映画『水は海に向かって流れる』不機嫌な広瀬すずの“気になってしまう”魅力
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6月9日より広瀬すず主演の映画『水は海に向かって流れる』が公開されている。何より知ってほしいのは、本作がとても“かわいい”作品であること。
同じく田島列島による漫画を原作とした2021年の映画『子供はわかってあげない』もそうだったのだが、ちょっととぼけたところがあるキャラそれぞれが愛おしく、そのセリフ回しは独特で、どこか漫才的でクスクスと笑えて、みんなが大好きになるのだ。
それでいて、作品の背景にある過去の出来事は意外にもシビア。ほんわかと心温まるけど、それだけではない辛辣さもあり、そのことが広瀬すず演じるヒロインの心情にシンクロしていることも重要だった。さらなる魅力を記していこう。
『めぞん一刻』的なひとつ屋根の下でのラブコメの楽しさ
本作の実質的な主人公は2人いる。叔父の家に居候することになった高校生の直達(大西利空)と、いつも不機嫌そうだが気まぐれに美味しいご飯を振る舞ってくれる26歳のOLの榊さん(広瀬すず)だ。実は叔父の家はシェアハウスであり、そこにいるのは女装の占い師(戸塚純貴)や、海外を放浪する大学教授(生瀬勝久)などクセの強い住人ばかりだった。
ひとつ屋根の下での男女の関係性もしくはラブコメが描かれることから、漫画『めぞん一刻』や『僕らはみんな河合荘』などを連想する方もいるだろう。いずれも個性豊かなキャラの関係性を見ているだけでも楽しいが、この『水は海に向かって流れる』では“過去”にまつわるドラマも見どころになっている。
実は、広瀬すず演じる榊さんは、過去のある出来事から「恋愛はしない」と宣言している。純朴な高校生である直達は明らかに彼女のことが気になって、淡い恋心を抱きつつあるのだが、クールな態度はもとより、恋愛自体を拒絶する彼女の心になかなか近づけないでいる。その“もどかしさ”を含む関係性が徐々に、あるいは劇的に変化していく過程が面白いのだ。
なお、その過去のある出来事は関係性が複雑で、会話で初めて明かされた時は「どういうこと?」と混乱してしまうかもしれないが、その後に漫画家である叔父がイラストでわかりやすく示してくれるのも面白かった。その叔父を演じる高良健吾も天然ボケなキャラが親しみやすくてかわいいので、ファンは楽しみにしてみてほしい。
淡々と生きている様が自然で、実在感がある
広瀬すずの今回の役はクールと言えば聞こえはいいが、それを言い換えればやはり不機嫌。ともすると、魅力に欠けたヒロインになってしまってもおかしくないが、そこはやはり広瀬すずの表現力があってこその“気になってしまう”魅力に満ちていた。
いつもは伏し目がちかつ無表情で、何を考えているかはわかりにくいが、時折見せる微細な表情の変化にドキッとしてしまうし、だからこそ彼女のことが気になる高校生の気持ちに同調して物語を追うことができる。そして、前田哲監督の言葉が、今回の広瀬すずの魅力を見事に表現していた。
「榊は、悲しくても悲しいと言わない、辛くても辛いと言わない、感情を封印してしまったようにして淡々と生きている。それが自然に見える人に演じてほしかった。広瀬さんは、湿っぽさを感じさせない、潔さ、清々しさ、そういったものを、水がすうーっと染みわたるように伝えてくれると思いました」
過去の出来事を引きずっているキャラ、ということは“ウジウジ”した印象をも抱かせかねないと思うのだが、広瀬すずが演じてこその榊さんは、ウジウジとは無縁の、凛としたカッコ良さがある。だけど、ただ感情を押し殺すように、淡々と生きているような様を見ると、心配にもなってしまう。そんな要素を併せ持つキャラを、広瀬すずはまさに水を染み渡らせるように伝えてくれたのだ。
なお、台本ができた段階で、前田監督と広瀬すずは、榊さんの心情や行動、セリフについて、1ページずつ確認する作業を行い、そのキャラを自身のなかに染み込ませていったのだという。そのおかげというべきか、広瀬すずという誰もが知る国民的な俳優が演じているのに、榊さんがこの世のどこかに本当にいるとさえ思える、実在感のあるキャラになっていた。
彼女のことを気にかけるも振り回されてしまう、だけど主体性的に考える聡明さもある高校生を演じた大西利空も素晴らしかった。さらに注目なのが、アニメ映画『かがみの孤城』での繊細なヒロインの声の演技も記憶に新しい當真あみ。彼女もまた恋心を抱いていてドギマギする様、その気持ちをぶつける時のセリフが悶絶するほどかわいらしいので、そちらも楽しみにしてほしい。
理不尽なことには、怒ってもいい
本作はクスクスと笑ってほっこりとできるタイプのラブコメではあるが、過去の出来事を通じて「理不尽なことには怒ってもいいんだよ」という、極めて普遍的で優しいメッセージ、というよりも“提案”がされている作品であるように思えた。
前述したようにヒロインの榊さんは感情を押し殺して淡々と生きている。それに対して、高校生の直達はどうすることもできない。怒ったって、何も問題は変わらないのかもしれない。だけど、それでも、どうしても「怒ってやりたい」という気持ちだけは間違っていないし、それは誰かの心を解きほぐすかもしれないし、あるいは究極の愛情表現にもなるのだと、終盤の展開から思うことができたからだ。
原作漫画からのアレンジも的確で、直達が父親のとある言い分にも怒るのは映画オリジナルであるし、映画のラストの“切れ味”も見事だった。クールな年上のお姉さんと、純朴な少年との関係性というだけでも大好きであったのに、人生のどこかで遭遇する理不尽に対して「怒ってもいい」という大切な価値観を教えてくれる、この『水は海に向かって流れる』に出会うことができて本当に良かったと思う。ぜひ映画館でこそ、その優しさを心に染み渡らせるように観てみてほしい。
『水は海に向かって流れる』 6月9日(金)TOHOシネマズ 日比谷ほかにて全国ロードショー
広瀬すず
大西利空 高良健吾 戸塚純貴 當真あみ/勝村政信 北村有起哉 坂井真紀 生瀬勝久
監督:前田哲
原作:田島列島「水は海に向かって流れる」(講談社「少年マガジンKCDX」)
脚本:大島里美
音楽:羽毛田丈史
主題歌:スピッツ「ときめきpart1」(Polydor Records)
2023/日本/カラー/ビスタ/5.1ch/123分/G
C)2023映画「水は海に向かって流れる」製作委員会C)田島列島/講談社
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