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日刊サイゾー トップ > 社会 > メディア  > ジャニーズ報道に見る「地上波衰退」の理由

ジャニーズ報道に見る「地上波テレビは衰退する」納得の理由

メディアがやるべきは「責める」ことだけではないはずだ

 それにしても、テレビ局には義理など一切ないようだ。これまで、ジャニーズのタレントたちにどれだけ数字を稼がせてもらってきたのだ。紅白に出さない? 出てもらっていた、の間違いではないのか。もしくは、出さねばならぬと思うような恩恵をジャニーズから受けていたのではないか。

 言わせていただくが、2回目の記者会見。あれは、メディアが束になってかかっていったが、ジャニーズサイドに負けていたぞ。井ノ原くんの「子供も見ている」発言には拍手をする者がいたが、記者たちの質問や発言に対して、そんなことは起こらなかった。それに嫉妬するかのように、最近のメディアでは、井ノ原くん叩きが横行してないか。

 なんでもかんでも文句を言っても仕方あるまい。東山くんは、どんな質問に対しても、感情的にならずに理性的に応えようと務めていた。逆に、感情的になっていたのは、ジャニーズサイドに最低限の敬意も払わず、喚き散らすようにコントロールのきかなくなった望月記者たちのほうではないか。どちらが社会人として良識ある態度なのか、わざわざ指摘しなければわからぬだろうか。

 マスメディアはジャニーズファンの夢まで破壊して一体、何が目的なのだ。ジャニーズは、法を超えた救済をするとまで言っているのだ。どのテレビ局も大手出版社も、これまで少なからず、ジャニーズには世話になってきたのではないのか。ビジネスパートナーだったわけではないか。

 ならば、責めるだけでなく、ジャニーズとともに自らの過ちも認め、謝り、再建策を一緒に考え、手を差し伸べるくらいの度量があっていいのではないか。

 それを、ネタになればなんでもいいと、問題の本質からズレているNGリストまでトップニュースで扱う始末。そんな体質だから、地上波テレビは多くの国民から見放され衰退していく一方なのだ。

 私は、ジャニーズのファンかといえば、そうではないだろう。だがジャニーズを見て育ってきたのは間違いない。たくさんの楽しみや感動を与えてもらった。だからこそ、最後までジャニーズを応援しようと思っている。人として当たり前のことではないか。ジャニーズタレントに罪があるのか。ジャニーズファンに罪があるのか。

 そして、ファンや視聴者、つまり市民に寄り添ってこそのマスメディアではないのか。その人たちを悲しませ、不安にさせることをして、メディアをやっていけるというのか。

 望月記者がジャニーズ問題のスタート地点で相談し、てほどきを受けたのは、そもそも大手出版社の編集長だ。私は、その顛末を全部知っている。だがそれをバカみたいに暴露しようとは思わない。なぜならば、私は小説家であり、れっきとしたプロの物書きという矜持があるからだ。 

 今後もジャニーズからは、有能なタレントたちが離脱するかもしれない。ジャニー喜多川氏がいない今、そうした崩壊劇を牽引しているのは、マスメディアである。

 そもそもNGリストなんてものを作られたことに対して、マスメディアは自分の足元を見直すべきではないか。NGリストに名を記された記者は、なぜそんな扱いを受けたのかを省みる必要はないのか。

 どこかに、記者としての配慮に欠ける部分があったのだ。それを無視して、自らお祭り騒ぎをすることが恥ずかしいこととわからないうちは、間違っても有能な記者と呼ぶことなんて、私はできない。

 そもそも、多くのファンのことも考えられず、いまや弱者となった人たちを集団で捲し立てる彼らにジャーナリストや記者を名乗る資格など果たしてあるかと、はなはだ疑問なのだ。

(文=沖田臥竜/作家)

作家・小説家・クリエイター・ドラマ『インフォーマ』シリーズの原作・監修者。2014年、アウトローだった自らの経験をもとに物書きとして活動を始め、小説やノンフィクションなど多数の作品を発表。小説『ムショぼけ』(小学館)や小説『インフォーマ』(サイゾー文芸部)がドラマ化もされ話題に。最新刊は『インフォーマ2 ヒット・アンド・アウェイ』(同)、『ブラザーズ』(角川春樹事務所)。調査やコンサルティングを行う企業の経営者の顔を持つ。

Twitter:@pinlkiai

最終更新:2023/10/12 19:16
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