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『ENGEIグランドスラム』芸歴35年の爆笑問題ですら「緊張した」と言う芸人の重圧

『ENGEIグランドスラム』芸歴35年の爆笑問題ですら「緊張した」と言う芸人の重圧の画像1
Getty Images

 9月の23日に「ENGEIグランドスラム」が放送された。2015年にスタートしたこの番組は漫才、コント、ピン芸、リズムネタ、落語など、様々なジャンルにおいて人気と実力を兼ね備えた、国民の誰もが『面白い』と認める最強の芸人が勢ぞろいしてネタを披露する日本一豪華なネタ番組というキャッチフレーズとコンセプトを持っている。

 21回目となる今回も「ENGEIグランドスラム 芸人もお笑いで世界制覇するぞSP」と題して、今年初めて開催された賞レース「THE SECOND~漫才トーナメント」のチャンピオン「ギャロップ」や「ツギクル芸人グランプリ2023」を制した「ナイチンゲールダンス」など旬な芸人やネタに定評がある「バカリズム」「東京03」そして大ベテラン「爆笑問題」といった面子が出演し、そのコンセプト通り「日本一豪華なネタ番組」となった。

 これだけの面子が揃っているので、ネタが面白いのは当たり前。今更それをコラムにしようとは思わない。今大会を見て印象に残った部分をピックアップして書こうと思っているのだが、印象に残ったのは全芸人のネタが終わり、エンドロールと共に流れたネタ終わりの芸人たちが控室へ戻るがてら発したコメントの数々だ。

 特に印象に残ったのは陣内智則さんの「「芸歴30周年になるんですけど、全然緊張しますね。いつまで緊張すんねん」というコメントだ。陣内さんはネタをやらないタイプの芸人ではなく、こういったネタ番組では比較的ネタをやることが多い芸人のひとりだ。30年も芸人をやり、そしてネタもやり続けていると緊張なんてしなくなるのではないかと思う人も多いだろう。

 しかしどんな芸人でもどんなに芸歴を重ねても、ネタを披露する場面では間違いなく「緊張」してしまうのだ。これは陣内さんに限ったことではない。この番組においてもネタ終わりのコメントでバカリズムさんは「緊張しますね。緊張したなぁ」と言っている。さらに芸歴35年になる、あの爆笑問題さんでさえ、はっきりと「緊張した」と言っているのだ。

 これだけベテラン勢が口を揃えて緊張するという仕事もそう多くは無いだろう。ある程度芸歴を重ねるとコンビならではの呼吸が身につき雰囲気で笑わせることが出来たり、お客さんとの駆け引きもそこまで苦労しなくて済む。さらに場の空気を読んでネタを微調整したり、アドリブで笑いを足したり、キャラクターの浸透度もプラスされるので若手時代より比較的楽にネタをやることが出来るのだ。それでも緊張するというのはネタ自体のテクニック的な部分ではなく、もっと違う部分が芸人が感じる緊張の原因となっているのだ。それは間違いなく「絶対に笑わせなければならない」というプレッシャーだ。

 芸歴を積めば積むほど、知名度が上がれば上がるほど、ハードルというのは明らかに高くなっていく。ハードルが上がると、ちょっとしたことでウケるという利点がある反面、その芸人の色とも言える発想の奇抜さやネタの上手さなどは見続けると視聴者的に慣れが来てしまい、逆にウケづらくなってしまうのだ。なので常に100点の笑いを目指しているネタ芸人たちは、ベテランになればなるほど自らが作ってしまったいくつものハードルを越えなければならない為に、計り知れないプレッシャーと戦っているのだ。

 もちろんベテランだけがプレッシャーと戦っているわけでは無い。見取り図さんはネタ終わりで「いつ噛んでもおかしくなかった」。ダイアンさんは「入りすごいミスしましたけど」など、数々の賞を受賞している2組だとしても、やはり緊張しないことは不可能なのだ。「笑わせる」という単純な行為が、いかに難しく、いかに苦労して生みだすかがわかるコメント達だった。

 その反面、ネタがウケると、ネタ終わりの安堵感と先ほどまで圧し掛かっていた重圧から解放により、えも言われぬ状態になるのだ。ネタ終わりの東京03さんを見るとそれが良く分かる。終始満面の笑みを浮かべている3人。ツッコミの飯塚さんが「本当に楽しい舞台ですね」というと角田さんが「最高!」と付け加える。これはネタをしてウケたことがある芸人しか体験できない状態。極度のプレッシャーからの解放と目的達成から来る多幸感、喜び、深い満足感、高揚感、ウェルビーイングといったポジティブ感情が集結された、「ランナーズハイ」ならぬ「ネタズハイ」である。……まあランナーズハイほどすごいことではないのだが。

 「ネタ」は日常生活では滅多に解放しないほどのテンションで行う。声量が静かであったり、語気は穏やかであったとしても、内に秘めたテンションはもれなくハイテンションであることは間違いない。そんな普段なら使わないハイテンションは、一度上げてしまうとそう簡単におさまるものではなく、ウケた芸人は、ネタ終わりに落ち着きを取り戻したような姿をしていても、どこかハイテンションが垣間見えるのだ。

 これは僕の話だが、芸人時代にお付き合いをしていた人から「ネタがウケたか、ウケなかったか、聞かなくてもわかる」と言われたことがある。ウケて帰ってきたときは、落ち着きがなく歩き回り、会話のテンションも1.2倍くらい微妙に高くなるそうだ。逆にウケないで帰って来た時は、寝てる最中に「歯ぎしり」をするとのこと。必死に隠そうとしていた“悔しさ”が眠りについて気が緩み爆発してしまうのだろう。

 つまり芸人の「ネタ」というのは、ただ笑わせる為にふざけているように見えるが、実のところ心血注いだ命懸けの作品なのである。ただそう思われると笑いづらくなるのは間違いない。なので適当に見るのではなく気軽に見てもらうくらいが望ましい。

 なので今後賞レースは、普通のネタ番組のように振舞って、最後に賞レースだと明かすのはどうだろう。視聴者は気構えせず、本来の笑いで評価されるかもしれない。

 これは余談だが、僕の奥歯はスポーツ選手並みにすり減っていると言われたことがある。それだけウケなかったということなのだろうか……?

檜山 豊(元お笑いコンビ・ホームチーム)

1996年お笑いコンビ「ホーム・チーム」を結成。NHK『爆笑オンエアバトル』には、ゴールドバトラーに認定された。 また、役者として『人にやさしく』(フジテレビ系)や映画『雨あがる』などに出演。2010年にコンビを解散しその後、 演劇集団「チームギンクラ」を結成。現在は舞台の脚本や番組の企画などのほか、お笑い芸人のネタ見せなども行っている。 また、企業向けセミナーで講師なども務めている。

Twitter:@@hiyama_yutaka

【劇団チーム・ギンクラ】

ひやまゆたか

最終更新:2023/09/26 19:00
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