『1秒先の彼』がリメイクで性別変更した理由とは?
#稲田豊史 #さよならシネマ
リメイクで性別を変更
ドラえもんとひみつ道具が出てこない『ドラえもん』のような映画、あるいはSF(すこし・ふしぎ)な藤子・F・不二雄ワールド。生前のF先生が描いた中編(『未来の想い出』のような)が原作、と言われたらつい信じたくなる。『1秒先の彼』はそんなSFファンタジー&ラブコメだ。
主人公はふたり。何をするにもワンテンポ早い郵便局員のハジメ(岡田将生)と、何をするにもワンテンポ遅い25歳の大学7回生にして貧乏カメラ女子・レイカ(清原果耶)である。
前半はハジメ視点だ。恋い焦がれた路上ミュージャンの桜子(福室莉音)と交際に至り、花火大会の日曜日を迎えるも、気がつくと日曜日をすっ飛ばして月曜の朝になっていた。日曜をすごした記憶もない。しかも体は日焼けしており、通りかかった写真屋には自分の写真が飾られている。一体どういうことなのか? 後半、その日曜日に何があったのか、ハジメを密かに好いているレイカ視点で解き明かされる(そのSFギミックを説明してしまうと台無しなので、説明は省く)。
こう聞くと、本作の脚本を担当したクドカン(宮藤官九郎)の代表作『木更津キャッツアイ』(TBS系)を思い起こす御仁もおられよう。ある一連の出来事をドラマ1話の前半と後半で「異なる視点」から描き、後半の「謎解き」をもって視聴者がカタルシスを得る。例の仕掛けだ。
ただ、本作はリメイク作品だ。オリジナルは2020年の台湾映画『1秒先の彼女』。物語の基本プロットは同じとしつつ、舞台を台北から京都に移したほか、さまざまな点で設定が変更され、クドカンなりのアレンジが効いている。
そんな変更点の中でもっとも大きいのが、W主人公の性別をオリジナルの逆にしたことだ(それゆえ、タイトルの「彼女」が「彼」に変わっている)。オリジナルでは、ワンテンポ早い郵便局員シャオチーを女性(リー・ペイユー)が、ワンテンポ遅いカメラ好きバス運転手グアタイを男性(リウ・グァンティン)が演じている。
W主人公の性別変更に伴い、観客が受け取る物語の印象は様々な点で変わった。その中で特に指摘しておきたいのが、両作の女性側主人公がまとう「萌え」の違いである。
台湾版は「ギャップ萌え」のジャイアン
本稿では「萌え」を、「保護欲や庇護欲やフェティシズムをしばしば伴う、対象への好意的な感情」とでも定義しておこう。要は疑似恋愛感情だが、相手と対等な関係性を構築して交際を望む願望というよりは、一方的に「愛でたい」という気持ちの高ぶりである。
台湾版『1秒先の彼女』での萌えは「ギャップ萌え」だ。
シャオチーは、キャラクター設定上、決して「美人」には描かれていない。この点、「見た目だけはイケメン」として描かれている日本版『1秒先の彼』のハジメとは対照的だ。
シャオチーは貧乏な30歳の独女、一人暮らしで、部屋は粗末でお世辞にも清潔感はない。服のセンスはリアルに凡百で、ガサツで化粧っ気がなく、眉はあまり整えられておらず、髪に気を遣っているようにも見えない。あからさまに「ぱっとしない、冴えない女性」として描写される。竹を割ったような性格と行動力はあるものの、わかりやすく非モテなのだ。
そのシャオチーは物語後半、グアタイ視点の途中で、ある出来事によって信じられないほど魅力的な笑顔をグアタイと観客に披露することになる。今までのガサツキャラからは想像もつかない、エレガントでチャーミングで慈愛に満ちた、劇中ぶっちぎりで最高のスマイル。そこに生じる一種のツンデレ的な「ギャップ萌え」に、観客(特に男性)はズギュンとやられてしまう。
『ドラえもん』で言うなら、「ジャイアン、普段はいじめっ子なのに、映画版では仲間思いの超いい奴に変貌」的な萌え、とでも言おうか。
日本版は「あはれ萌え」ののび太
日本版『1秒先の彼』での萌えは「あはれ萌え」だ。
レイカはやせっぽっちで、地味で、幸が薄そうで、言葉数が少なく、挙動がややスローリーだが、実に健気(けなげ)な人物として描かれる。弱者が困難に立ち向かっていく際に発するいじらしさ、いたましさ、可憐さ。舞台である京都の平安文学にひっかけて言うなら、「かわいそう」と「かわいい」ブレンドされた「あはれ」というやつだ。後半で判明する彼女の気の毒な生い立ちも、この「あはれ萌え」を加速させ、男性たちの保護欲や庇護欲を掻き立てる。
しかも日本版は、その「あはれ萌え」に、台湾版のシャオチーとは性質の異なる「ギャップ萌え」まで掛け合わせてくる。レイカは「ワンテンポ遅い」だけに、どんくさい。しかし、どんくさいにもかかわらず、大切なハジメのためなら驚くほど大胆な行動をとり、華奢なのに結構な力仕事までこなすのだ。このギャップたるや。この「あはれ萌え×ギャップ萌え」に、観客(特に男性)はやっぱりズギュンとやられてしまう。
『ドラえもん』で言うなら、「のび太、普段は弱虫なのに、映画版では健気に勇気を振り絞って戦う」的な萌えだ。
厨二男子の大好物
パワフルで非モテなジャイアン系女性を主人公に据えた台湾版と、控えめで幸薄なのび太系の女性を主人公に据えた日本版。しかし、こんなことを言う外野も出てきそうだ。「元がよくできた映画なんだから、わざわざ性別を入れ替えなくてもよくない?」
しかし性別をチェンジした意味はある。結果的に本作は、“ある種の男性好みの物語”に大きくチューニングされたからだ。
日本版の主人公ハジメは、やや社会不適合者で同調圧力に屈しない変わり者として描かれる。ある意味で、厨二的な未成熟パーソナリティの持ち主だ。その社会不適合者は、自分のことを幼い頃から長年にわたって密かに好いている控えめな女性(レイカ)の想いに気づかない。実になんというか、「厨二男子的な観客」にいかにも好まれそうな鉄板設定である。
台湾版のように性別が逆だと、こうはならない。そもそも、「長年にわたってある女性を密かに好いている控えめな男性」と「長年にわたってある男性を密かに好いている控えめな女性」は、決して対称の関係にはない。性別ラベルの反転だけで済む話ではないのだ。前者はしばしば「キモい」と吐き捨てられ、後者は往々にして「健気」と愛でられる。あくまで傾向として、だが。
ではなぜ台湾版が「キモい」とならなかったかと言えば、男性が密かに好いている女性が「ガサツな非モテ女」だからだ。広くニーズがあるわけではない女性を一途に想い続けているというキャラクター設定上の好印象は、「キモさ」を上書きする。実際、キャスティングと演出の妙で上書きは見事に成功した。
「リアルな30女」を演じられる女優
では日本版はなぜ、「ガサツな非モテ女」を引き受けられる女優をキャスティングして、台湾版と同じ性別の配役としなかったのだろうか?
本作のマスコミ用プレスの記載によれば、脚本のクドカンは配役で煮詰まり、山下敦弘監督から男女を入れ替えてはと提案され、「ヒロインが岡田将生くんなら、それもアリですね」と答えたそうだ(注:”ヒロイン”は間違いではない)。
隠れ美人でもなんでもない「リアルな冴えない30女」の役を引き受けられる、かつ一定規模以上の商業映画で主演を張れるネームバリューがある女優は、国内屈指の脚本家が「配役で煮詰まる」ほど、日本には数が少ないのだろうか?
SFファンタジーとしての高い完成度、軽やかでいて安心感のある演出、役者陣の好演、心が洗われるラストの清々しさとは裏腹に、期せずして作品外で変にモヤモヤしてしまう1本であった。
『1秒先の彼』
監督:山下敦弘
脚本:宮藤官九郎
出演:岡田将生、清原果耶
2023年、日本/119分
配給:ビターズ・エンド
7月7日(金)全国ロードショー
©2023『1秒先の彼』製作委員会
サイゾー人気記事ランキングすべて見る
イチオシ記事