満州事変から92年 遺恨は乗り越えられるのか
2023年8月26日から9月4日まで東京のすみだパークシアター倉にて上演された、アップスシアターによる舞台『霞色のライラック』が好評のうちに千秋楽を迎えた。(9/24~10/1までアーカイブ配信で視聴可能)
アップスシアターは、これまで渡辺謙や菊地凛子らをハリウッドに紹介してきたキャスティングディレクター奈良橋陽子の主催する演技スクール「アップス・アカデミー」が立ち上げたプロジェクトで、今回が2021年に続き2回目の公演となった。
本作は、現代の日本と第二次大戦末期の満州を舞台にする群像劇で、脚本は稜一朗が、演出は国際的な活躍の目立つ米倉リエナが務めた。
終戦60年目を迎え、新聞社にて、自身が青春時代を過ごした満州での体験について取材を受ける盲目の女性草部ハナ(上岡紘子)。1932年に建国された満州国は「王道楽土・五族協和」のスローガンの下、民族の融和を掲げながらも、その実は日本による傀儡国家であり、国内では支配的体制に基づく数々の横暴がなされていた。
満州国警察に務める父とともに満州で暮らす若かりしハナ(龜田七海)は、ひょんなことから出会った中国人青年ヤン(小林牧歌)に恋心を抱き、それまでのふさぎ込んでいた生活からは別人のように、ヤン行きつけのカフェに通い詰めるようになる。そこで人種の垣根を超えて、多くの友人との交流も始まるが、時は1943年。日を追うごとに戦局は悪化し、ハナの友人たちも戦火に飲み込まれていく。
満州建国大学に通う友人は学徒出陣で出征し、街では抗日の活動も次第に活発化。時代に翻弄されながらも、懸命に愛を育もうとするハナとヤンだが、日本が降伏し、終戦を迎えるといよいよ、時代の波が愛し合う二人の仲を切り裂く。それまでの憎しみがさらに大きな憎しみとなり、人民裁判で無慈悲な「裁き」として降りかかる。
全編を通して、俳優陣の圧倒的な熱量が作品を前へ前へと駆動させる。役柄の内面を掘り下げ、リアリズムを追求した演技方法である「メソッド演技」を採用してきたアップス・アカデミー出身の俳優たちの表現は、たしかに本作をより刺激的で差し迫ったものへと映し出す。
あの日の満州で、戦争という悲劇の中で、それでも必死に生きようともがいたそれぞれのキャラクターの葛藤や、行き場のない怒り、やり場のない悲しみ、そして愛が大きな「生」のエネルギーとなり、劇場を包み込む。他者への憎しみと恐怖が渦巻く中でも、一人一人の登場人物がそれぞれにどこか魅力的たりうることが本作の最大の魅力なのかもしれない。カフェに集う野中(神田青)や圭子(小川祥子)、リーシャン(塚本小百合)の軽妙なやりとりも作品に彩りを加える。
劇中、印象的に歌われる『何日君再来』や『蘇州夜曲』は美しさだけでなく、その後の展開ゆえの切なさも内包する。
また、俳優陣の個性を生かしながらも、色合いの機微や、香りまでを細やかに描き出す米倉の演出は作品に臨場感と奥行きを持たせる。ラストの場面では、爽やかな感動とともに、どこかノスタルジックな感情を掻き立てられる。
そして、新聞記者の田辺(与那嶺圭太)のハナへの問いかけが、リアルな言葉として、どこか示唆的に、現代を生きる我々に突き刺さる。
「それでも人は遺恨を乗り越えることができるのだろうか」
終戦から78年が過ぎた今なお、歴史認識を含め、確かに横たわる日本と中国、そして他のアジア諸国との「遺恨」。
私たちは、過去の過ちを認め、そして赦し合うことができるのだろうか。
1931年9月18日、今から92年前の今日、満州事変が起こり、あの戦争が始まった。
【アーカイブ配信】
9/24-10/1までアーカイブで視聴可能
https://www.confetti-web.com/detail.php?tid=74371&
【クラウドファンディング実施中】
現在、クラウドファンディング実施中
https://motion-gallery.net/projects/upstheater
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