宝くじで高額当選した“ダメ人間映画”として秀逸な『To Leslie トゥ・レスリー』
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『To Leslie トゥ・レスリー』が6月23日から公開されている。本作はアメリカ国内では単館での公開かつ小規模な宣伝しか行えなかったものの、ハリウッド俳優たちによる上映会の開催やSNSでの投稿などが大きな後押しになり、アンドレア・ライズボローが第95回アカデミー賞主演女優賞へのノミネートを果たした注目作。現在、米批評サービスRotten Tomatoesでは批評家支持率93%と圧倒的な高評価を得ている。
映画本編で描かれているのは、19万ドル(日本円で約2500万円)の宝くじの当選を果たすものの、アルコールに使い果たしてしまい行き場を失くしたシングルマザーの再起の物語。“ダメ人間映画”として秀逸な作品だったのだ。さらなる魅力を紹介していこう。
あぶく銭を手にした過去にしがみつく情けなさ
シングルマザーである主人公・レスリーが宝くじの高額当選を果たしてから6年後。すっかり一文なしになった彼女は家賃も払えず、仕方がなく息子の家に上がり込むものの、とある裏切り行為で追い出され、続いて訪ねた友人2人にも呆れられてしまう。彼女に手を差し伸べたのは、孤独なモーテル従業員だったのだが……。
レスリーの境遇は、はっきり言って自業自得。しかも「あぶく銭を手に入れてチヤホヤされていた過去」にしがみついている様が情けない。バーにかつて貼ってあった宝くじに高額当選した時の“写真(Picture)”がないことを聞くも、“ピッチャー”と聞き間違えられてしまう様は、彼女がアルコールに溺れ続けた事実も含めて示していると言える。その後のレスリーのとある非常識な行動は可笑しい以前にやるせなさすぎて泣きそうにもなってくるし、子どもからのからかわれ方もリアルで切ない。
それ以外でも、レスリーは自分を改めるそぶりもなく、無責任かつ他人を頼ってばかり。息子や友人は「せっかく大金を手にしたのに一文なしになった」事実そのものではなく、やはり彼女の「今の(過去の)ひどい言動」に失望し非難をしている。何から何まで間違っていて、もはやクズとしか言いようのないところまで“落ちて”いる主人公なのだ。
“ずるさ”には共感できる
そんなクズな主人公に、孤独だが優しいモーテル従業員が仕事を紹介してくれるという流れだけを聞くと、ご都合主義的または甘やかすような作劇だと思う方もいるだろう。しかし、そんなことはまったくない。彼女はその後も不遜で間違った言動をし続けるし、あぶく銭を手にした過去と決別し“働く”というだけでも一悶着あるからだ。
それも含めてやっぱり「この人マジでダメだ!」と思うばかりの主人公なのだが、同時に実は彼女に共感できること、ゆえにどうしても憎めなくなってくるのも、本作の大きな魅力だろう。その理由は、アンドレア・ライズボローの熱演もあってこそ、彼女が苦悩と後悔と自己嫌悪に陥っていることがわかるから。もっと言えば「頭では間違っているとわかっているはずなのに、どうしてもひどい言動をしてしまう」ことそのものにも、彼女は苦しんでいるのだ。
胸に手を当てて考えてみれば、その「ひどいとわかっているのにやってしまう」矛盾した言動は、多くの人が思い当たるところがあるのではないか。何かの悲劇や不幸に見舞われた時に、手を差し伸べたり、気を遣ってくれたり、そして“怒ってくれる”人もいるのに、その気持ちをむげにしてしまったり、素直に受け入れられない。はたまた、自業自得であるのに、被害者意識が忘れられないという“ずるさ”もまた、誰もが持ち合わせているものだとも思うのだ。
とはいえ、主人公の言動はいくらなんでもひどいので「こんなことはしない」と思う人がほとんどだろう。それでも、「その気持ち、わかる…!」と共感してしまう人は、決して少なくはないと思うのだ。
ごく限られた体験を描いた、実は普遍的な物語
「宝くじで高額当選したのに一文なしに」自体はごく限られた人間だけが体験する出来事であるのだが、本作から得られる教訓は「出会いや親切のありがたさを思い知る」「どんなに落ちぶれたとしても、誰かに助けられる機会はあるし、その機会を誰かに与えるべき」といった、なんとも真っ当かつ普遍的なものとも言えるものだ。
そして、何もかも間違ってきた、いや、間違いをわかっているのに繰り返してしまった主人公を描いてきたからこその、彼女が“今”のありがたみと幸運に気づく様、そしてクライマックスからラストにかけての感動がある。もちろんネタバレになるので詳細は秘密にしておくが、「ダメダメな主人公を安易に成長させすぎない」「最後まで甘やかさない」物語としても秀逸だったことを告げておこう。
「母への視線」が投影されていた
本作でもうひとつ重要なのは、これが“母親”の物語であるということだろう。宝くじで高額当選した時にはまだ13歳だった息子に対しても、彼女は間違い続けていたからだ。
脚本を務めたライアン・ビナコは「母親へのラブレター」として書いていたとも語っている。さらに、マイケル・モリス監督はその脚本について「11歳くらいのとき、顔を上げると、見たこともないような母の深い悲しみを見た瞬間を覚えている」「あれは何だった?一瞬顔を覆って涙を止めた手?でも、その瞬間、彼女は私の母以外のものになった。彼女はキャラクターとなり、私たちの人生は映画となった」などと、自身の幼い頃の「母への視線」が映画に投影されたと窺い知れる言葉も投げかけている。
その母親の、ダメなところも、それでも共感できて憎めないところも含めて、包み隠さず示した、でも優しい目線で見つめたからこそ作り出されたのが、この『To Leslie トゥ・レスリー』なのだろう。主人公のレスリーだけでなく、彼女の息子の目線で物語を捉えてみても、また違った魅力がきっと見えてくる作品であることは間違いない。
『To Leslie トゥ・レスリー』2023年6月23日 全国ロードショー
監督:マイケル・モリス
出演:アンドレア・ライズボロー(『オブリビオン』『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ 奇跡)』)、マーク・マロン(「GLOW ゴージャス・レディ・オブ・レスリング」)、オーウェン・ティーグ (『フロッグ』『IT イット “それ”が見えたら、終わり。』)、アリソン・ジャネイ(『アイ,トーニャ 史上最 大のスキャンダル』『LOU ルー』)
配給:KADOKAWA 2022/英語/119 分/シネスコ/カラー/5.1ch/原題:To Leslie /日本語字幕:松浦 美奈
C) 2022 To Leslie Productions, Inc. All rights reserved.
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