アカデミー賞3部門『Coda コーダ あいのうた』、より過激な仏版との絶妙な違い
#アカデミー賞 #金曜ロードショー #しばりやトーマス #金ロー
2022年のアカデミー賞は濱口竜介監督の『ドライブ・マイ・カー』が国際長編映画賞を受賞するなど、日本でも話題を振りまいた授賞式だった。まあ、世間の話題はウィル・スミスがプレゼンターのクリス・ロックを平手打ちした件、一色だったけれど……。
そんな第94回アカデミー賞の作品賞ほか、3部門受賞に輝いたアメリカ・フランス・カナダの合作映画『Coda コーダ あいのうた』が、日本テレビ系『金曜ロードショー』にて地上波初放送です。
家族の中でただひとり「声が聞こえる」少女ルビーは家族の通訳係として暮らしてきたが、学校の音楽教師に歌の才能を見出され、名門大学への進学を勧められる。
家族と暮らすか、それとも外の世界に羽ばたいていくのか、ルビーの選択は? 世界中を「あいのうた」で包み込んだ感動のコメディ……コメディ?
漁業の町、マサチューセッツ州グロスターで漁師の一家に生まれた高校生、ルビー(エミリア・ジョーンズ)。両親、兄の3人は聾唖者。ルビーは家族でただ一人、耳が聞こえるということで家族の通訳係として暮らす日々。朝早く漁に出かけ、仕事のあとは学校へ。授業のほとんどは居眠りで過ごしているから友達も少ない。
ルビーは気になる男子、マイルズのあとを追って合唱サークルに入る。音楽教師のヴィラロボス先生はルビーの歌の才能を見出し、発表会でマイルズとデュエットするように決め、名門音楽大学への受験を勧める。
子供のころから家族の通訳として暮らしてきたルビーは、自分の中にある才能を信じることができない。マイルズとちょっとしたことで諍いを起こし、デュエットはご破算。家族は仲買人の搾取を嫌って直接、魚を客に売る新事業を始めたことで忙しさは倍増。
進学を打ち明けるも両親は猛反対。挙句ルビーがいない間に漁に出た父と兄は沿岸警備隊の通報を受け、「聾唖者だけで漁に出た」という理由で罰金を科せられる。
ついに進学を諦めるルビー。だがマイルズとデュエットする発表会だけは参加しようと、合唱サークルの発表会場に家族を招待する。ルビーは「聞こえない」家族の前で見事な歌声を披露するのだった……。
タイトルの「Coda」には2つの意味が込められている。尾を意味する音楽用語で、楽曲の最後の部分を指している。もうひとつの意味は、聴覚障碍者の両親を持つ子供を意味する「Child of Deaf Adults」の略。
Codaであるルビーが最後に人生の岐路に立たされる「尾」――。
二重の意味をもったラストシーンで映画は締めくくられる。タイトルの時点で見事というしかない。もちろん途中の内容はそれ以上に素晴らしい。
本作は2014年のフランス映画『エール!』のリメイクで、本筋、結末はほぼ同じ。フランス映画のリメイクと聞いて『Coda』を見ると納得だ。この映画は結構な下ネタが多い。
ルビーの父フランク(トロイ・コッツァー)はインキンタムシの病気で診察を受けに行くが、医者から「奥さんに感染するのでしばらく性行為は控えてください」と言われる。期間は2週間。すると
「2週間も我慢できるか! 死ねっていうのか?」
と手話で激怒! 妻のジャッキー(マーリー・マトソン)も同様に不満顔。
漁師の仕事は朝の早い時間に終わっちゃうので、それ以外は日中家にいる。両親は娘のルビーがマイルズを連れてきているのもかまわず、昼間からベッドでギシギシアンアン初めてしまう! なにしろ音が聞こえないから娘が男子を連れてきているのがわからない。
ほとんどセックス中毒なんじゃないかというお父さんは、ルビーの進路についてお母さんと言い争いになってる最中にも「まあ、それは置いといて」とベッドの隣をバンバン叩く。「そんな気になれないわよ!」と奥さんお怒り。
オリジナルのフランス映画版にも「タマぶった切るぞ!」「ちょん切られたいの!?」という下ネタジョークが連発。フランス映画って一見普通のホームドラマや泣きのヒューマン・ドラマでも平気で下ネタが飛び交うし、セックスに対してオープンだ。
何しろフランスでは3歳(!)から性教育のプログラムが組まれている。保育園に通う時期から「男女の体には違いがある」「違う部分をじろじろ見たり触ったりしてはいけない」と教えるぐらいだから。
リメイクされた『Coda』にもきちんとオリジナルの「セックスにオープンな両親」「下ネタ」の要素が入ってるの、大したもんだ。しかし、ルビーとマイルズが喧嘩をするエピソード、フランス版のほうはもっとキツクて、さすがに変更されてたね。
このように『Coda』はオリジナル版の要素を迂闊に変更せず、受け継ごうとしている。家族の職業や舞台がフランスからアメリカになったぐらいしか違わないが、一つだけ大きく変更された部分がある。それは聾唖者の家族を演じた役者が実際の聾唖者俳優なのだ。
『エール!』はフランスのアカデミー賞に当たるセザール賞にノミネートするほど評価されたが、批判も受けた。それは聾唖者の家族を演じた俳優が健常者だったから。
聾唖者の俳優だっているのに、彼ら彼女らの仕事を奪っているというわけ。
『Coda』の監督・脚本を手掛けたシアン・ヘダーは、聾唖者家族の役に本当の聾唖者俳優をキャスティングしようと考えたが、出資者からは猛反発を受ける。ヘダーは最初にキャスティングした母親役のマーリー・マトソンと二人で「聾唖者俳優を出さないなら降板する」と抵抗したという。
マトソンは生後18カ月で失聴した聾唖者で7歳の時、児童劇団に所属して以降は役者として生き、1986年公開の『愛は静けさの中に』で映画デビュー、なんとアカデミー主演女優賞を獲得した!
父親役のトロイ・コッツァーは本作で、セックスにオープンすぎるコメディ演技が評価され、アカデミー助演男優賞に選ばれた。現在、聾唖者俳優でアカデミー主要部門に選ばれたのは、映画で夫婦役を演じたマトソンとコッツァーのただ二人だけ。ちなみにルビーの兄レオを演じているダニエル・デュラントは、マトソンの『愛は静けさの中に』を見て俳優を志したという……なんというできすぎた話だ。
合唱サークルの発表会、ルビーはマイルズと二人で「あいのうた」を歌う。会場にはルビーの家族もいて、彼女を歌を聴いている……といっても家族にはルビーの歌声は聴こえない。いくらルビーに歌の才能があると言われても、その「才能」のあるなしがわからないのだ。
だがその時、父親のフランクには、聴こえないはずのルビーの歌が「聴こえる」。ルビーの歌がどんなに美しく、人の心を揺り動かすのかがわかるのだ。このシーンはぜひ、金ローの放送で確かめて欲しい。
聾唖者の家族内でただひとり、声が聞こえる存在だったルビーは耳が聞こえる人、聴こえない人、両方の部分を見て育ってきた。「聞こえないから」だめだ、「聞こえるから」いいんだ、なんていう風に決めつけないでくれと。
聾唖者俳優だから、健常者俳優だから、なんて決めつけもよくないのだろう。リメイクだから、オリジナルだから、なんていうのも些細なことだ。人生はこうだ、映画はこうだ、なんて言わないでくれ!
はっ、コーダってそういう意味だったのか!?
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