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連載「クリティカル・クリティーク」VOL.17

天使界隈、くらげメイク…現代文化の“儚さ”と共振する女性アーティスト

天使界隈、くらげメイク…現代文化の儚さと共振する女性アーティストの画像1
「akumachan †」/Lilniina

 この春から夏にかけて、Awichを中心とした「Bad Bitch美学」関連の盛り上がりが注目を集めている。

 新たな局面を迎えたように見えるヒップホップ・フェミニズムの動きとその功績については今後冷静な振り返りが求められるだろうが、一方で、同時期にオルタナティブなラップシーン周辺においても女性アーティストを中心に注目すべき動向が見られたことは触れておいて然るべきだろう。

 仮に、その動きを“天使”というキーワードで俯瞰してみると露わになるものがあるかもしれない。

 もちろん、天使とは“天使界隈”から借用している概念で、今年に入りバズワードとなっているのは周知の通りである。“地雷系”や“水色界隈”とセットで使われる事例が多いが、それらが以前から流通しているタグである一方、“天使界隈”については比較的最近になって認知を拡大しているように思う。

 実際、Googleトレンドでサーチしてみても、“天使界隈”は今年の4月~5月にかけて一気に検索数が増加している。〈あの〉や〈ぬた。〉が水色界隈の象徴的な人物となっていく中で、それらを前提に、より一層の透明感と儚さを求めるファッションとして派生し徐々に浸透。主に白や灰色といったカラーを纏い、生身の人間としての存在感を後退させることによって、天使という“霊的だが人間の目に見える”やや曖昧な形象でさまざまな文化圏に出没し始めた。

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 ファッションだけではない。メイクのトレンドも、透明感と儚さのイメージが表出している。

 大きな流行になりつつあるくらげメイクは、これもまた青系の色味をベースに生身の肌に透き通るような濡れ感を演出している点において、幻想的である。ウェットなツヤ感やブルーのキラキラ感は元々この春夏のトレンドとしてあったが、そこに美容系インフルエンサーのえむさんがくらげのインスパイアを投影したことで一気に人気が爆発した。同じく今季の流行の顔に“水蜜桃メイク”があるが、瑞々しいツヤ感という共通点があるものの、両者の目指すイメージはまったく異なるように見える。

 水蜜桃メイクが熟したジューシーさを称える一方で、くらげメイクは今にも消えてなくなりそうな泡沫の生命力を指向する。つまり、生の捉え方が根本的に違っているのだ。

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 天使界隈とくらげメイクは、雲の上の“天使”と海中の“くらげ”という現実世界からある種切り離された2つの場所で漂うモチーフが、昨今の社会の気分を如実に表しているように感じる。

 例えば、SNSを中心としたハイコンテクストなコミュニケーション社会において、複数のアカウントでもって身体と人格をいくつもに分裂させることの寄る辺なさ。劇場型の情報過剰社会/監視社会において特定の他者と安定した関係性を築くことの困難さ。いよいよ私たちの認知リソースがそれぞれのキャパシティの限界を超えつつある中で、多くの人にとってそれら複数人格による接続願望は半ば執着と化し、依存へと変容し、ついには中毒となりつつある。

 誰かと――対象は“恋人”でも“推し”でも“SNS上の誰か”でもいい――2人だけの世界に没入するという可能性を願うことの不可能性は、まさしく“天使”や“くらげ”といった虚無的存在として現れていないだろうか。

 近年、天使やくらげといったモチーフに宿るような逃避感覚は、海外においてはEthereal(イーサリアル)という動向によって表出してきたように思う。

 Lana Del ReyやCaroline Polachek、Ethel Cain、Erika de Casierといったアーティストたちは、聴く者の実存的不安を包み込むような天使の歌声を奏でることで、ゴスのムードを纏いながら私たちを異世界へと連れていく。あるいは、“Planet Rave”なる盛り上がりも同様の逃避的態度に通じるものがないだろうか。PinkPantheressからNewJeansに至るまで、清涼感ある軽やかなサウンドで宇宙へとエスケープするようなスタンスが目立つ。

 だが、国内音楽シーンにおいて、そういった姿勢はより執着/依存的な形で粘着質に表れている。特に、SoundCloudに集うラップミュージック周辺の表現者たちは、病んだ倦怠感とともに退廃的なソングを生み続けている。

もたらされる中毒性と新たな“生”の解釈

 例えばLilniinaは、「cigirl」で孤独に端を発した執着~依存~中毒について率直に歌う。

「I just feel alone all night yea/I just wanna be your cigarette girl/やめられない止まらない/もう忘れられないくらい依存注意」

 Lilniinaはこれまでもサンリオキャラクターへの愛を語ってきたが、ある対象への執着心は、自身の“可愛くなりたい”という願望とともに他のアーティストにおいても頻繁に表現される。

 EDWARD(我)は、7月にリリースしたばかりの曲「follow meᐡ o̴̶̷̤ o̴̶̷̤ ᐡ♡」で、「ねむいだるいなにもしたくない/薄いビニールみたいな関係/友達が欲しいのインターネット/私の事何も知らないくせに/みんないつかはいなくなっちゃうんでしょ?/モザイク処理/消えちゃいたいこの思い」と軽快に歌ってみせたうえで、「可愛くないと意味がないの/忘れないで私のこと」と綴った。リミックス・アルバムをドロップしたばかりのcybermilkちゃんは「cyber milk is your waifu」で「待って私だけ追いつけない/なんかおかしいお腹が痛い/逃避をしたくてもうインターネット/Hello kitty/病んでもDTM/可愛くなりたくてまたDT」と訴えている。‬‬‬‬‬‬

 そして、さまざまな形で披露される中毒性は、共依存の持続不可能性が生む虚無感へとエスカレートするにあたり、まさに“天使”という表象を借りて姿を現す。ソーシャルキャピタルがいびつな形で成り立っているSNS社会において、先述したような背景はアノミーをもたらし死までをも誘発する。

 TikTokで大きなヒットを見せているnyamuraは、「はーどもーどかのじょ」で「ブロックされても問題ないね/Twitterアカウント30個常備/リプライいいねフォロー欄監視/あれ?この女誰?/何も言わなくてもいいよ/言われる前からもう知ってるよ/隠し事したって無駄なんだよ/誰にでもどこにでも凸るから」「殺したいほどだいすき」と狂気を吐き出したうえで、ついにBillboard JAPAN TikTok Weekly Top 20チャートで1位を奪取するにまで至った「you are my curse」では「何度も殺した」「あなたの髪であたしを殺して」と歌った。

 そこでは、アートワークにおいてnyamuraに天使の輪や羽が描かれたのである。本人は「はーどもーどかのじょ」から「you are my curse」への変化を「慈愛が愛憎に変わる瞬間の歌です」と述べているが、慈愛も憎悪も、存在への過度な関心という点では共通しており両立し得るものだ。

 そういった過度な関心を加速させるにあたり、自らを“天使”化させることによって、非人格化を成し遂げ「何度も殺」してしまうところにこの曲特有の生の捉え方が垣間見える。

「you are my curse」のアートワークを担当したてぐれは、孤独感を、背後にあるカルチャーを感じさせるような手つきで表現するイラストレーターとして知られる。

 最近はいわゆる“天使界隈”周辺のムードとも接続しながら、マンガ『27時のシンデレラ』といった作品で寂寥感とともに描いているが、同作の冒頭で投げかけられる台詞はまさにnyamuraの楽曲にも通底するようなものだ。

「もし人間が一生で受け取れる愛の量が決まっているとして」
「世界中の人から少しずつ愛される代わりに一生孤独なのと、世界中の人から無視されるけど一人だけ自分を本当に愛してくれる人がいるのだったらどっちがいい?」

天使界隈、くらげメイク…現代文化の儚さと共振する女性アーティストの画像2
『27時のシンデレラ』漫画:てぐれ / 原作:ぎどれ

 そのようなメッセージを、Lilniinaは「akumachan♰」であからさまな“天使”“悪魔”というワードで表現した。「2人だけのheavenに/居たいだけ/痛いだけ/あの子きっと天使だって?そんな目で見つめないで/君だけにみせるface/akuma girl」「私だけ崇拝して裏切らないで/I had a omen…(666)」というリリックが、ベース音を凸凹させた奇形のトラップビートで届けられる。

 虚無主義へと向かう程度の差こそあれ、本稿で挙げたようなアーティストたちによる新たな生の解釈は至るところで進行している。その過程で顕在化する“天使”の表象は、ほのかに頼りなく発光しながら、幽玄な舞いとして今にも消え入りそうになりながらも伝播を続ける。

 最後に、今年生みだされたMVの中で、空や海中を描写し天使ともくらげとも感じられるような神秘性を捉えた素晴らしい一作を紹介しよう。

「君のそばにいる目にうかぶことば/失ってから気づく輝いて羽ばたく/大人になりたくて/でも1人にはなりたくない/失ってから気づく輝いて瞬く」

つやちゃん(文筆家/ライター)

文筆家/ライター。ヒップホップやラップミュージックを中心に、さまざまなカルチャーにまつわる論考を執筆。雑誌やウェブメディアへの寄稿をはじめ、アーティストのインタビューも多数。初の著書『わたしはラップをやることに決めた フィメールラッパー批評原論』(DU BOOKS)が1月28日に発売されたばかり。

Twitter:@shadow0918

つやちゃん

最終更新:2023/08/18 22:07
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