『ナウシカ』は自然回帰を訴える物語じゃない―宮崎駿を巨匠にした腐海の真実
#金曜ロードショー #しばりやトーマス #金ロー
宮崎駿監督の最新作『君たちはどう生きるか』は全く宣伝をしないという前代未聞の状態で7月14日に公開される。その公開を記念して日本テレビ系『金曜ロードショー』では3週連続でスタジオジブリ作品を特集。
逆にいうとこれ自体が『君たちはどう生きるか』の宣伝になっているという……。
1週目は1984年に公開された『風の谷のナウシカ』を放送。今では巨匠と呼ばれる宮崎駿監督が初めて興行的な成功を収め、その名を一躍広めた作品だ。
「火の七日間」という最終戦争によって文明が崩壊してから千年後の地球では腐海と呼ばれる人体に有毒なガスを発する森が拡大の一途をたどり、腐海に住む蟲という化け物によって人類は危険に晒されていた。
海から吹く風によって森の毒から守られていた集落、風の谷の人々は慎ましやかな生活を送っていた。
ある日、巨大な王蟲に襲われていたユパを救ったのは風の谷の族長、ジルの娘ナウシカだった。ナウシカは人々から恐れられる蟲とも、心を通わせることができる風使いだった。腐海の謎を解く旅を続けていたユパはナウシカの師であり、彼女の成長に驚きを隠せない。
夜、風の谷に大型飛行船が不時着する。それは軍事国家トルメキアの飛行船で、外壁に蟲の大群がまとわりついていることから腐海で蟲を殺したのだと察したナウシカは、燃え盛る飛行船から一人の少女救い出す。彼女はトルメキアの支配下にあるペジテの王女ラステルで、ナウシカに積み荷を燃やしてほしいとだけ告げて事切れる。飛行船の中には正体不明の繭が残されていた。
風の谷の人々は犠牲者の埋葬や、飛行船が運んできた胞子を燃やすことに人手を割かれる。胞子を早い段階で除去しなければ有毒なガスを放出するからだ。
そんな中、トルメキアの軍司令官、クシャナが指揮する舞台が風の谷を襲撃、トルメキアの兵によって病床の族長ジルは殺されてしまう。父の死に我を忘れたナウシカは兵士たちを殺してしまうが、ユパによって静止される。
飛行船に遭った巨大な繭はかつて「火の七日間」で世界を焼き尽くした兵器、巨神兵の胚であった。胚はペジテの地下から発見され、そのためにペジテはトルメキアの襲撃を受けたのだった。飛行船が破壊されたことで本国への輸送が不可能になったためにクシャナは、風の谷で巨神兵を復活させることを決断。
密かに胞子の研究を続けていたナウシカは腐海や蟲が自然を破壊するのではなく、むしろ逆で自然を再生させるために存在していることを確信しており、破壊のための兵器である巨神兵の復活を阻止しようとする。
ペジテに戻るためにナウシカと風の谷の5人は、人質として強制的に連れていかれることに。だが腐海上空でペジテのガンシップに強襲されたトルメキアの飛行船は次々撃沈。ナウシカは風の谷のミト、クシャナを連れて脱出。腐海の湖に着陸した一行は王蟲の群れに襲われるが、ナウシカは王蟲と心を通わせ、一行を守るのであった。
今ではスタジオジブリ作品として扱われている『風の谷のナウシカ』だが、ジブリの設立は1986年。第一回作品は『天空の城ラピュタ』だ。『ナウシカ』はトップクラフトという会社の製作である。正式にはトップクラフト作品なのだがジブリ設立に伴い、トップクラフトは改組する形で消滅。
今ではジブリの公式ラインナップに『風の谷のナウシカ』が入っているので、ジブリ作品として扱っても問題はないのだが、世の中にはこういうところに厳しいオタクの人たちがいるのでうっかりジブリ作品として取り上げたら、轟轟たる非難が来るので気を付けよう。
さて、『ナウシカ』に話を戻すと、本作はさまざまな比喩の上に成り立っている。
人間社会を破壊した「火の七日間」は巨神兵という破壊兵器によってもたらされる。これは核戦争のことであり、「腐海」の毒が人間を死に至らしめるのは放射能による汚染を意味しているように受け止められるが、これは水俣病、水銀による汚染を示しているという。
宮崎駿が東映動画に入社し、アニメーターとして活動し始めた1960年代に日本は高度成長期による重化学工業化が進められ、各地で公害病が発生していた。
工場が出す廃液に含まれていたメチル水銀に汚染された魚貝を食べた人々が次々発症し、死に至った。漁師たちの働き場は死の海と化したのだ。もう海で魚は取れない……そう思われたが、数年後、海には魚や貝が戻ってきた。
海中の泥からはなんと水銀を浄化する能力を持った細菌が発見されたという。この自然の驚異に深い感銘を受けた宮崎は、劇中に害毒とされている腐海は逆に自然を復活させているという展開を盛り込んだ。
汚染後の自然は互いに敵対し、時には共存しあう複雑な生態系として描かれた。自然の力強さの前には人間の力などたかが知れた物で、核兵器で世界を滅ぼしても尚、武器を捨てられず戦うことを止められない自然の驚異を知ろうともしない人々へのメッセージである。
ナウシカはただひとり、人類の害毒とされる腐海を見て「きれい」という。互いに武器を突き付け侵略に怯えるよりも、草木を破壊する汚染とまじりあいながら独自の進化を遂げていく自然の驚異にこそ、人間は畏れを覚えるべきだと。
その後も宮崎は同じテーマの延長上に作られた『天空の城ラピュタ』『ナウシカ』の結末に納得できず、やり直しを図った『もののけ姫』といった作品を作ってきた。
高度経済成長が生み出した負の側面、公害問題によって逆に自然回帰を訴える声が上がり始めたころに、鉄とセラミックに塗れて破壊された自然との共存こそが人類の進化だと訴えた宮崎駿はやはり只者ではない、巨匠と呼ばれる所以である。
サイゾー人気記事ランキングすべて見る
イチオシ記事