アンジャッシュ・渡部建さえ、みんな好きになる──「NOBROCK TV」開発と再生のマジック
#アンジャッシュ #渡部建 #佐久間宣行のNOBROCK TV #みりちゃむ
TKOの木下隆行よりも、元・雨上がり決死隊の宮迫博之よりも、今現在の芸能界でもっとも“許されていないタレント”といえば、アンジャッシュの渡部建だろう。
かつての渡部は、芸能界の何もかもを手中に収めていた。数々の大番組でMCを張り、FMラジオで小粋なDJもサラリとこなした。グルメと夜景と高校野球を語らせたら右に出る者はなく、本業のお笑いでも「すれ違いコント」というジャンルを生み出した。最強美人女優を妻とし、ナショナルクライアントのCMを数多く獲得、大金を手にした。純白のメルセデス、プール付きのマンション、そんなものは欲しがりさえすれば、何だって手に入った。
もちろん渡部は、それらをたやすく享受していたわけではない。徹底したセルフブランディングと、地道な情報収集と、自覚的かどうかはさておき「芸人としてのプライドを捨てる」という作業もあったに違いない。
そうして渡部は自ら切望した頂きに立ち、そして、壊れた。
2020年6月を境に、渡部は地を這っている。その原因については割愛するが、50歳を前に、まあとにかくひどいことになった。マスコミからの袋叩きは苛烈を極めた。誰もが羨む人生が叩き潰されていく様に、視聴者はしこたま酔った。その暴力が飽きられると、渡部建というタレントはもともと存在していなかったものとされ、芸能界は平然と回り始めた。
やがて、かつての仲間たちが慎重に手を差し伸べ始める。ローカルレギュラーの『白黒アンジャッシュ』(千葉テレビ)、東野幸治やさまぁ~ずのYouTubeチャンネル、千鳥の『チャンスの時間』(AbemaTV)、誰もが笑顔で渡部と接し、それぞれの方法論で渡部の復帰への道筋を模索した。渡部もそれに懸命に応えたが、やはりどこか持て余しているように見えた。
やはりあのことは許せない、叩かれ過ぎて同情が拭えない、そもそもあんまり芸風が好きじゃない、そんな空気がない交ぜになって、渡部にまとわりついていた。今年4月にYouTubeで「渡部×ロケハン」が始まり、本格的に地上波復帰を目指すことを宣言しても、もはや全肯定することも全否定することもはばかられる現在の渡部建というタレントに、席は見当たらなかった。
もしかしたら一生、もう渡部のキャリアは──。世の中には本当に「取り返しのつかないこと」があるのかもしれないと、誰もが思い始めていた。
18日、風穴が開いた気がした。
YouTubeチャンネル「佐久間宣行のNOBROCK TV」に渡部が出演。「罵倒食レポチャレンジ」と題し、食事中に心無い声を浴びせかけられながら、渡部は食レポができるのかという企画だった。
共演には、“罵倒ギャル”みりちゃむ。同チャンネルが開発し、丁寧に育て上げてきたエース格のキャラクターだ。過去にはTKO木下を相手に「おまえにとっての謝罪は許されるための道具なんだよ。それって謝罪なの? パフォーマンスだよねえ」といったパンチラインを繰り出し、泣かせたこともある。
渡部を相手にしても、みりちゃむはみりちゃむだった。
「おまえが楽しく食べてんのって、ムカつくだけだと思うよ」
「寿司に謝れ、おまえに食べられる寿司がかわいそうだろ」
「醬油飲め」
大量のチューブわさびを直接口に流し込まれ、唐辛子たっぷりのケジャンを鼻の穴に突っ込まれながら、渡部は活動自粛前でさえ避けてきたリアクション芸を披露してみせた。
その風景を見ながら、ゲラゲラと笑い転げながら、ずっと考えていた。
この悲壮感のなさは、なんだ。東野や、さまぁ~ずや、千鳥といったイジリの達人でさえ、どこか拭い去れなかった「画面の中に渡部がいる」という違和感がまったくない、この動画の正体はなんだ。
おそらくは、達人たちの方法論はこうだ。
今の渡部は、気を使う存在になっている。だから、どぎつい本音をぶつけて心の底からのリアクションを取らせること、要するに“剥がす”ことが復帰につながるはずだ。
だが、それをやるには渡部が巧者すぎた。瞬時に正解を導き出しすぎたのだと思う。渡部は渡部で剥がされに来ている。セッションが成立してしまう。達人同士のアドリブ合戦は、時に予定調和に見えてしまう。慣れ合いに見えてしまう。ドキュメンタリーにならない。東野もさまぁ~ずも千鳥も、当然、自分が悪者になりたくはない。言い過ぎて悪者に見えてしまえば、望んでいた笑いも起こらない。
今回の「NOBROCK TV」の企画で感じたのは、フィクションというものの強さだった。
当たり前だが、みりちゃむは本気で渡部に「醤油飲め」と思っている女性ではない。罵倒キャラはあくまでキャラであり、天才的な即興芝居の能力とイヤモニを通して伝えられる佐久間からの指示によって動いているだけだ。佐久間が今回やったことは、渡部の本性を剥がすことではなく、フィクションの世界に巻き込む作業だった。バラエティというものに、タレントのままの渡部を迎え入れる作業だった。
渡部のタレントとしての腕を誰よりも信じていたのが佐久間であり、誰よりも引き出したのがみりちゃむだったということだ。再生の魔法がかかった。渡部はいつの間にか、リアクション芸人という新境地の扉の前に立たされていた。
「こっち系、いけますか?」
椅子に座ったまま、ケジャンで顔を汚した渡部が戸惑っている。
「イチからやれよ!」
見下すみりちゃむの口調は乱暴なままだ。
「51になりましたけど……」
悲壮感が顔を覗かせる。
「まだ人生の半分だろ、おまえ」
まだ人生の半分だろ、おまえ。最後の最後に、また天才がパンチラインを放った。
(文=新越谷ノリヲ)
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