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日刊サイゾー トップ > エンタメ > お笑い  > ランジャタイ・伊藤幸司『激ヤバ』

国崎和也にあんまり感謝しないランジャタイ・伊藤幸司『激ヤバ』【芸人本レビュー】

『激ヤバ』伊藤幸司(KADOKAWA)

 なんだ、すげえしゃべってくるな、伊藤って。

 それが、この本を読み始めたときの最初の印象だった。

 現在、テレビでの露出時間に対する発した言葉の量を比率にしたら、もっとも数値の低い、つまりは全然しゃべらないトップ1かもしれないのが、ランジャタイの伊藤幸司だ。黄色いジャージの横にいる黒ずくめのおかっぱ。おかっぱの中は角刈りのときもあれば、短いおかっぱのときもある。暗い目をして、表情は特にない。たまに静かに笑う。そんな伊藤が今年5月に上梓したのが、エッセイ本『激ヤバ』(KADOKAWA)である。

 すげえしゃべってくる。197ページにわたって、目を見てしゃべってくる。文章に、そういう圧がちゃんとある。感情があって、伝えたいことがある子なんだな。改めてそう感じさせる本になっている。

 テレビや舞台だけで見る伊藤は、とことんしゃべらない。だがそういえば、芸人界隈から漏れ聞こえてくる伊藤の評判は、まるで逆だった。ウザいほどお笑いに熱い。『M-1』で優勝することしか考えていない。自分は松本人志と発想が同じだ。虚勢とも妄想ともつかない発言で、周囲をドン引きさせているという。

 この本の中にいる伊藤は、そのどちらでもない。『M-1』と母親を愛していて、数少ない友達とくだらないケンカをして、何もうまくいかなかった子ども時代を回想して、少年の心のまま37歳になってしまった読書好きの男の独白である。

 表題となっている「激ヤバ」は、愛する母親の葬式の際のエピソードだった。伊藤の母親は、息子に対して「ランジャタイのサインが欲しい」と言ってくるような人物だったという。

 * * *

 そう言われて、息子のことをランジャタイと呼ぶお母さんがなんだか面白かった。

「国崎くんは普通にしゃべれる子なの?」

と普通のファンの人みたいなことも言っていて、それも面白かった。

 * * *

 そんな母親が亡くなり、伊藤は国崎と2人で書いたサイン色紙を持って鳥取へ帰る。国崎は色紙に、サインより大きな文字で、あるひと言を書き記していた。

 母親に恩返しできず「僕はこの人生に失敗した」と感じていた伊藤が、笑いによって魂を救われる様が描かれる。伊藤が、国崎への気持ちを素直に記した、珍しいシーンである。

 そう、珍しいシーンなのだ。

 ランジャタイは、自他ともに認める国崎和也のワンマンコンビだ。ネタ作りも、舞台上のパフォーマンスも、バラエティの平場でも、国崎が常にコンビの在り方を司り、国崎自身も伊藤に多くを求めていないように見える。「相方ではなく、友達感覚でずっときてる」国崎の言葉だ。

 夢舞台である『M-1』決勝当日のエピソードを描いた「僕の血は鉄の味がする」でも、伊藤は国崎に対して心から感謝を述べるような節はまったくない。「国崎くんに連れてきてもらった」「あの人こそ天才で、僕はあの人のおかげで夢にたどり着いた」などと言ってもよさそうなシチュエーションだが、それをあえて書き連ねるような野暮な真似をしたくないのか、あるいは国崎のことを勝手に書くという作業に遠慮があるのか、本当に別に感謝をしていないのか、そこらへんは判然としないものの、とにかく本書における伊藤の国崎への温度は驚くほど低い。

 だからこそ、伊藤の国崎への通底した思いを見た気がした。伊藤はおそらく、言うまでもないと思っている。伊藤が言うまでもないのだ。

 国崎くんのことは、みんなが勝手に見ててよ。ね、面白いでしょ?

 本を閉じたとき、私は伊藤と手をつないでいた。手をつないで、国崎という才能の一挙手一投足をいつまでも見ていたいと思った。

(文=新越谷ノリヲ)

新越谷ノリヲ(ライター)

東武伊勢崎線新越谷駅周辺をこよなく愛する中年ライター。お笑い、ドラマ、ボクシングなど。現在は23区内在住。

n.shinkoshigaya@gmail.com

最終更新:2023/10/19 19:00
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