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太平洋じゃないのに?英国がTPP新規加盟 ブレグジットの穴埋めならず

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 日本やカナダ、オーストラリアなど環太平洋経済連携協定(TPP)に加盟する11カ国は7月16日、ニュージーランドのオークランドで開いた閣僚会議で、英国の新規加盟を正式に承認した。TPPへの新規加盟は、2018年12月に同協定が発効して以来初めてとなる。

 英国が加わったことで、TPPの経済圏はアジア太平洋から大西洋に広がった。加盟12カ国の国内総生産(GDP)の合計額も11.7兆ドル(約1,600兆円)から14.8兆ドル(約2,000兆円)に増える。参加国のGDPの合計が世界全体のGDPに占める割合は12%から15%に拡大する。

 本題に入る前にTPPについて簡単におさらいしよう。

 端的に言うと、加盟国の間の取引で、原則として関税(税金)をなくして、各国が同じルールの下で自由に貿易をできるようにする仕組みだ。TPPでは99%の品目で関税を段階的に廃止し、工業製品では99.9%の品目で関税がなくなる。通常、国家は自国の産業を守るために、輸入品に関税をかけるが、加盟国間で活発に貿易ができるようにするために関税を取っ払うのだ。

 聞こえはいいが、過渡期には自国の特定分野の産業がダメージを受ける可能性もある。

TPP加盟に舵を切った英国

 英国は、自国とは遠く離れた環太平洋の協定であるTPP加盟に舵を切った。背景に2020年1月の英国のEU(欧州連合)離脱=ブレグジットがある。

 英国にとって、TPP加盟はEU離脱後における最大の貿易協定だ。英国企業は5.8億人以上の市場に、99%無関税で輸出できるようになる。

 調印式に臨んだケミ・ベイデノック・英ビジネス貿易相は「これは野心的な協定であり、このエキサイティングで素晴らしく、将来を見据えたブロックへの加盟は、英国の門戸がビジネスのために開かれている証である」と英国が最初の新規加盟国になったことを喜んだ。

 しかし、協定加盟の恩恵は限定的だとの見方もある。英国はTPP加盟11カ国のうち、すでに9カ国と自由貿易協定を結んでいるからだ。

 英政府の試算によれば、10年後の年間経済効果はわずか18億ポンド(約3,243億円)で英国のGDPの0.08%にしか相当しないという。また、予算責任局(OBR)はブレグジットによって2016年からの15年間に英国のGDPが4%減少して、経済から約1,000億ポンドが消失すると試算する。

 16日付の英紙「ガーディアン」電子版によると、英国の野党、労働党の「影の外相」であるデイヴィッド・ラミー氏は6月、「(与党・保守党は)TPP加盟はブレグジットで失われた対欧州貿易の損失を補うことができると主張しているが、極めて『不誠実』だ」と述べた。英国は2022年、英国の総輸出額の42%に当たる3,400億ポンドの商品とサービスをEUに向け輸出している。

 英国にとり、TPP加盟がもたらす恩恵は限定的でブレグジットを穴埋めするには程遠いのかもしれない。日本はブレグジット後の英国とは、経済連携協定(EPA)を結んでいる。英国のTPP加盟によるメリットはたしかに特段ないのかもしれない。唯一、両国間のEPAで関税引き下げの対象となっていなかった精米の輸出拡大が期待されるが、全体から見ればさほどのプラス要因にはならない。

 それでも、議長国ニュージーランドのクリス・ヒプキンス首相が述べるよう、英国の新規加盟でルールに基づく貿易システムは強化され、その範囲もインド太平洋から大西洋にまで広がった。

厄介な中国、台湾の加盟申請問題

 英国が新規加盟を果たしたことで、次は加盟申請をしている次の6カ国に関心が移る。中国、台湾、エクアドル、コスタリカ、ウルグアイ、そして5月に加盟申請してきたウクライナだ。

 中国と台湾は2021年9月、それぞれ競い合うように加盟申請してきた。

 TPP加盟への条件だけを見れば、先進的な自由主義市場経済国である台湾に大いに分がある。自国の関税を大幅に削減、または撤廃するだけでなく、サービスや投資市場の開放に強くコミットすることへの要求、知的財産権の保護、外国企業への保護に関する高い基準のルールも台湾ならばクリアできるだろう。

 対照的に中国は、国有企業への不透明な補助金や、中国に進出する外国企業に対し技術移転を強要するなどの問題があり、TPP加盟のための基準をクリアしているとはとても言えない。

 政治的に見れば、台湾が加盟のための条件をクリアして入ろうとしても、中国は全力で潰しにかかるだろう。

 中国は2001年12月、世界貿易機関(WTO)に加盟した。加盟時、日本の3割だったGDPは21年までに日本の3倍になった。加えて世界経済全体で18%を超える規模となった。仮に中国がTPPに加盟すれば、参加国のGDPの合計が世界全体のGDPに占める割合は英国加盟後の15%から33%となる。

 参加12カ国のGDPの合計より大きい中国一国のGDP。TPP加盟後は既存のルールを順守するというより、自らルールを作り変えるかもしれない。

 オークランドの閣僚会議に日本から参加した後藤茂之経済再生担当相は「威圧的な対応や法令を順守していない国・地域は対象にしないことで合意している」と述べ、間接的な表現ながら中国の加盟に否定的な見方を示した。

米国不在のTPP

 TPPは10年近く前までは、創設メンバーである米国が交渉をリードしていた。オバマ大統領(当時)は2015年4月27日行われた米紙「ウォール・ストリート・ジャーナル」でのインタビューで、「我々がルールを作らなければ、中国が(アジア)地域でルールを確立してしまう」と述べるなど、経済的台頭が著しい中国を牽制することを念頭に置いたものであることを明らかにしている。それをトランプ前大統領は2017年1月の就任と同時に、TPPから「永久に離脱する」との大統領令に署名した。

 日本は米国にTPP復帰を働きかけているようだが望み薄だ。再選を目指すバイデン大統領は2024年の大統領選を控えており、支持基盤の労働組合からの根強い反論を考慮すれば、少なくとも大統領選前のTPP復帰は困難だ。

 米国は代替案として、「インド太平洋経済枠組み(IPEF)」を2022年5月に立ち上げた。日本を含む14カ国が参加を表明している。こちらはサプライチェーンの強靭化、脱酸素化に向けた連携強化、デジタル貿易の促進など新たな国際貿易のルール作りを目指しているが、TPPと違い関税削減による市場開放は目指していない。

 TPP加盟国で、米国とIPEF交渉をしている国の外交官は「IPEFは将来、米国がTPPに復帰するための地ならし」と位置付けた上で、「米国も中国も不在のTPPこそが、日本がリーダーシップを存分に発揮できる場所」と述べた。

 もし中国、台湾の新規加盟を巡る問題で、日本が一定の主導権を発揮することができるならば、それは日本外交にとり、大きな成果となる。

本田路晴(ジャーナリスト)

連邦海外腐敗行為防止法 (FCPA) に関する調査、ホワイトカラー犯罪の訴訟における証拠収集やアセットトレーシングなどの調査・分析を手掛ける米調査会社の日本代表を経て現在は独立系コンサルタント。新聞社特派員として1997年8月から2002年7月までカンボジア・プノンペンとインドネシア・ジャカルタに駐在。その後もラオス、シンガポール、ベトナムで暮らす。東南アジア滞在歴は足掛け10年。

ほんだみちはる

最終更新:2023/07/25 07:00
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