『カールじいさんの空飛ぶ家』に見え隠れするピクサーの宮崎駿ライバル視
#金曜ロードショー #しばりやトーマス #金ロー
ここ一カ月の世界平均気温が記録上最高になると言われている猛暑ですが、暑さも吹っ飛ぶ清々しい冒険の旅に出てみませんか? 今夜の日本テレビ系「金曜ロードショー」は人間の可能性の尊さを謳いあげるアドベンチャー・ロマン、ディズニー×ピクサーがお送りする『カールじいさんの空飛ぶ家』を放送します。
この映画の主人公はタイトルロールにも示されているとおり、じいさんなのである。冒険がテーマの作品で、じいさんが主人公というのは、まずありえない。冒険は若者の特権であって年寄りがするものではないからだ。現在公開中の巨匠・宮崎駿監督の『君たちはどう生きるか』でも「老人は積み木を積むだけ、過去の記憶を振り返るだけ」と言っているし。
けれどピクサーの映画では、じいさんが冒険の旅に出る。空飛ぶ家で。
カール少年は映画館で有名な冒険家、チャールズ・マンツの伝記映画を観て、いつか自分も冒険家になる夢を抱く。このファースト・シーンは草創期の映画を思わせる。
海外旅行が一般的ではなかった時代、映画館には、世界中の観光名所とされている場所を写したフィルムがかけられ人気を博していた。映画は海外旅行の代替品として機能していた。
カールは同じく冒険に憧れる少女エリーと出会い、恋をし、やがて結ばれる。二人はマンツが伝説の鳥を捕まえにいって消息を絶った滝、パラダイス・フォールを目指す冒険の旅に出ることを誓う。
しかし、車を購入したり、事故の治療費を払ったり、家の改修費、エリーの出産費用(子供は死産)……と中々金は貯まらない。やがて二人は老人になり、今も幸せだったがマンツのことや冒険のことも忘れてしまっていた。
ついにカールはパラダイス・フォールへ向かう飛行機のチケットを手に入れるが、その矢先にエリーは病没。二人の結婚から死が袂を分かつまでの時間はセリフなしで、往年のサイレント映画のような雰囲気であっという間に時間が進む。二人には数十年の幸せな夫婦生活があったが、それを一気に説明し、それでいてパートナーを失う悲しさは痛いほどよくわかる、序盤にして名場面が刻まれる。
妻の思い出の残る家で独りぼっちな上、町の再開発に対し、立ち退きに抵抗するじいさんだったが、工事現場のど真ん中にポツンと一軒家状態の家屋、という絵図は面白すぎる。
工事関係者とトラブルになり、傷害事件を起こしてしまったカールじいさんはいよいよ家にいられなくなり、立ち退く決意をする。家ごと。
1万個以上の風船をつけた家を空に飛ばし、妻エリーとの約束を果たすためパラダイス・フォールに向かうのだ! 老人の足腰では遠くまで行けないが、空を飛べば問題なしってワケ。
マンツは巨大飛行船で旅に出たが、カールじいさんは素人故の破天荒さで技術的な問題をクリアする。スケールのデカさに驚くばかり。
しかし、誰もいないはずの家には闖入者がいた。ボーイスカウトの少年ラッセルだ。ラッセルはボーイスカウトとして活動が認められた際にもらえるバッヂをいっぱいつけており、カールじいさんに構ったのは「お年寄りお手伝いバッヂ」が欲しいからだ。空の上なので放り出すわけにもいかず、冒険に同行させるが、少年はスカウトなのにテントの立て方もわからない。
ラッセルはスカウトとして実地訓練の経験がない。バッヂをもらえると授与式に父親がやってくるから、という理由だけでやっているのだ。父親は仕事人間で息子に構わず、再婚相手の継母とは折り合いが悪い。
カールじいさんはラッセルにエリーとの間に得られなかった子供の姿を重ねてしまい、放り出すことが出来ずにパラダイス・フォールへの旅に連れていく。
旅の途中でラッセルは体長12フィート(3メートル65センチ)もある伝説の怪鳥と出会い、チョコレートで手なづけ、ケヴィンと名前を付けてかわいがる。さらに首輪についた機械で人語を話す犬のダグと出会い、これもラッセルがペット扱いして連れてきてしまう。
老人、少年、鳥、犬のカルテットはパラダイス・フォール目指して旅を続けるが、恐ろしい犬の軍団に囚われ、犬たちのご主人の元へ連行。ご主人の正体は自分を嘘つき呼ばわりした世間への復讐のために伝説の怪鳥を捕まえんと、歪んでしまった冒険家、チャールズ・マンツだった……。
劇中、空飛ぶ家が乱気流に巻き込まれる場面はジブリの『天空の城ラピュタ』のオマージュで、ジブリは宮崎駿の影響をしっかり受けているんだなあ。そう見るとこの映画、ピクサーがジブリや宮崎駿をライバルとして意識しているのが見え隠れする。「老人が主人公」「巨大な建物が移動する」というのも宮崎駿が5年先んじて『ハウルの動く城』でやってるもんな。
しかし『ハウル』は老婆が主人公ながら、その時々の心の持ちようで若く見えるという、ファンタジーを仕込んでいるが、こちらはずっとじいさんのまま。クライマックスにカールじいさんとマンツが対決するシーンではお互い、体がさび付いているので長物を持った両手を振り上げたまま、固まってしまう(笑)。
そんな老人の吹き替えを担当するのは日本の声優草創期から活躍しているベテランの飯塚昭三。
洋画の吹き替えから声優の世界に進出した飯塚さんは独特の低音ボイスによってアニメ、特撮番組で数々の悪役を演じ、生涯をかけて「地球を征服しようとした男」である。
そんな飯塚さんがピクサーのファミリー映画で主役って! しかも悪役ではない!これは声優ファンの間で衝撃的なキャスティングとして語られ、頑固ながら、少年のような冒険者魂を失わないカールじいさんを名演している。
飯塚さんは残念ながら今年の2月に89歳で亡くなられた。追悼の意味を込めて今回の放送で飯塚さんの声と名演に触れていただきたい。
体は自由に動かない老人とはいえ、心は若い者に負けてはいない。『カールじいさんの空飛ぶ家』は、老い先短く、夢も希望もないといわれる年寄りにだって夢を抱いていいし、冒険にだって出られるんだということを教えてくれる。後半で妻との思い出の残る大切な家を失うカールじいさんがぽつりとつぶやく。
「いいんだ。たかが家さ」
カールじいさんは家に囚われすぎて、冒険魂をさび付かせていた。家の外にこそ、最高のものが待っていることに気づかず。
今思えば『カールじいさんの空飛ぶ家』はピクサー流の『君たちはどう生きるか』だったのかもしれない。
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