『どうする家康』家康が「狸親父」へと化ける? 「家康=狸親父」イメージが生まれた背景
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「家康=狸親父」イメージと明治維新
ドラマの次回予告では、「家康よ、化けおったな」という信長のセリフがありました。史実の家康にとっては、心の通わない正室がいなくなり、暴力事件を頻発させていたらしい厄介者の嫡男が消えてくれた後なので、目の上のたんこぶが取れてスッキリしたという意味で何らかの変化があってもおかしくはなかった気はしますが……。
無論、ドラマの家康はあくまで妻子に強い思い入れがあったという設定です。テロップに「絶望は野望に変わる」とあったように、己の生命を懸けてまで戦なき平和な世を作ろうとした妻子の死を転機に、家康が変わる=覚醒するという流れになるのでしょう。
次回のあらすじには〈信長を恨む様子もなく従順に付き従う家康を理解できず、忠勝ら家臣の一部は不満を持っていた〉とあり、予告映像では、家臣たちが口々に「殿が変わった」と言及するセリフがあったほか、本多忠勝(山田裕貴さん)からは「俺にはむしろ、ただのふぬけになったように見えるがな」とまで言われていました。ドラマの家康は、何事もなかったかのようにひょうひょうと「富士遊覧」を楽しんでいるように見せて、その実、怒りや野心を内心たぎらせている……という意味で、人の目をあざむく「狸親父」へ「化け」ている。そういう描き方になるのではないでしょうか。
現代でも徳川家康の代名詞のようになっている「狸親父」ですが、両者を結びつけて使うようになったのは、意外に新しく、明治初期のようです。ただ、江戸時代中にも家康=ずるい狸親父という評価自体は存在していたと思いますよ。活字化されなかったのは、家康の批判は絶対に許さないという徳川幕府の権威が、表現者たちの頭を上から抑えつけていたからにすぎません。
今回、国会図書館の蔵書から家康を狸親父に結びつけた用例の調査をしてみたところ、どうやら初出は、館林藩士・岡谷繁実によって長年にわたって執筆され、明治2年(1869年)に出版された『名将言行録』という武将エピソード集で、「家康をば(、)あの古狸が作り馬鹿をして、太閤様(=豊臣秀吉)をなぶるを見よ」という一文のようでした。
「わざと馬鹿なふりをして、秀吉さまをいじめる家康の老獪さ」を描いた文章ですが、ここからは、明治維新にともない、徳川幕府ひいてはその「創業者」家康のカリスマが低下して、他の戦国大名同様に家康を批判しても何のお咎めもなくなったという「言論の自由」を手にした文筆家たちの勢いが感じられます。
ただ、森鴎外の歌舞伎レビューをまとめた明治29年(1896年)発刊の『月草』という書物には、「(尾上)菊十郞丈の徳川家康役。品格は論にならねど(=品格があるのはいうまでもないが)」という一節がふくまれ、名優・尾上菊十郎の徳川家康役の品格ある演技が褒められています。徳川家康役の演技には「品格」こそが必要という認識ですね。これは明治末の「知識人」の反応の一端だと思ってよいのですが、その一方で、庶民向けのいわゆる「歴史読み物」に相当する書物……たとえば明治期に人気だった「萬朝報(よろずちょうほう)」の新聞記者で、ジャーナリストだった伊藤銀月が明治末~大正初期に出版した『秀吉と家康』や『裏面観的異説日本史』という作品には、江戸時代には不当に貶められていた秀吉が持ち上げられている一方で、理想化されすぎていた家康が狸親父と呼ばれ、こきおろされています。
こういった評価の逆転が、明治末期~大正時代くらいまで庶民の間で大流行した講談の内容に反映されるようになり、それらを活字化した「立川文庫」の中でも家康は狸親父として描かれ続けました。その一部が、今日に至るまで影響を及ぼしてしまって「家康=狸親父」のイメージが根強いのでしょう。
「善人ヅラで、他人を欺く性格の悪い中年男性」が「狸親父」の一般的な定義ですが、定説をほとんど採用しない今回のドラマの傾向からして、間もなく40代に差し掛かる頃のはずの家康をどんな狸親父として描いていくのか、興味津々ですね。
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