『るろ剣』のアクション監督・谷垣健治が明かす「宇宙最強」ドニー・イェンのマネージメント力
#谷垣健治 #シャクラ
2024年のお正月映画として推したいのが、ドニー・イェン主演のアクション大作『シャクラ』だ。「宇宙最強の男」と呼ばれる香港出身のアクション俳優ドニー・イェンが主演・監督・プロデューサーを兼任し、『るろうに剣心』(12)をはじめとする「るろ剣」シリーズ全5作をアジア全域で大ヒットさせた谷垣健治氏がアクション監督を務めている。
中華圏の大ベストセラー小説『天龍八部』を原作に、上映時間2時間10分の中に壮絶アクション、ヒロインとのラブロマンス、アイデンティティーをめぐる人間ドラマがぎゅうぎゅうに盛り込まれた武侠映画『シャクラ』。ドニーの右腕として知られる谷垣アクション監督に、その舞台裏と素顔のドニーについて、また日本のアクション映画との違いについても語ってもらった。
――ドニー・イェンから「『るろ剣』みたいなアクションを中国でやれば、新しくて面白いものができる」と口説かれたと聞きました。ドニーからそんな言葉を掛けられれば、断れませんね。
谷垣 そうですね(笑)。本当はドニーとは別の企画を撮るはずだったんです。アンディ・ラウと共演する現代もので、『007』っぽいエンタメ作品を予定していました。ロケ地も海南島など中国のリゾート地が組まれていたので、単純に楽しそうだなぁと(笑)。その後に『シャクラ』を制作するとは聞いていましたが、そちらは中国で有名な武侠ものだし、あんまりそういうのはやったことないので、「その時期は忙しい」とウソをついて断っていました(笑)。ところが『シャクラ』を先に撮ることになり、スケジュールを空けていた僕がやることになったわけです。
――躊躇していたところに「『るろ剣』みたいなアクションを」と言われたわけですね。
谷垣 中国の武侠ものを、アクション監督として手がけるのは初めてでした。『チャイニーズ・ゴースト・ストーリー』(87)をヒットさせたチン・シウトン監督が武侠ものをいろいろと撮り、今ある武侠ものの流れを創り、このジャンルはある程度撮り方というか、フォーマットが決まってるところがあると思います。でもそれだと新味がないし、ワイヤーで誰も彼もがぴょんぴょん飛んだり、チャカチャカしたカット割りにするのもどうかなぁと思ってたところに、ドニーからその言葉を掛けられたんです。ドニーも新しいものに挑戦したがっていましたし、ドニーが『るろ剣』的なアクションをやることで面白い化学反応が起きるかもしれないと考えると、モチベーションがぐっと上がったところはありますね。
エフェクトなしでも、ドニーの全身からオーラが
――撮影された2022年はコロナ禍の真っ最中。谷垣さんは単身で現場に入ることに。
谷垣 まず上海に入って3週間の隔離を経てからの参加でした。その前年も経験しましたが、中国での隔離は文字通りホテルの部屋から一歩も出られませんし、差し入れや出前も禁じられているのでキツいんですよ。それも躊躇した理由のひとつだったんですが、その隔離期間を使って部屋の中で武侠ものについて調べたり、この作品の下準備をすることができました。ドニーからも「こんな面白い動画を見つけた」とTikTokの映像やら何やらが毎日送られてきました。ふだん中国映画を手がけるときは、日本のスタントマンと中国のスタントマンと半々くらいでアクションチームを組んでいます。今回はコロナ禍ということで、日本人は僕だけでしたが、中国のスタントマンもレベルは高いし、勢いがあるのでなかなか頼もしかったですね。
――ドニー演じる喬峯は「降龍十八掌」という最強武術の使い手。カンフーアクションだけでなく、ソードアクションやVFXも交えたバトルシーンが目白押しです。とりわけ、中盤で描かれる「聚賢荘」に集結した凄腕武人たちとの「1対多数」の死闘シーンは壮絶すぎます。
谷垣 撮影も中盤で、キャストもスタッフもみんな疲れていたんで、「ぶっ殺してやる!」という殺気交じりの現場でした(笑)。いったい、ドニーは何人と戦ったか? 数え切れないほどいっぱいです。「聚賢荘」シーンは2週間ほどの撮影でした。屋内で撮っていた序盤は順調だったんですが、屋外で盾を持った部隊との戦いになってからは内と外と同時に2班に分かれて撮るようになって、お互いが映り込むし、もうムチャクチャになりました(笑)。そのシーンの最終日は朝から撮影して、そのまま翌日になり、昼になり、夜になってそろそろ終わらせようということになったんです。40時間くらいぶっ通しの撮影でした(笑)。
――喬峯のスライディングしながらのソードアクションなどは、『るろ剣』っぽいなぁと感じました。
谷垣 僕自身は意識はしていませんでしたが、確かにそうかもしれません。というか、シチュエーションが似てるんですよね。主人公はすごい数の敵と戦いますし、囲まれた敵と戦うという状況なので、まずは相手を撹乱させるために上下左右に動き回る必要があり、そうするとスライディングしたり、次の瞬間には宙高くジャンプしたりと、おのずと『るろ剣』の殺陣と多少似てくる部分はあったと思います。そもそも剣心が使う「飛天御剣流」は、剣が3つあるように見えるくらい速い動きが特徴的な剣術という設定なんです。殺陣の速さや一対多数の戦いという点では、『るろ剣』の殺陣を応用できた部分はかなりあったと思います。でも、ドニーが演じたことで、剣心とは違った独特の迫力が生まれたと思います。ドニーの「さぁ、来い。どんなヤツでも、みんなぶっ飛ばしてやる!」という挑発的な表現は、剣心にはないものです。必殺技である「降龍十八掌」のカットはデジタルエフェクトを使っていますが、ドニーだとエフェクトなしの状態でもオーラが全身からほとばしってるのが見えるので、面白かったですね。「ああ、この人からは本当に何か出てる」って(笑)。今回のドニーは監督とプロデューサーも兼ねていたわけですが、表現者としても優れているなぁと改めて感じました。「アクションにもドラマ性が必要だ」とよく言われますが、やはり俳優の説得力次第ですね。
追加予算は6億円、セットの修繕費に600万円
――「ドニーは人使いが荒い」と谷垣さんは以前も言われていましたが……。
谷垣 荒いか荒くないかと言われると、それもう確実に荒いです(笑)。でも、それは人のポテンシャルを引き出すのがうまい、ということでもあるんです。相手がこのくらいはできると分かっていて、そのもう少し上のレベルのことをやらせようとする。以前、空中三段蹴りができるヤツがいたんですが、ドニーは「なぜ五段蹴りはできないんだ」と言うわけです。言ってる意味、わからないじゃないですか(笑)? でもそうやって人のポテンシャルを引き出すことに関しては、遠慮がないのがドニーですね。
――それで「ドニーとまた仕事をしたい」と思うわけですね。
谷垣 もしくはそこで出せなかった人は「ドニーとはもう仕事をしたくない」と思うことになるかもしれません(笑)。ドニーの要求が高くなるのは、対応力のある人に対してだけなんです。ドニーと一緒に仕事をして、「成長できたな」「本気を出し切れたな」と感じられた人は、また参加したいと思うはずです。紙一重の違いでしょうね。「また、ドニーとやりたい」と思う人もいれば、「もう、あんな現場には行きたくない」と感じてしまう人もいるかもしれません。
――中国のアクショチームに、日本との違いは感じましたか。
谷垣 中国のスタントマンたちは、なんでもオッケーなので仕事はやりやすかったですね。そこはアクションに関する日中プロフェッショナルの意識の違いはあるようです。これが日本だとちょっとムリ目なアイデアに対して「ちょっと難しいかもしれませんね」と難色を示されることが多いんですが、中国のスタントマンは「大丈夫っす!」と答えて、そこからやっと考える(笑)。とりあえずやってみるんですね。難しいと思っても、決して「できない」とは口にしない。日本のスタントマンがいろんなことを考慮して「難しいかもしれません」と事前に伝えるのもプロ意識ですし、中国のスタントマンがまずやってみるのもプロ意識なんです。いずれも彼らなりのプロ意識なのでどちらがいい悪いではないんですが、今回は勢いと力技で押し進めなければ成立しない現場だったので、中国のスタントマンたちのやり方がいい形に作用したと思います。
――ドニーからの無茶ぶりはありました?
谷垣 いつものことです(笑)。ドニーは撮影当日、もしくは本番直前にアイデアを思いつくことが、よくあるんです。無茶っぽいアイデアの場合、ドニーも実はバックアッププランを10通りくらいは考えている。ドニーから新しいアイデアが出てきた際には、とりあえずドニーが本編を撮っている間に、こちらでスマホの動画機能を使って、どんなシーンになるのかを試しに僕が撮ってみて、iMovieで速攻で編集して「こんな感じになるよ」と見せるんです。それでOKが出れば、すぐ撮影できるし、「もう少し……」と言われればそこは修正します。そうすることで時間を節約でき、俳優とスタントマンの両方をずっと待機させたままにせずに済むんです。ドニーと仕事をするときは、だいたいそんな感じですね。
――アクション映画に費やす予算は、邦画とはかなり違いそうです。
谷垣 ジャッキー・チェン主演の『シティーハンター』(93)などを監督したウォン・ジンが本作のプロデューサーだったんですが、中盤までの撮影ですでに予算を6億円オーバーしていたそうです。それを聞いて、ドニーは「ハッハッハッ!」と高笑いしてましたけどね(笑)。クライマックスは屋根の上を走り、壁や床を突き破り、オープンセットを次々と壊していき、600万円の修繕費を請求されました。結局、そのセットだけでは撮り切れず、別のセットを借り直して、また壊すことになりました。日本なら、6億円の追加予算なんて大事件ですし、セットの修繕費600万円の請求だけでも僕はクビになるでしょう(笑)。
ドニーと剣心が対決すれば、スタッフは確実に死ぬ?
――『るろうに剣心 伝説の最期編』(14)では剣心と十本刀との対決シーンが当初は予定されていたものの、スケジュールの都合で撮影されなかったと聞きました。アクション映画はそういった変更が多い?
谷垣 十本刀? そうだったかなぁ? でも変更は多いですね。ドニーと金城武が共演した『捜査官X』(11)でもありました。最後にドニーは香港の往年のアクションスターだったジミー・ウォングと戦うんですが、そのクライマックス前にある格闘シーンは撮影スケジュールの都合でカットすることになりました。その格闘シーンを撮らずに済むアイデアとして、ドニーは自分の片腕を斬り落とすことで戦いを放棄する案を思いついたんです。ドニーが片腕になったことで、ジミー・ウォングの代表作『片腕ドラゴン』(72)へのオマージュにもなった。完全な後付けですけど(笑)。アクション映画はキャストが途中で怪我をすることもあるので、ラストシーンはそういったアクシデントにも対応できるよう、なるべく撮影スケジュールの最後に撮るようにしています。
――ドニーが監督・プロデュースした『シャクラ』の撮影期間はおよそ3カ月。アクションシーンにも充分なスケジュールが組まれているなぁと感じます。
谷垣 最後のウー・ユエとの対決シーンだけでも、1カ月間を費やしています。それだけ時間があると試行錯誤する余裕もあるので、新しいアクションを試してみることもできるんです。日本だと、どうしても決められたカットだけをスケジュール通りにきっちり撮っていくことになります。そうした部分が変わっていけば、日本のアクション映画はさらに面白くなるかもしれません。
――ドニーは『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』(16)や『ジョン・ウィック:コンセクエンス』(23)などハリウッド大作にも出演していますが、谷垣さん的には「俺のほうが、もっとかっこよくドニーを撮れるのに」とか思いませんか?
谷垣 いやいや、ドニーをいちばんかっこよく見せられるのは、ドニー自身です。ドニーはポーズなんか決めずとも、すっとそこに立つだけで絵になる。本人のこれまでに培ってきた自信や経験、役づくりなどが渾然一体化して、ああいう佇まいが生まれるんです。ブルース・リーに近いものがあるかもしれません。ブルース・リーがブルース・リーでしかないように、ドニー・イェンはドニー・イェンでしかない。僕らはそれ以外の部分をお膳立てしているだけに過ぎないんです。
――『新座頭市・破れ!唐人剣』(71)では、勝新太郎とジミー・ウォングが対決しました。いつかドニーと緋村剣心が激突するアクション映画も観てみたいです。
谷垣 時代は全然違うけど、ドニーが当たり役にしている『イップ・マン』(10~)と剣心が対決したら面白そうですね。でもスタッフは確実に何人かは過労死するでしょうね(笑)。
『シャクラ』
原作/金庸 製作・監督・主演/ドニー・イェン アクション監督/谷垣健治
出演/チェン・ユーチー、リウ・ヤースー、ウー・ユエ、チョン・シウファイ
配給/ツイン 2024年1月5日(金)よりTOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー
(c)2023 Wishart Interactive Entertainment Co.Ltd. All Rights Reserved
https://sakramovie.com/
●谷垣健治(たにがき・けんじ)
1970年奈良県出身。大学時代に倉田アクションクラブ大阪支部へ入所し、1993年から香港に渡り、スタントマンとして活躍。『ドラゴン危機一発’97』(97)や『SPL/狼よ静かに死ね』(06)など、数多くのドニー・イェン作品に参加。アクション監督として手掛けた「るろうに剣心」シリーズ(12~21)は日本だけでなく、アジア全域でも大ヒット。ドニー主演作『燃えよデブゴン TOKYO MISSION』(20)では監督を務めた。
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