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社会がみえる映画レビュー#18

映画『怪物』少年2人の旅路が『銀河鉄道の夜』を連想させる理由

映画『怪物』少年2人の哀しい旅路が『銀河鉄道の夜』を連想させる理由の画像1
C)2023「怪物」製作委員会

 映画『怪物』が公開中だ。本作は第76回カンヌ国際映画祭で脚本賞とクィア・パルム賞を受賞し、レビューサイトでも軒並み高評価。公開から10日間で興行収入は8.5億円を超えるヒットになっており、今後も大きな伸びが期待できる。

 そして、本作はそのクィア・パルム賞を受賞したことと、記者会見での是枝裕和監督の言葉が論争を呼んでいた。その理由を考えることは、創作物でのLGBTQ(+)および、そして『怪物』の中で描かれた問題への向き合い方にもつながる、意義深いことであると思うのだ。その理由を記していこう。

※以下、結末などは明確にはしていませんが、映画『怪物』の一部ネタバレに触れています。本編を未見の方はご注意ください。

「LGBTQに特化した作品ではない」への批判

映画『怪物』少年2人の哀しい旅路が『銀河鉄道の夜』を連想させる理由の画像2
C)2023「怪物」製作委員会

 是枝監督は記者会見にて、英国メディアの「日本ではLGBTQ(など性的少数者)を扱った映画は少ないのでは」との質問に、「LGBTQに特化した作品ではなく、少年の内的葛藤の話と捉えた。誰の心の中にでも芽生えるのではないか」と答えた(毎日新聞の記事https://mainichi.jp/articles/20230518/k00/00m/200/433000cより引用)。

 これに対し、LGBTQを扱った映画でクィア・パルム賞を受賞したのにも関わらず、それよりも別の広い範囲の物語であると作り手が答えることで、むしろ問題を矮小化しているのではないか、LGBTQの当事者を傷つけてしまうのでは、などと批判的な声が上がっているのだ。

 先んじて言えることは、是枝監督および脚本を担当した坂元裕二は、安易な考えで作品内でLGBTQを扱っているわけではない、ということ。例えば、東スポWEBの記事(https://www.tokyo-sports.co.jp/articles/-/264839)によると、是枝監督はLGBTQの子どもたちの支援をしている団体の方に脚本を読んでもらい演出上の注意点を聞き、子どもの彼らが自認や他認をする特定の描写を避けたほか、インティマシーコーディネーターにも現場に入ってもらったとも語っている。少なくとも、専門家の意見を聞き、センシティブな問題に対して真摯に向き合う姿勢でいたのだ。

『羅生門』的な構成から思い知らされるもの

映画『怪物』少年2人の哀しい旅路が『銀河鉄道の夜』を連想させる理由の画像3
C)2023「怪物」製作委員会

 さらに重要なのは、映画『怪物』の本編で描かれるのが、「人は往々にして一面的なことしか見えていない」ことを突きつける物語であることだろう。

 主人公のシングルマザーは、息子がひどいことを担任の先生に言われたと学校側に必死に訴えるが、校長は死んだ目のまま判で押したような回答を繰り返し、先生本人も不遜な言動を繰り返すばかり。その後に学校側は記者会見を開き先生は「責任を取らされる」が、物語の本質はその先にあった。まるで黒澤明の映画『羅生門』のように、時間は遡り、ほぼ同じ時間軸での、別の視点の物語が語られるのだ。

 その別の視点では、今までとんでもない人物に思えていた先生が、実は生徒思いで、彼なりに実直に行動してきたことがわかる。さらに、子どもたちの視点に変わったときにも気付かされるのだ。「子どもたちのことを何もわかってはいなかった」と。

 その「わかっていなかった」ことには、シングルマザーの息子とその友達の、同性愛の関係もある。劇中で彼らは彼らで自分たちの大切な世界を守るための、しかし危険な行動をしていたことに加えて、(まだ小学生同士の子どもである)2人が同性愛者であることにも「思い至らなかった」ことも、観客は思い知らされるというわけだ。

現実で「考えたこともなかった」人に向けられている

映画『怪物』少年2人の哀しい旅路が『銀河鉄道の夜』を連想させる理由の画像4
C)2023「怪物」製作委員会

 ある意味では、『怪物』では子どもたちが同性愛者であることを、サプライズ要素として置いているとも言える。そのこと自体に賛否両論はあるだろうし、その2人が危うい道を進んでいたことが判明する物語は、LGBTQの当事者を傷つける可能性がある。現実で苦しんでいる誰かが、本作へ批判的な意見を投げかけるのであれば、作り手はその声に真摯に向き合わなければならないとも思う。

 だが、『怪物』で重要なのは、やはりLGBTQの当事者以外の視点。それは劇中ではシングルマザーや担任の先生などの「気づいていない」人たちであるし、同様に現実の世界で「家族や周りの人がLGBTQの当事者かもしれないと考えたこともなかった」すべての人に向けられている。

 また、カンヌでクィア・パルム賞を受賞したことそのものが、ある意味ではネタバレになっており、観客が2人の子どもが同性愛者であると「気付かなかった」驚きを減じてしまっているのかもしれない。だが、それでも「気づき」そのものに意味があるので、この映画の価値はなんら損なわれてはいないだろう。

 それでいて、是枝監督は「普遍的な何かをこの映画を通して伝えるということをむしろ考えずに、小さな町の小さな小学校で起きた小さな事件を徹底的に掘り下げていくというか、そこに翻弄されていく人たちの話を丁寧にやろうという、そういう発想です」などとも語っている(文春オンラインの記事https://bunshun.jp/articles/-/63382より引用)。特定の人にメッセージを届けるというよりも、あくまで人間が紡いだ物語から、見た人それぞれが主体的に考えることこそが重要な作品ではあるだろう。

『銀河鉄道の夜』を連想した理由

映画『怪物』少年2人の哀しい旅路が『銀河鉄道の夜』を連想させる理由の画像5
C)2023「怪物」製作委員会

 これまで『怪物』の劇中の2人の子どもが同性愛者であると語ってきたが、本当にそうではあるとは言葉ではっきりと語られない。2人の物理的な距離がものすごく近く、仮に心臓の鼓動を早くした、精神的な結びつきが強固なものであったとしても、それが同性愛であるかどうかという感情の揺らぎは「淡い」ものとしても描かれているように思う。その淡さは、先に挙げた是枝監督の「誰の心の中にでも芽生えるのではないか」という言葉につながっているのではないか。

 また、劇中の電車というモチーフから思いだしたのは、宮沢賢治の小説『銀河鉄道の夜』だった。2人の少年だけの旅路が儚く危うく思える様、そして「少年の内的葛藤の話」であることも『怪物』の内容とも一致している。

 事実、シネマトゥデイの記事(https://www.cinematoday.jp/news/N0137333)にて、電車の秘密基地は「丸ごと作った」こと、その場所を坂元裕二に見てもらってから脚本の決定稿が書かれたこと、是枝監督自身が脚本を読んで実際に『銀河鉄道の夜』をイメージし、黒川想矢と柊木陽太の子役2人に『銀河鉄道の夜』を読んでおくように告げたことが語られている。

 映画『怪物』での少年2人の哀しい旅路は、美しい光景と、坂本龍一の音楽も相まって、鮮烈な記憶として思い出すことができる。その言葉にならない、胸を締め付けられるような体験ができたのも、『銀河鉄道の夜』からインスパイアされたためでもあるだろう。

 『怪物』は、やはりLGBTQを扱ってはいるが、はっきりとした問題提起をすることそのものが目的ではない。『銀河鉄道の夜』と同じように、創作された物語だからこその、観客それぞれが主体的に作品の内容を考えられるだけの、苦しくさえある感情を呼び起こすことに、意義がある作品だと思うのだ。

​​『怪物』   6月2日(金) 全国ロードショー
キャスト:安藤サクラ 永山瑛太 黒川想矢 柊木陽太 / 高畑充希 角田晃広 中村獅童 / 田中裕子
監督・編集:是枝裕和『万引き家族』
脚本:坂元裕二『花束みたいな恋をした』
音楽:坂本龍一『レヴェナント:蘇えりし者』
企画・プロデュース:川村元気 山田兼司
製作:東宝、ギャガ、フジテレビジョン、AOI Pro.、分福
配給:東宝  ギャガ
C)2023「怪物」製作委員会

ヒナタカ(映画ライター)

「ねとらぼ」「cinemas PLUS」「女子SPA!」「All About」などで執筆中の雑食系映画ライター。オールタイムベスト映画は『アイの歌声を聴かせて』。

Twitter:@HinatakaJeF

ひなたか

最終更新:2023/06/23 20:26
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