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連載「クリティカル・クリティーク」VOL.15

多種多様なビートで華麗にジャーニーする〈女性とラップ〉上半期ベスト

多種多様なビートで華麗にジャーニーする上半期ベストの画像1
『Youngin Season 2』/Elle Teresa

 然るべきプレイリストをタップすれば次から次にそれらしい曲が21時~22時台のDJのように淡々と流れ続ける2023年において、〈上半期ベスト〉や〈年間ベスト〉のごとき前時代的なイベントは、データベースに敷き詰められる新譜の微細な違いをさも鋭敏な感性を持っているかのような素振りで論評する鈍感さを持ちえないことには成り立たない。

 ゆえに、どこかから依頼をいただき「ベスト〇〇」といった類いの企画に参加する場合、開き直って自らの鈍感さをさらけ出すか、それともただただ好みの曲を羅列するかという二者択一を自分に課すようにしているのだが、ちょうど今年も半分が終わろうとしているこの時期に、一味異なる依頼を頂戴したのである。

 その依頼は、先日〈女性とラップ〉というテーマでのトークイベントを行った際、終了後にとある来場者の方から「今年リリースされた国内の女性ラップ曲でもっとも良かったものを教えてほしい」と質問されたことに端を発する。

 急な問いかけだったため咄嗟には回答が出ず、なんとなくその会話が記憶の片隅に残っておりだらだらと考え続けているのだが、まさに最近のヒップホップ特有の拡散したビート感覚に引きずられるように、私が挙げようとしている曲もブーンバップやトラップ、ドリルといったメインストリームの音からはみ出たものばかりになりつつある。

 例えば、2022年のベストを3枚セレクトするならば私はAwich『Queendom』とElle Teresa『Youngin Season2』、MICHINO『ContraAtaque』を挙げるが、それらはトラップの最前線を切り取った『Youngin Season2』にブーンバップの強度高い魅力を詰め込んだ『ContraAtaque』、両者がバランスよく配置された『Queendom』というラインナップだった。

 ブーンバップとトラップの幅広い展開というのが昨年の傾向だったわけだが、今年はその地点からさらに一歩進み、とにかくダンスミュージックのグルーヴを取り入れる楽曲が目立っている。

MICHINO「Wherebouts」

 ラップシーンへの導入はメインストリームのラッパー、リル・ウージー・ヴァートの「Just Wanna Rock」がきっかけだったため、意外にそう受け取られていない気がするのだが、22年の後半から一気にトレンドとなったジャージー・クラブの軽快なビートも、ヒップホップの本流から外れた特異なサウンドとして挙げられよう。

 なぜなら、ボルチモア・クラブをルーツに持つこの5つ打ちのリズムは、徹底して軽薄な滑りを有しており、明らかにブーンバップ~トラップとは一線を画した性急さがあるからだ。

 すでにインスパイア系のナンバーも含めると星の数ほどの実験が試され、近年まれにみる一大ムーブメントと化しているこの潮流は、走り続けるビートがラップやリリックといったレベルにまで新たな影響を及ぼし始めている。中でも、ジャージーの功績は、昨今のラップのBPMを刷新した点にあるだろう。

 トラップの影響下でBPMを落としていった2010年代のラップと対照的に、ジャージーの軽やかなキックは、多少アラが出たとしても勢いで言葉を連ねていくことばの疾走感を肯定する。だからこそ、LANAの「L7 Blues」はとにかく颯爽と走り抜ける強引さが魅力的であり、それはゆるふわギャング「Moeru」やLEX「Busy, Busy, Busy feat. Only U」においても同様だろう。ある種のファジーさがビートのノリと相まって、引きずられるような、まるで“巻き込まれ型映画”のごとき唐突さとサスペンスを生む。

LANA「L7 Blues」

 であるならば、ジャージー・クラブを援用したラップミュージックにおいてもっとも優れた楽曲とは、巻き込まれ型のダイナミズムとして特段に唐突で、ハラハラさせる要素を兼ね備えたものでなければならない。

 その点で優れた曲として真っ先に挙げたいのがMEZZ「ROYAL MILK TEA feat. なかむらみなみ」である。

 不安を煽るようなハイテンションのビートを背景に、MEZZのラップは順に3つのパートを繋ぎ、徐々にスピードを上げていく。最高潮に高まったところでリレーを受け取るなかむらみなみはラップのモードを完全に異なるスイッチへと切り替え、TENG GANG STARRを想起させるダンサブルなラップを華麗に披露し盛り上げる。執拗に果たされるライミングの快楽を感じている暇もなくまた次のライミングが襲ってくるという、緊張の連続がたまらない。

MEZZ「ROYAL MILK TEA feat.なかむらみなみ」

速まるBPMに呼応するかのようなエモーショナルさ

ほかにも、今年に入りリリースされたジャージー・インスパイア系の曲はPrincess Ketamine, CVN, NTsKi「Hikari」や真白の「scar lip」やなど優れたものが多い。それは、女性ボーカル特有の高音×細い声のラップが軽快さとサスペンスを刺激するからであろう。

 ジャージーに乗る声の中でもっとも低い部類であろうYvng Patra「Tier1 feat. Oddy lozy」を聴けば、その違いがわかりやすい。Yvng Patraが見せるのは安定感や渋みであり、前述した女性ラッパー曲で展開されるのは浮遊感である。

 ShowyRENZO「火をつける」でも、楽曲の魅力を支えるのはRENZOの奇怪な高音ラップであった。その点、低音の¥ellow Bucksと中音のC.O.S.A.で高低差を演出し、かつてなく忙しないジャージーを演じた「What?」はその落差を巧みに駆使した曲であろう。海外に目を向けてみても同様の傾向であり、やはりジャージー・インスパイア系のビートを使う目的は大きく2つに分類できそうだ。

 とにかく軽やかさと浮遊感を演出する方向性と、キックの連打によってヘヴィでダンサブルなトーンに振り切る方向性。前者がまさしくPink Pantheress「Boy’s a Liar」やLE SSERAFIM「Eve, Psyche&The Bluebeard’s Wife」であり、後者がBilly Bの「BREAK」やLay Bankz「Throw Dat」のようなナンバーである。

 だからこそ、自身より声が低く太いIce Spiceを起用しギャップを生んだPink Pantheressの「Boy’s a Liar Pt.2」は、ツボを心得た最高のコラボレーションだった。

Princess Ketamine,CVN,NTsKi「Hikari」

真白「scar lip」

 そして、メインストリームからはみ出したダンスミュージック系のビートとは、何もジャージークラブだけにとどまらない。ほかにもドラムンベースやハウスといった多種多様なリズムが、浮遊する女性のラップと絡み合いながら新たな音を奏でている。中でも、傑作アルバム『大団円』を作り上げたSARIは、その才能がいよいよ爆発したと言ってよいだろう。

 どの楽曲も優れたビートの音色とリリックが刺激を与え合っているが、本稿の文脈では「Jeopardy」に触れたい。シュールで毒々しいリリックを妖気漂う音階に乗せ、破裂するようなドラムンベースを繋げることでエモーションを爆発させる本曲は、この音楽家が使い古されたビートであっても彼女固有の音へ引き寄せる力を持っていることを証明している。

SARI「Jeopardy」

 我儘ラキアのメンバーである星熊南巫によるソロ1stEP『TOKYO神VIRTUAL』も、ロックやダンスミュージックと共振する昨今のラップシーンのムードをうまく拾った佳作であった。表題曲「TOKYO神VIRTUAL」は、J-POPらしいメロディがゴス~デジタルな処理で届けられつつ、通底する4つ打ちビートが狂騒的なパワーを生み出す。

 他にも、Umruによる編集曲「Firetruckumru Remix)」によってspotifyの〈hyperpop〉プレイリストにキュレーションされたSG5、JAKOPSやKago Pengchiのリミックスによって「SHOOTING STAR」をCHILL REMIXXとして再構築させたXGも、マキシマムな加工によってよりダンサブルに楽曲を磨いていった例として触れておきたい。

星熊南巫「TOKYO神VIRTUAL」

 王道から外れたビートばかりを並べてしまったが、〈ベスト〉なき時代に、これらの数曲を2023年上半期の〈女性による国内ラップミュージック〉のベストと強引に言ってしまおう。

 そして、本稿で記した通り、それらの曲では高く細い声の利点を活かしながら軽やかなムードを演出しているケースが多い。ジャージー・クラブはじめ、昨今のラップミュージックのビートの潮流をそのような側面から紐解いていくことは必要な作業に違いない。

つやちゃん(文筆家/ライター)

文筆家/ライター。ヒップホップやラップミュージックを中心に、さまざまなカルチャーにまつわる論考を執筆。雑誌やウェブメディアへの寄稿をはじめ、アーティストのインタビューも多数。初の著書『わたしはラップをやることに決めた フィメールラッパー批評原論』(DU BOOKS)が1月28日に発売されたばかり。

Twitter:@shadow0918

つやちゃん

最終更新:2023/06/17 21:00
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