ランジャタイ・国崎和也とマヂラブ・野田クリスタルが語る、漫才の「神髄」とは
#M-1グランプリ #マヂカルラブリー #ランジャタイ
10日に『M-1グランプリ』(テレビ朝日系)の公式YouTubeで公開された『M-1ラジオ~○○のチカラ~』にマヂカルラブリー・野田クリスタルとランジャタイ・国崎和也が出演。「漫才の神髄を解き明かす」というテーマで、悪ふざけを交えながらトークを繰り広げた。
国崎は「古くはエンタツアチャコさんから始まり、今で言う誰でしょう、ぱーてぃーちゃんかな? 信子、うん」と軽くボケたかと思えば、「マイクがあって、『どうもー』から始まって、『ありがとうございました』で終われば、漫才なんじゃないですかね」と、いきなり芯をえぐってくる。
国崎と野田は、時期こそ違えど地下ライブを根城にしていた、いわゆる地下芸人であり、共にモダンタイムスを師と仰いでいる。モダンタイムスといえば、元祖爆笑王というスゴい名前の放送作家が著した『漫才入門』(リットーミュージック)というスゴい書籍を舞台に持ち込み、そこに書かれた通りに漫才を実践してこっぴどく怒られたという逸話を持つ“地下の帝王”である。
そうした2人をキャスティングして「漫才の神髄」を語らせるという企画自体、『M-1』運営が漫才というものを多面的に考えてほしいという姿勢の表れだろう。
2020年、マヂカルラブリーがほとんど掛け合いのない「吊り革」ネタで『M-1』を制し、「これは漫才か、漫才じゃないか」という “漫才論争”が巻き起こったことがあった。
「翌年に、もっと漫才じゃないランジャタイさんが現れて、中和されたんですけれども」(野田)
実際、野田はマヂカルラブリーのネタについて、異端であるとの意識はさほどないようだ。ランジャタイが『M-1』決勝進出を決めた直後の『マヂカルラブリーのオールナイトニッポン0』(ニッポン放送)で、その認識を明かしている。
「(マヂラブの漫才は)奇抜な料理が出てきたみたいな。邪道ではあるけれども、パスタではある」
野田によれば、21年の『M-1』決勝進出者は、パスタで言えば「皿に皿を盛り付けて皿で食ってる」ようなものだという。ランジャタイは、例えれば「建物。建物とかを出されているようなもの、これがパスタですと」、真空ジェシカは「出入りじゃないですか? 現象です。人の出入り。これです」。
「僕たちがバレてしまうわけですよ。全然普通じゃん、と。ビビってたんだって。勝負した感を出してたけど、毒がないっていうか」
一方で、野田をして「建物というパスタ」と評されたランジャタイも、意外に綿密な準備をしていたことを今回の動画で語っている。
ごくたまに現れる、率直な国崎の言葉だ。
「M-1決勝いくときに、僕らのネタってパッてカメラが移ると何やってるかわからなくなるから、極力、映しといてくれって言ったと思うんですよ。ひとつのアングルにしといてもらえたらありがたいって、言った記憶がありますね」
衣装も、黒い靴に黒いズボンで上半身の動きや表情だけを見せるように意識していたのだという。
「何が怖いって、相方の伊藤(幸司)が、見たことない鉄腕アトムの赤靴みたいなの履いてきて」
この話で思い出したことがある。『M-1』決勝のランジャタイのネタで、オチのあと暗転が遅れ、2人が舞台上を一瞬、彷徨うような状態になったことがあった。この原因を、国崎は『M-1』後の配信や雑誌の取材で、スタッフに、実際のオチと違う「もういいよー!」で終わると、ふざけて伝えてしまったことだと語っている。
だがおそらく、ここまで見え方にこだわっている国崎のことだ。ネタの後、暗転せずに困惑する姿を全国放送に乗せることもまた、意図した行動だったのだろう。
動画の最後に、野田が改まって国崎に問う。
「漫才とは、なんでしょう?」
国崎の半笑いが目に浮かぶ。
「コントのほうが、僕は好きです」
もう2人は爆笑している。
「調子乗んな」
「伝統文化ぶるな」
「たいした歴史もねえくせして」
「知ったこっちゃない」
「知らないよ」
「そんな大事なものじゃない」
「見てもいいし見なくてもいい」
「利用しているだけだ」
「踏み台である」
その踏み台で高く飛んだ2人の、それが「漫才の神髄」という設問への答えだった。
(文=新越谷ノリヲ)
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