂くことと致しました。
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