ダウンタウン・松本人志の活動休止を受けて──バラエティ界は何を失い、何を課せられたか
#松本人志 #ダウンタウン
ダウンタウンの松ちゃんこと松本人志が芸能活動を休止するという。2015年に後輩芸人がアテンドした女性が、松本に性的被害を受けたと週刊誌に訴え、それが記事になったことが原因である。松本は事実無根を主張し、週刊誌側との裁判を戦うために芸能の仕事を休むのだそうだ。
松ちゃん休業のニュースを最初に見たときも、特に動揺はなかった。まあ、そうなるか。スポンサーがつかなくなるって、そういうことだもんな。そう思った。無論、加害事実があるのなら被害者の回復が図られるべきだし、加害者の責任は追及されるべきだろう。世界の平和と社会の治安維持を願う市民のひとりとして、それは当たり前にそう思う。
それとは別の話で、私は松ちゃんのお笑いが好きだ。というより、「おもしろい/おもしろくない」の基準が松ちゃんである。『ダウンタウンのごっつええ感じ』(フジテレビ系)のコントで、『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!』(日本テレビ系)のフリートークで、『ダウンタウン汁』(TBS系)のフリップ大喜利で、「おもしろいとは、こういうことだ」と私を徹底的に啓蒙し、教育したのは松ちゃんであって、松ちゃんこそが親鳥なのだ。『VISUALBUM』のDVDを発売日に購入したときの恍惚感は今でも忘れられない。松ちゃんを追っていれば、手軽にお笑いの最先端にいるような気分になれた。
以来、私は松ちゃんのいないお笑い界を知らないし、今回の松ちゃんに関する一連の報道が仮に事実だったとしても、別に松ちゃんのお笑いを嫌いになるわけではない。文字通り腹を抱えて、涙を流しながら笑い転げた過去は変わらないし、現在のお笑い界における絶大な影響力は否定しようもない。今日だってお笑いは、どこを見渡しても松ちゃんが作った何かとその亜流だし、まったく違うお笑いを見ても「なるほど、この笑いはあんましダウンタウンの影響を受けていないな」などと、基準値としての松ちゃんを持ち出すありさまだ。
だから今回の件に関しては、松ちゃんには申し訳ないのだが、少しわくわくしている。
「お笑い界は上が詰まっている」と言われ始めて、もう10年も20年もたつ。明石家さんまだけはいつまでも元気だが、タモリもビートたけしも担ぎ出されることは少なくなった。島田紳助は退場したし、とんねるずも一線から引いた。徐々に新陳代謝が進みつつある中での、松ちゃんの休業である。一時的なものかもしれないが、ともあれバラエティ界が汗をかかなければならない状況が強制的に訪れたのだ。
どうなるのだろう、テレビ界。
まず思い当たるのは審査員を務める『M-1グランプリ』(テレビ朝日系)だが、これは意外に影響がないかもしれない。事実、2004年と15年に松ちゃんが審査員を欠席していることもあまり記憶にないくらいだ。
同様に審査員席に座る『キングオブコント』(TBS系)については、むしろチャンスととらえられるかもしれない。客席に女性をたくさん並べたことで批判の声が上がった同大会は次回、大きなイメージチェンジが図られる可能性が高い。松ちゃんの退場による「刷新」感はプラスに働くかもしれない。代わりの審査員は岩崎う大先生あたりを呼んでおけば問題ないだろう。当初は『M-1』に比べて格下感があり、松ちゃんによる権威付けに一定の効果があったことは否めないが、ここ数年のネタの充実ぶりに加えて演出面での独自路線も定着しつつあるので、今年は大幅なリニューアルに期待したい。
『人志松本の酒のツマミになる話』(フジテレビ系)と『ダウンタウンDX』(日本テレビ系)は休業が長引くようなら終わるしかないだろう。『雅功浜田の酒のツマミになる話』になったら楽しそうだけど。
で、もっとも楽しみなのが『水曜日のダウンタウン』(TBS系)なのである。スタッフの企画をダウンタウンに“当てる”というスタイルは一見、スタジオ側はコメントができれば誰でもいいように思えるが、他ならぬ演出の藤井健太郎氏自身が番組におけるダウンタウンの存在の大きさをたびたび口にしている。とはいえ、藤井氏は、松ちゃんの退場くらいでおとなしく番組を畳むようなタマではないだろう。この事態を、どうサンプリングしてくるのか。
松ちゃんは偉大なフォーマットをいくつも生み出したが、現在進行形の発明家ではない。現在のバラエティにおいて松ちゃんがいなくなるということは、巨大なクリエイティブを失うというより、松ちゃんを置いておくことによって得られる権威やエクスキューズを失うといったほうが現実的だろう。どんな企画を作って、誰を起用するか。従来ならダウンタウンをブッキングできた大放送局の大番組であればあるほど、もう一度現場が試されることになるのだ。
私たちは、それをただ眺めて楽しめばいい。お笑いが好きだからといって、松ちゃんのプライベートの所業に心を痛める必要なんてない。明日もお笑いを笑おう。もちろん寂しさはあるが、今はそういう気分である。
(文=新越谷ノリヲ)
サイゾー人気記事ランキングすべて見る
イチオシ記事