末期がん患者・叶井俊太郎と妻・倉田真由美と叶井似・娘との愛すべき生活
#倉田真由美 #叶井俊太郎 #エンドロール
「死ぬのは怖くない」「この世に未練はまったくない」――。 今年9月『エンドロール! 末期がんになった叶井俊太郎と、文化人15人の“余命半年”論』(小社刊)を上梓した映画宣伝プロデューサーの叶井俊太郎。 各メディアの取材に対して繰り返した言葉は、仕事人としての叶井を知る者にとっては「らしさ」だったのかもしれない。 では、生活者としての叶井は、いかにしてそのような境地に至ったのか。 当人・叶井俊太郎を横に置いて、妻であるマンガ家・倉田真由美に話を聞いた。
(初出:サイゾー2024年2月号より)
倉田真由美(以下、倉田) 中村うさぎさんから「絶対くらたまの好みだから会わせたい人がいる」って言われて、そのとき私、「あ、叶井俊太郎じゃないかな」って思ったんですよ。会ったことなかったけど、「映画業界にくらたまの好きそうな人がいる」っていう、これだけでわかったんです。
叶井俊太郎(以下、叶井) なんで知ってたの?
倉田 なんとなく。でも当たってましたもんね。自分の勘が当たったっていう驚きは覚えてます。会ってみたいなと思っていたし、うさぎさん以外の共通の知り合いも何人かいて、いろいろ話を聞いていたので。
叶井 そうなんだ。
倉田 想像を裏切らない面白さでしたね。当時はもっとギラギラしてましたから。どういう男が好きかっていろいろあると思うけど、うちは父がネガティブな人だったんですよね。私自身にもそういう要素がないわけじゃないし、男のタイプがそればっかりってわけじゃないけど、父は割とネガティブな傾向が激しくて。
叶井 機嫌悪いのよね。不機嫌な人はきついな、オレも。
倉田 この人は、何もそういうのがないんです。不機嫌な日がない。明るい男っていいなと思いましたね。この人ほど、良くも悪くも、ものを考えない人って周りにいなかったですから。叶井俊太郎って人は問題解決できないこともあるんだけど、そのことに悩まないで済むんです。私がいなかったら、この人はもう死んでると思うんだけど、私のような、ちょっと横で助ける人間がいれば、何も考えない人がいちばん幸せだと思う。破産したときも債権者集会の前の日のことを覚えているんですけど、「明日めんどくせえな、やだなぁ」とか言いながら、すぐ寝ましたから。むしろ私のほうが寝れなかった。何かが頭を占領して眠れなくなる経験を、まったくしてないと思う。
叶井 してないね。
倉田 本当にないんですよ、悩んだことが。
叶井 「がん」って言われた当日は、ちょっと落ち込んでたんじゃない?
倉田 いや、落ち込んでない。
叶井 がんになっちゃった、みたいな感じだった?
倉田 なかなかこういう人、いないですよね。私、割と相手に引っ張られるほうなんですよ。だから、こういう人で本当に良かったと思う。やっぱり相性ですよね。この悩まない人に対して、腹が立つ人もいると思うんです。何あんた、何も考えないのね、なんて切れちゃう場合もあるだろうから。相手によっては。
叶井 (2022年4月に受けた)余命半年の宣告は、何とも思わなかったね。半年か、10月で死ねると。
倉田 私、何回も死ぬマネされてますから。
叶井 この人は、そのたびに号泣してるけどね。
倉田 「うう、苦しい……」とか言って、パタッと倒れて。つい一昨日くらいも久々にやられて、また動揺して。何回でも騙されますよ。
叶井 ちょっと面白いでしょ。
倉田 でも、面白がってるのが救いになるんですよね。「ああ、娘を残して死ぬのはつらいよ」みたいなことを言われると、こっちもつらくなっちゃう。多分逆に、私ががんでこの人ががんじゃなくても、同じようなスタンスだったと思うんですよね。私が泣いて、この人が「泣いてもしょうがないでしょう」って。そういう受け取り方が自分勝手だとか冷たいとか思う人もいるかもしれないけど、私はまったくそうは思わない。私という人間には、すごく合ってますね。
叶井 だからさ、なるようにしかならんのよ、何もかも。くらたまががんになって死ぬマネをしても、動揺しないだろうね。「くらたまが死んだ」って子どもに伝えなきゃ、と思うだけかも。
倉田 そんな感じ、絶対そんな感じだと思うわ。
叶井家にはお母さんが2人?
倉田 でも人間って、すごい変わるんですよね。ギラギラした感じは本当になくなりました。結婚してからなくなったとか、くらたまのおかげだとか言われるんですけど、そういうことでもないと思うんです。年齢と、もうひとつは娘の誕生ですね。この人、とにかく娘にとってお父さんというより、お母さんみたいだったから。うちは、お母さんが2人いるって言われてたんですよ。
叶井 そうね。
倉田 普通のお父さんって、アウトドアに連れて行くとか、そういう育児が一般的だと思うんですけど、この人は普通ママがやるよねということも全部やってました。習い事や部活の送迎とか、私の大嫌いな保護者会とか、道に立って挨拶するやつも、私は1回もやったことないんですけど、この人は毎回行ってました。
叶井 あいさつ隊でしょ、学校の正門に立って子どもたちに「おはようございます」って声をかけるの。なんで保護者会が嫌なの?
倉田 わざわざ興味のないことを、ダラダラ話すでしょう。でもこの人はめんどくさがらずに行くし、ママ友もすごく多い。学校からもらってくるプリントも全部この人が見るので、私は何があるかほとんど知らなかったし。
叶井 幼稚園のときから行事のやりとりは全部オレがやってたらかね。やったことないことに興味があってさ、興味の幅が広がっただけです。結婚して変わったわけじゃない。
倉田 子どもの世話もめちゃくちゃしますからね。娘の荷物が重いときは学校まで一緒に歩いて送っていったりとか。普通そこまでやらないよね、ってレベルまでやります。赤ん坊のとき、私がいないと、夜中に抱っこひも付けて散歩したりして。
叶井 泣きやまないときとか、この人が出張しててオレが見なきゃいけないときはね。
倉田 私がこの人すごいなって思ってるのは、めんどくさがらないし、それで機嫌が悪くなったりしないんですよ。いつまでも泣きやまない、ホント勘弁してよ、みたいな気持ちがまったくない。泣きやまないのは仕方がない、全部そのスタンスなんです。
叶井 普通はそんなに嫌がらないんじゃない?
倉田 いやいや、そんなことない。
叶井は、めんどくさがらない男’
倉田 昔、ヤドカリを飼ってたことがあるでしょ。
叶井 飼ってたね。子どもが飼いたがって。すぐ飽きちゃったよね。
倉田 そう、それでこの人、興味もないのにずっと世話してたんです。興味ないことがめんどくさくないっていう、すごく珍しい人なの。
叶井 エンタメの要素がひとつ増えたんだって。
倉田 だって、ヤドカリ興味なかったじゃん。普段見てかわいがるわけでもないし、名前も付けてない。でも水槽の掃除はマメにやるし、1~2年は生きたよね。天寿を全うできましたからね。死んだときは悲しかったの?
叶井 いや、全然。
倉田 そう、かわいがってるわけじゃないんですよ、でも、めんどくさがらずにやる。ヤドカリも埋めに行きましたからね。私は「生ゴミでいいんじゃない?」って言ったんですけど。
叶井 深く考えてないよね。今考えりゃゴミでも良かったんだけど、当時はゴミじゃないんだろうなって思ったような気がする。
倉田 家事もね、今この人の分担って、ゴミ捨てと皿洗いと洗濯なんだけど、やっぱり病気でやれなくなってきてるんです。それでも、私のいないときに洗濯物が干してあったりするから、がんばってくれてるなってうれしくなりますね。
叶井 それは、やらなきゃだから。
倉田 でも体がすごくつらくて、体重が減って寒がりにもなってるから、ちょっと外に出るのもつらいんです。洗濯物を干すとか、ゴミを捨てに行くとか、それくらいの距離と時間でもしんどくなってる。結局、体力と精神力が同時に落ちていくんだなっていうのは、真横で見てて思いますね。皿洗いをしないとか、元気な頃は絶対になかったけど、今はなかなかできないし。
叶井 家事は全然めんどくさくないけどね。夜になるとボーっとしちゃうから。
倉田 まったくめんどくさがらない。楽しいとか楽しくないとかの判断があるはずなのに、やらなきゃいけないことに関しては、そういうモードじゃないもので動いてますよね。何かの世話をする、ゴミ捨てをする、そういうのは楽しいとか楽しくないっていうのと、まったく関係なくやるから、そこで思考と行動の回線を切れるのがすごいと思う。本当に何も考えてないから。普通、掃除が終わったら気持ちいいとか、清々しいとか、あるじゃないですか。
叶井 ないよ。家事がめんどくさいって、どういうこと?
倉田 普通はめんどくさいよ。私は回線切れないもん。やっぱり、何回繰り返したってめんどくさいし、楽しくない。そこを、何も考えてないのがすごい。
叶井 コップとか皿とかがシンクにあると、嫌じゃない? 誰もいなくて、風呂場を1週間掃除してないと気付いたとき、オレはショックを受ける。自己満足なんだよ、別に気持ちよくも清々しくもないけど、「片付いた」という自己満足。
倉田 だから、大した動機じゃないよね。楽しくもないのに、めんどくさくも嫌でもない。
叶井 だからルーティンだよ、毎日の。あんた知らないだろうけど、オレ今でも風呂の掃除も週2回やってるからね。
倉田 だから、そういうのも楽しいとかめんどくさいとか、そういうものの回線を切ってやれてるから。
叶井 週に2回やらなきゃいけないっていうのが埋め込まれているわけ、オレには。排水口の毛とか取ってないでしょ、オレ取ってるからね。家事をめんどくさいと思ったことはない。
倉田 私、そういう性格が結婚前にわかってたから。結婚するときって、自分が病気になったときのことを想像しませんか? 相手が病気になったらっていうよりも、自分の病気を想像するんです。私がもし病気になって、いろいろ世話してもらわなきゃいけなくなったとしたら、この人はどうするかなって。いろんな解決の仕方があると思うんですよ。でもこの人だったら、ルーティンとしてやるな、と思ったんです。
叶井 そうなんだ。
倉田 そうなの。だから、喜んでもやらないだろうけど、仕方がないから猫のトイレ掃除をやるのと同じ意味で、この人は多分やってくれるだろうなって確信がありました。そういう意味で信用できると思ったの。だから、優しいとかじゃないんですよ。私は今、この人の肩をもんだりしてるし、これからもっと世話しなきゃいけないことが増えるかもしれないけど、ルーティンとは違うものが動機ですよね。相手を楽させてやりたいとか、この人が喜ぶならしてやりたいとか、そういう動機なんですよ。でも、多分この人はそうじゃないことで動ける。そっちのほうが信用できると思ったの。
叶井と倉田と娘の穏やかな日常
倉田 父ちゃんが病気で死ぬかもしれないっていうのに、あの子、1回しか泣いてないもんね。あんたが言ったとき、1回だけ泣いたけど。
叶井 泣いてたかな。
倉田 それだけ。私がむちゃくちゃ泣いてるだけ。顔もこの人に似てるし、人間も似てる。私だったら、自分の父親が死にそうってなったら、あんなに普通に遊んだりできないもん。平気な顔して遊んでるよね。
叶井 ずっと部屋で友達と電話かLINEしてるからね。
倉田 うちの家庭では、誰かが怒鳴るってことがないんです。娘も穏やかだし。
叶井 そうだね。
倉田 子育てについては、これは私だったら到達できなかったってことは時々あって。例えば私は受験勉強をちゃんとやったほうだから、娘が全然勉強してないのを見て、「勉強したほうがいいんじゃないか」とか、ちょっと言ったりはするんですよ。あんまり教育ママじゃないですけど。あるとき、本当に怠けてて、友達と勉強するとか言いながら全然してなくて、返ってきた成績もよくないっていうときに、娘を呼んで説教をしたんですね。高校とか内申もあるんだし、勉強したほうがいいんじゃないかって。そしたら、この人が来て「もう怒らないでやってくれよ」って。
叶井 「本人がやりたいことをやらせろ」って言ったの。
倉田 そう。「くらたまは勉強できたし、それが意味のあることだと思って好きだったかもしれないけど、この子は違うんだよ」と。「塾とか行ったって今日のごはんのことしか考えないんだから、あんたとは違う人間なんだ。どうせ人間って楽しいことしかやれないんだから、無理やり勉強なんかやらせないでくれ」って私、怒られたんです。もっともだと思って。当たり前に、人間楽しいことしかやれないっていう、この人は本当に真理に近いところにいるなって。全然何も考えてないくせに、本当に正しいことを言うなって思って、そのときは感動しましたね。去年のことですけど。
叶井 だって、娘はオレとそっくりだもん。
倉田 結局、好きなことしかやらないってことなの、人間は。料理も全然できないんだけど、ちっちゃい頃に工作教室とかあるじゃないですか。そこで、ピザ教室、クッキー作り教室、貯金箱作り教室があったら、必ず貯金箱のところに行く。食べられもしないものを選ぶ子だったんです。私だったら絶対ピザかクッキー。で、実際そういうタイプだから料理は好きなんですね。でも娘は全然興味ないから、まったく料理できない。する気もない。
叶井 家事はやらないよね。
倉田 うん。でも、ルーティンでやってることがある。ベッドの布団をきれいに畳んで、ぬいぐるみをいつも2つ、同じ向きに並べてますね。毎朝、めんどくさがらず、それを同じようにやってる。私だったらやらないもん。夜になったら同じようにぐちゃっとしちゃうんだし、布団なんかめんどくさくて畳んだりしないけど、そういえばやってるね。
叶井 自分のことだけね。
倉田 それと、父ちゃんから受け継いでほしくないと思ってて、受け継いじゃってることはあります。娘は結構かわいいし、頭も良くはないけどすごく悪くもないし、運動神経はいいし、性格もすごく穏やかで、本当にいい子だって親バカながら思ってますけど、ひとつだけ。字がめちゃくちゃヘタなの。
叶井 それもオレと一緒だよ。オレが見てもヤバいと思う。
倉田 だから、やっぱりあんた似だね。
(構成・撮影/新越谷ノリヲ)
プロフィール 書籍情報
倉田真由美(くらた・まゆみ)
1971年、福岡県生まれ。漫画・エッセイなどの執筆活動のほかに、新聞・雑誌、テレビ・ラジオのコメンテーターとして、恋愛から政治問題まで幅広く“くらたま流”のコメントをしている。
叶井俊太郎(かない・しゅんたろう)
1967年、東京都生まれ。フランス映画『アメリ』(01年)のバイヤーとして知られ、現在は映画配給レーベル・エクストリームの宣伝プロデューサーを務める。2009年9月に漫画家・倉田真由美と入籍。22年6月、膵臓がんで余命半年の告知を受ける。
『エンドロール! 末期がんになった叶井俊太郎と、文化人15人の“余命半年”論』
著者:叶井俊太郎/定価:1500円+税
発売・発行:株式会社サイゾー
ISBN 978-486625-177-6
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