ジャニーズ報道から考察「男性の性被害」の救済が遅れる理由
#ジャニーズ事務所
英国公共放送『BBC』の報道や元所属タレントの相次ぐ告発を受け、ジャニーズ事務所の藤島ジュリー景子社長が“謝罪動画”の公開に至った故ジャニー喜多川氏の性加害問題(註 その後、ジャニーズ側が会見において性加害を認め謝罪)。近年の日本における#MeTooの流れで行われた告発と異なるのは「被害者が男性である」という点だ。それがこの問題の解決の遅れにどう影響したのかを考察していく。
(サイゾー23年8月号特集『黙殺されるジェンダー論争』より転載)
世間一般でも「聞いたことがあった」という人は多いはずの故・ジャニー喜多川氏の性加害疑惑。マスコミの報道は1960年代から断続的に行われており、99年から「週刊文春」(文藝春秋)とジャニー氏・ジャニーズ事務所との間で争われた裁判では、最終的に「所属タレントへの性的虐待は事実である」との認定がなされている。そして2023年、英国公共放送『BBC』の番組報道や元所属タレントの告発などにより、藤島ジュリー景子社長が謝罪を行う動画を公開したのは周知の通りだ。
この問題については、長らく沈黙を貫いてきた大手マスコミへの批判が大きい。一方で疑惑が疑惑のまま長く放置された背景には、「被害者が男性である」という点も関係しているのではないか――。本稿ではそうした仮定に基づき、ジェンダーの観点を軸に、「男性の性被害」を取り巻く日本社会の問題を掘り下げていく。
まず男性の性(暴力)被害については、「あまり聞いたことがない」「どのような状況なのか知らない」という人が多いかもしれない。そもそも「男性の性被害」という言葉や概念は新しいもので、メディアで取り上げられる機会が増えたのも最近のことだ。
「日本では90年代ごろから、男の子、男性を含めた性暴力被害の調査が徐々に始まりましたが、それ以前は男性の性暴力被害を適切に言い表す言葉がありませんでした。男性の自助グループの働きかけや、対人援助の現場での被害者への対応も行われていましたが、一般の人の大半は、そうした状況を知らなかったのではないでしょうか」
そう話すのは男性の性被害の研究者で、法務省「性犯罪に関する刑事法検討会」のヒアリングに協力した経験も持つ、立命館大学大学院の宮﨑浩一氏。言葉の状況に関しては、コラム(本記事5ページ)で詳述しているように、99年の「週刊文春」の報道では、「ホモ・セクハラ」という不適切な言葉が使用されていた。
また性被害から「男性」が除外される状況はかつて法律においてもあり、その法改正が行われたのはごく最近のことだ。2017年に強姦罪が強制性交等罪に改正され、被害対象者の性別を問わない形だったが以前は、被害対象は女性に限られていた(なお強制わいせつは、以前から男性も被害者になることがあった)。
「17年の法改正は『性別に関わらず挿入を伴う性暴力被害がある』と国が認めたということ。改正された文章には女や男という性別の明記もなく、ジェンダーやセクシュアリティを問わない形となりました。これは非常に大きな変化で、男性の性暴力被害が一般に知られる機会となりましたし、被害者の人たちが『自分の体験は被害だった』と捉えるきっかけにもなったと思います」(宮﨑氏)
なお欧米等では日本より前から男性の性被害がメディアで多く報じられ、その支援団体がいち早く組織された国もあった。男性の性被害専門カウンセラーで、カナダで男性の被害者の支援センターに約6年勤務した経験も持つ山口修喜氏は以下のように話す。
「カナダやアメリカでは、90年代ごろから、各都市でさまざまな支援団体が組織されていきました。また00年代半ばには、人気トーク番組『オプラ・ウィンフリー・ショー』で男性の性被害の特集が組まれ、200人ほどの被害者が顔出しで出演したこともありました。アメリカで著名人が性被害を告発する事例も複数あり、日本と比較して男性でも被害の体験を話しやすい状況が早くから作られていたと感じます」
では現在の日本で男性の被害者はどの程度いるのかというと、「刑法上の性暴力被害の認知件数で単純に比較するのは、暗数の問題もあり難しい」と宮﨑氏。その前提を踏まえた上で2020年度の内閣府の調査を見ると、「無理やりに性交等された経験」を持つ男性は調査対象の1%程度。女性の6.9%より少ないが、100人に1人は被害経験があることになる。
「現状の統計では、欧米でも女性のほうが被害者の割合は高くなっています。ただこの問題の認知が広まれば、被害を打ち明ける人も増える可能性があります」(宮﨑氏)
内閣府の調査では、「性暴力被害について、女性の6割程度、男性の7割程度が誰にも相談していない」という報告もある。また被害に遭ったときの状況について、男性は「相手との関係性から拒否できなかった」「驚きや混乱等で体が動かなかった」「相手から、脅された」といった回答が多かった。
「身体の構造は違っても、同じ人間なので、性的被害に遭ったときの反応には大きな男女差はありません。『驚きや混乱等で体が動かなくなる』といった反応も、男女共に起こるものです」(山口氏)
宮﨑氏も以下のように続ける。
「“凍りつき”あるいは“フリーズ”と呼ばれる現象が男性被害者にも現れることは指摘されていますし、たとえば心的外傷後ストレス障害(PTSD)の発症についても男女差はなく、性別にかかわらず影響があります」
そして宮﨑氏は「こうした性的な被害は個別性が非常に高く、男性だから女性だからと一概に言えるものではない」と前置きした上で、次のように話してくれた。
「ただし、被害者が自身の体験を自分の中で整理していく過程では、その社会のジェンダーやセクシュアリティの規範、わかりやすく言えば『男らしさ』『女らしさ』のあり方が大きく影響してきます。その影響で男性被害者に特徴的なことが現れるケースがあります」
たとえば性被害の経験は性別にかかわらず人に相談しづらいものだが、男性の場合は男性ならではの相談できない理由があるという。
「まず社会一般には『悩みを相談する男は女々しい』『男が弱音を吐くものじゃない』といった圧力があります。また『被害について相談しようにも、相談先の機関が見当たらなかった』という問題もありました」(宮﨑氏)
性被害を受けた際の相談先としては「性犯罪・性暴力被害者のためのワンストップ支援センター」が第一に挙げられる。現在は#8891への電話で最寄りの自治体の施設につながり、無料で相談できる体制が整っているが、男性の場合は「男が電話していいのか?」というためらいもあるだろう。
「ただ今は、多くのワンストップ支援センターが男性の被害相談も受け付けているので、やはり相談先について悩んだ場合は、こちらに電話するのがよいと思います」(同)
また被害を人に相談したりネット上で打ち明けたりしたとき、被害者を非難するような言動が行われる「二次加害」も、男性でも当然起こり得るものだ。
「『どうして逃げなかったの?』というのは男女問わず言われることですが、男性は『強いんだから逃げられて当然』『なぜ抵抗して戦わなかったのか』と言われるケースもある。ここにも男らしさの規範が関わっています」(同)
こうした誤解や偏見に基づく二次加害は、本記事4ページのコラムにまとめた通り。今回、被害について打ち明けた元ジャニーズの所属タレントに対して、このような言葉をぶつけないよう注意してほしい。また男性の場合は、被害の体験を「通過儀礼」のように扱われてしまうこともあるという。
「以前の日本では、体育会系の部活で先輩が後輩に性的ないじめ、加害を行う事例が今より多くあったと思いますが、そこでは被害者が『お前も経験して一人前になったな』といった言葉をかけられる事例もありました」(山口氏)
部活動や体育会系の企業、お笑い芸人の世界などで行われる先輩から後輩への性的ないじめ、からかいなどは、以前は「笑いのネタ」として扱われることも多かった。「裸で踊らせる」といったものから、性行為の強要と呼べるものまで内容はさまざまだが、そうした加害行為が武勇伝のように語られるケースも中にはある。
「性的な接触には互いの境界を越えて親密性を確認する機能もあるため、ホモソーシャルな関係の中で悪用されることがあります。そしてホモソーシャルをめぐる概念で重要なのは、ホモフォビア(同性愛嫌悪)とミソジニー(女性蔑視)。そのため男同士の身体接触を『悪ふざけ』として扱い、一緒に笑うことで男同士の絆を高めていくこともあるわけです。そして、そうした行為を受けた人が『これは性暴力被害だ』と言うのはホモソーシャルな関係を否定することになり、男性集団から排除される可能性や、ホモフォビアな反応をされることがあります。そのため被害者自身も『これは笑わなければいけない』と感じて、被害を認識しづらくなったり、訴えづらくなったりするケースがあります」(宮﨑氏)
なお男性の性被害における加害者は1/3が女性、2/3が男性とされている。「加害者が女性の場合は『お姉さんに仕込んでもらえてラッキーだったじゃん』などと言われるケースもある」(山口氏)というのも、男性被害者の特徴といえる。一方で加害者が男性の場合は別の問題が起こることがある。
「特に性的な経験や知識の少ない子どもが被害を受けると、『こうした性的なことは女性とするのではないのか?』『男性として気持ちよかったということは、自分は同性の人が好きなのか?』といった混乱が生まれるケースがあります。その後に女性と付き合っても違和感を覚えて男性に惹かれていく人もいれば、逆に強烈な男性嫌悪になってしまう人もいます」(同)
どんな人を好きになるか、どんな人と性的行為をしたいか(したくないか)は、成長の過程を経て本人が決めること。それが性被害に左右されるのは許されるべきではない。なお性被害を受けている最中に快感を覚えたり、勃起や射精をしてしまうことは、「身体の反応」としてごく普通にあるという。
「快感の生じている状況が勃起や射精という形で現れるのは、男性の被害者の特徴といえます。抽象的な言い方をすると、『快感を受けている状況が、加害者との間で共有されてしまう』わけです。これは反射的な身体反応なので、加害者の行為を受け入れたという根拠にはなりませんし、ましてや被害者側の責任は全くありません」(宮﨑氏)
その性的な興奮や快感を加害者が利用し、被害者を逃れられないようにするケースもあるという。
「いわば性被害に遭った子どもは、強烈なドラッグを無理やり打たれて混乱している状況です。そして搾取といえるような形で性的快感を利用するのは断じて許されないことですが、被害者はそれを搾取だと気づけないケースも多い。何年もたってから『自分は利用されて騙されていた』と気がついて、怒りや悲しみが大きく噴き出してくる人もいます」(山口氏)
被害を認識するまで、誰かに打ち明けるまでに時間がかかる人が多いのも性別は問わないが、「男性のほうが長期化しがちな傾向は、学術調査で示されている」(宮﨑氏)とのこと。
「男性の被害者には『性被害という言葉を男が使っていいのだろうか』と悩み、被害の認識に至るまでに時間がかかるケースも見受けられます。その背景には、『2017年まで男性は強姦罪の加害者にしかなり得なかった』という日本の法的な状況もあるでしょうし、被害を受ける人=女性的という性差別の意識も関係しているでしょう」(同)
今の宮﨑氏の話にあるように、性被害を受けた男性が苦しんでしまう理由には、この社会に根付く性差別が深く関係している。その点を見過ごしてしまうと、「男性の性被害について語ることが女性叩きに利用される可能性がある」と宮﨑氏は警鐘を鳴らす。
「『フェミニストは男の被害者を排除している』などと、実態と異なる主張を行うバックラッシュにつながるケースがあります。考えなければいけないのは、こうした問題の根底にあるのは、家父長制や性差別の構造だということ。そして性に基づく差別がなくなれば、男性も性暴力被害について相談しやすくなると思います」(同)
男性の性被害の苦しみの背景に、男性優位の社会構造があるとなるとこの問題の解決は容易ではない。また現在報道されているジャニー喜多川氏の性加害問題の背景には、メディアや芸能界の構造の問題が深く関わっていることも間違いない。被害者の救済を進めるため、さらなる被害者を生まないためには、一般社会の人々も性被害についての理解や知識を深めることが必要だ。
【コラム1】二次被害も生む男性のレイプ神話とは?
レイプを合理化する誤った信念や偏見を指す、「レイプ神話」というものがある。被害者が女性の場合は「被害者側の挑発的な服装や行動が誘因となる」「若い人だけが強姦被害に遭う」「嫌なら必死に抵抗したはずだ」といったものが有名で、今も二次被害を生む要因となっている。宮﨑氏が臨床心理士の西岡真由美氏と共同で、法務省のヒアリングのために制作した資料(「性犯罪に関する刑事法検討会ヒアリング配布資料」2020年06月22日)には、その男性版として下記の9項目が掲げられていた。
これらは女性のレイプ神話と同様、すべて偏見であり誤り。ここには「男は強いもの(だから性被害になど遭わない)」という考えや、同性愛者に対する偏見も見て取れるが、⑦~⑨などは女性に置き換えても同様の偏見がまん延している。こうした考えが誤りであると気づくこと、正しい知識や情報を広めることは、男女を問わず性被害者の救済につながっていくはずだ。
男性のレイプ神話
①男性が性被害に遭うはずがない
②性的な被害に遭う男性はゲイ(同性愛者)である
③女性が性的な加害行為をするはずがない
④性的な被害を受けることでその男性はその後ゲイになる
⑤性的虐待を受けた男児はその後、自らも性的虐待を行う男性に成長する
⑥性的な被害を受ける男性は、男らしさに問題がある
⑦もし暴力行為が伴わなければ、男性は性的被害に遭いそうになっても抵抗できるはずである
⑧性的被害に遭いそうになっても抵抗しない男性は、その行為を望んでいる
⑨被害を受けた時に勃起・射精などの性的反応が起こったら、彼もその性的行為に同意していたといえる
(宮﨑氏、西岡氏が岩崎, 2009; Struckman-Johnson, 1992; Turchik & Edwards, 2012 で挙げられているものより作成)
【コラム2】99年の文春報道時は性被害をどんな言葉で報じていたのか?
男性の性被害という言葉や概念が比較的新しいものであるのは、本文で触れた通り。では以前の報道では、こうした問題はどのような言葉で報じられていたのか。宮﨑氏は「メディアの研究は専門外」と前置きした上で「以前は同性間の性行為を強調する書き方が特徴的だった印象です」と話してくれた。
実際に当時の記事(1999年11月11日号、11月25日号、12月9日号)を見返すと、文中では「ホモ・セクハラ」といった言葉が頻繁に使われているのが確認できた。なお「週刊文春」は昨今の報道ではこのような言葉は使用しておらず、前出の記事をウェブに再掲載する際も「記事の本文には今日的に不適切な表現が含まれておりますが、資料としての価値を鑑みて当時のまま掲載しています」との断りを入れていた。
また記事中では、ジャニー喜多川氏の疑惑の行為について、東京や大阪の「青少年健全育成条例」への抵触や、強制わいせつ罪、準強制わいせつ罪に当たる可能性に言及している。当時は強姦罪が強制性交等罪に法改正される2017年のはるか以前。やはり法律が変わること、言葉や概念を世の中に広めることは、被害者救済を前進させるうえで必要なことといえそうだ。
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