日米のお笑いビジネスの決定的な違いー芸能事務所とテレビの関係
#インタビュー #ブギウギ
連続テレビ小説「ブギウギ」関連書の決定版『昭和ブギウギ: 笠置シヅ子と服部良一のリズム音曲』NHK出版新書) 8月10日に発売された。
ポピュラー音楽史研究の第一人者が、服部家で長年眠っていた楽譜草稿などの貴重資料を渉猟し、「ブギの女王」と「スウィングの申し子」コンビが近代の芸能に遺した決定的な業績を書き尽くした本書。
その発売に合わせて、著者の近代音曲史研究家で大阪大学教授・輪島裕介氏と、大阪大学の学生時代に同氏の授業が、現在の自身の活動にも影響を受けたというスタンダップコメディアン・Saku Yanagawa氏が対談した。
※前編はこちら:https://www.cyzo.com/2023/09/post_356192.html
Saku Yanagawaがスタンダップコメディアンになったわけ
Saku:日本の芸能界における縦割りや脱領域の話で言えば、笠置シヅ子や服部良一の頃のパフォーマーって、羨ましいですね。僕はスタンダップコメディアンとの関わりしか基本ないですから。
輪島:仲が良いか悪いかはともかく、いろんなパフォーマーとの交流は幅広くあったでしょうね。映画音楽など劇伴的な仕事をする人はたくさんいただろうけど、ここまで自由にいろんなことができたのは服部良一ぐらいかも。レコード会社の作曲家としてヒット曲を出して、バンドリーダーとして舞台やダンスホールで指揮をして、自ら編曲の譜面も書いて……という人はほかにあまり思いつきません。
Saku:笠置シヅ子と服部良一って、一言で言うと、実演を極めた2人というところがすごいですよね。
――Sakuさんはなぜ、大阪大学で演劇学を専攻したんですか?
Saku:もともと僕は、劇作家や演劇の批評家になりたかったんです。でも日本には成熟した批評文化があまりないように当時は思っていて、まずは自分が板に立った経歴が必要だと思い、自分で脚本・演出やって一人俳優として喋るスタンダップコメディの道に進むことにしました。なので、軸足はずっと批評的な視点も持ち合わせた創作にあります。
――日本で芸人になろうとは思わなかったのですか?
Saku:当時、日本のお笑い芸人は18歳でNSCに入るのが王道ってイメージがあって、僕が阪大で21歳を迎えた時点で遅いと思ったんですよね。その点、アメリカのコメディアンは基本的にコメディクラブに入場できる21歳からしか始められないので。
輪島:実はけっこう戦略的に考えているんだよね(笑)。
Saku:行き当たりばったりやってるように見えたかもしれませんが、意外とちゃんとしてます(笑)。僕の場合、英語に関しては中高の先生がオーラルコミュニケーションをちゃんとやってくれたのも幸運でした。音楽、言語、お笑いは全部そうですけど、やっぱり耳がすごく大切で。小さい頃から慣れ親しんできた音楽が、会話のリズムに出るような気がしますね。
輪島:もともとは音楽が、喋りのリズムからできているところもあるからね。
Saku:ヒップホップっぽい喋り、ジャズっぽい喋り、ゴスペルっぽい喋りとか感じることもあるし、アメリカから帰国ホヤホヤで日本の話芸とか聴くと、けっこう和太鼓みたいなリズムだなと感じますね。
アメリカで親しまれるスタンダップコメディ
Saku:学生の頃、輪島先生の授業で参画型・参与型って音楽の話がありましたよね。
輪島:トマス・トゥリノという民族音楽学者の区分なんだけど、鑑賞のための音楽と参加のための音楽があって、あとは録音にも実演の記録と、スタジオで組み立てられる芸術作品としてのスタジオアート型があるという。
Saku:クラブ音楽は作り込まれたスタジオアート型の音楽だけど参画型、カラオケも歌う側・聴く側に分かれているけど参画型みたいな話でした。これに照らし合わせると、コメディってどうなんですかね? 向こうではコメディアンがアルバムを出すのが当たり前の状況で、グラミー賞にも最優秀コメディ・アルバム部門があるくらいなんですが。
輪島:笑うことが目的なら参加っぽいけどね。「レコードはいいけど舞台はイマイチ」ってスタンダップコメディアンは存在し得ないでしょ?
Saku:ライブの評価は決定的に重要です。ただ、日本のYouTubeチャンネルみたいに、アメリカでは最近、みんなポッドキャストをやっていて、その広告収入で稼いでいる人も多いんですね。有名なのがジョー・ローガンで、自分の番組をSpotifyでやっているんですけど、その契約金が日本円にして約330億円という。
輪島:なんかニュースになっていたよね。
Saku:その番組に反ワクチン派のゲストを出したら、ニール・ヤングが「こんなやつを呼ぶ番組を流すなら、俺の楽曲をSpotifyから削除しろ」と言って、Spotifyに自分かジョー・ローガンかの二択を迫ったというニュースは日本でも話題だったそうですね。しかもそれで一瞬でSpotifyがジョー・ローガンを選んだ。それくらいジョー・ローガンはアメリカで聴かれていますね。ポッドキャストは確実にスタンダップコメディの入り口とその後のキャリアの展開を変えました。
輪島:コメディアンのオリジナリティが重要視されるようになったのは、やはりコメディクラブができて以降なのかな? 日本のお笑いはダウンタウンなどの漫才ブーム以降、個性重視になっていったと思うんだけど。その前は台本ありきでネタが共有されていることが、むしろ芸として評価される向きもあったから。
Saku:アメリカのコメディアンもレコードの時代は、師弟関係に関係なくコントをカバーし合っていたみたいです。
輪島:漫才では洋楽・洋モノ崇拝みたいな話ってないし、やはり日本のお笑いは音楽業界などとは違う独自の発展を遂げていると感じるね。
Saku:ドリフターズがマルクス・ブラザースをやっていましたけど、スタンダップコメディ的な笑いが日本に入ってきた例とかも本当にないですよね。トニー谷もスタンダップコメディに近いけどそろばん持っているし……、藤村有弘とかは当時のアメリカのコメディ芸を踏襲した例なのかな。
輪島:意識はしていただろうけどね。
Saku:おそらくタモリは、スタンダップコメディを知っているはずですよね。モート・サール的な、アンダーグラウンドな要素を感じるというか。ただ考えてみるとスタンダップコメディの専用劇場が誕生した70年代前半頃って笠置シヅ子はすでに歌手を引退していたし、そもそもはっきりとシーンができてから51年しか経っていない、まだまだ若い芸能なんですね。その間の日本国内の芸能の成熟を考えると、存在は知っていても参照はされなかったという状況もなんとなく想像できます。
実演を極めた笠置シヅ子と服部良一
Saku:この間、ルミネTheよしもとへお笑いを見に行ったんですが、あれってテレビの人気芸人を劇場に出して、それ目当てのお客さんを呼んで、そこで若手など他の芸人のネタも見せるというスキームで確立してますよね。
輪島:とくにルミネはそうかもね。
Saku:なんばグランド花月はまた微妙に違うかもしれないですけど、あれもよしもと新喜劇を毎週テレビ放送していて、それが舞台で観られる。普段テレビでよく見る若手と、本格的な演芸番組ぐらいしか出ない大御所みたいな取り合わせだから、やっぱり芸能事務所とテレビの関係が非常に深いですよね。
輪島:結局、そこに行き着くよね。吉本やジャニーズもそうだけど、日本は事務所が制作機能を持っているところもあるから。それを最初にやったのはナベプロと、テレビ局側だとすぎやまこういちなんですけど。
Saku:アメリカは「そこに行けばいいコメディアンがいる」というハコ文化が強くて、基本的には入場料ではなく、ドリンクとフードで儲けるのがコメディクラブのビジネスモデルです。
輪島:日本にもハコがイニシアチブを取るようなあり方がもっとあってもいいよね。単に人気者をブッキングして連れて来るだけじゃなくて、ちゃんと実演を重視して、演者を育成する場という役割も果たすハコへの信頼が、日本でもう少し培われてほしいというか。
Saku:そうですね。ただ、ハコの信頼で客を呼ぶパターンだと出演者のギャラは少ないですけどね(笑)。名前だけでお客さん呼べるヘッドライナーのショーだとギャラも上がりますが、そのブッキング担当者が何を見ているかと言ったら、結局SNSのフォロワー数ですし。
輪島:ところでアメリカのコメディクラブの重要性ってコロナ禍を経て変わった?
Saku:もともと経営があまりうまくいってなくて閉業するお店はたくさんありましたけど、日本よりも社会全体が早く復活したし、もう新型コロナという言葉を聞くことすらないです。シーンの盛り上がり方はコロナ前以上かもしれないですね。TikTokやInstagramの比重も増しましたけど、やっぱり大切なのは実演ですよ。
(わじま・ゆうすけ)
大阪大学大学院人文学研究科音楽学研究室教授。1974年石川県生まれ。専門はポピュラー音楽研究、近現代音曲史、アフロ・ブラジル音楽研究、非西洋地域における音楽の近代化・西洋化に関する批判的研究。著書に『踊る昭和歌謡 リズムからみる大衆音楽史』(NHK出版新書)など。『創られた「日本の心」神話 「演歌」をめぐる戦後大衆音楽史』(光文社新書)で第33回サントリー学芸賞、国際ポピュラー音楽学会賞を受賞。音楽史観の90度転回を目指し、危険思想を愉快に語る音楽学者。
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