Jリーグ草創期に爆誕した異例の“公式暴露本”「ヴェルディ川崎やんちゃ伝説」!
#サッカー #Jリーグ
Jリーグ誕生30周年である。
93年5月15日に産声を上げた、日本のプロサッカーリーグ。開幕当時の熱狂は凄まじかった。小学2年生だった筆者は、あの頃の騒乱を鮮明に覚えている。それまでサッカーのサの字も発しなかったクラスメイト達が、一斉にミサンガを手や足に巻き付け、休み時間にはサッカー三昧、ゴールを決めたらカズダンス。放課後には近所のスーパーでJリーグチップスを買い漁り、被ったカードの交換会が町のそこかしこで催されていた。いやあ、楽しかったなあ。
そして93年といえば、まだ日本中にバブルの残り香が漂っていて、出版業界もイケイケだった時期。Jリーグなんて優良コンテンツが放っておかれるワケもなく、毎週の様にサッカー関係の出版物が粗製乱造されていった。そして、その流れはなんとなく今現在も続いている。「サッカー本大賞」なんてものが成立するのも、単にサッカー関係の出版点数が多いからである。
だが、この30年間で出版されたサッカー本の中には、今の基準では絶対にアウトであろう暴露本や、真実など一言も書かれていないであろうトンデモ本も数多存在する。筆者カルロス矢吹は小学生の頃からサッカーを観戦しながら、そんなサッカー本達も収集し、愛で続けてきた。製作に関わった選手・関係者からしたら、顔から火が出てBBQが出来るほどの恥ずかしい発言も、私の手元には沢山ストックされている。
というわけで、Jリーグ30周年を記念して、そんな日本サッカーと日本出版界が産み落としてきた珍本・奇本を取り上げて、過去の恥ずかしい発言や選手達の奇抜な発言・行動を掘り起こしてみよう!という余計なお世話この上ない企画が本連載である。
前置きが長くなったが、早速初回に取り上げる本を紹介しよう。1994年に出版された『ヴェルディ川崎やんちゃ伝説』(イースト・プレス)。表題の通り、Jリーグ草創期の大人気クラブ、ヴェルディ川崎に所属していたスーパースター達の“やんちゃ”な素顔を描いた暴露本である。
「どこのチンピラ記者がそんな本を書いたんだ?」とお怒りの貴方。著者は、小見幸隆。元サッカー日本代表のM Fであり、指導者として北澤豪らヴェルディユース出身選手達を指導してきた人物であり、本書発売当時の肩書きは「読売日本サッカークラブスーパーバイザー」だった。そう、この本は世にも奇妙な“クラブ公認・公式暴露本”なのである。
目次から、本書で言及されている選手たちを見てみよう。三浦知良、ラモス瑠偉、武田修宏、北澤豪……etc。現代でも知名度抜群の選手たちばかりだ。その全員が一つのクラブに所属していた、その事実だけでもいかに当時のヴェルディ川崎が人気チームだったかが窺い知れるだろう。
では、なぜヴェルディ川崎がスター軍団足り得たのか?小見曰く、当時のヴェルディにはこんな明確な“チーム方針”があったそうだ。
「スター意識を持ち、すべてにおいてJリーグのリーダーたれ」
これがヴェルディイレブンに課せられた使命である。
常勝軍団で年棒もトップ、ルックスもトップと、トップづくめのヴェルディ・イレブン。
スーパーヒーローたちはファンに夢を与えるのが仕事。グラウンドを離れてもカッコよくなくてはいけない。憧れのスターでなければいけないのだ。(P148)
なるほどなるほど。これは当時同じく親会社が同じであったプロ野球の読売巨人軍にも共通する思想でもある。では、選手達は具体的にどの様な振る舞いをしていたのか?本書では、サッカーに関する記述もあるにはあるのだが、選手達のド派手な私生活を詳かにしているので、どうしてもそちらに目がいってしまう。小見は<ファッションと車で競う見栄合戦>と題して、選手達の豪遊ぶりを暴露している。まず、ファッションに注目して読み進めてみよう。
カッコよさを求められているから、パーティなんかそれこそファッションショー顔負けのスタイルで決めこんでいる。
カズがアルマーニの黒のタキシードに、アルマーニのエナメルの靴でキメると、北沢は上から下までヴェルサーチのキラキラファッション。
武田が負けてたまるか、とヴェルサーチの渋目のジャケットにパンツ。
「どう、いいでしょう。このカシミヤのジャケット40万円したんです」
武田が平気で耳打ちする。
カズもテレを見せないで堂々と、
「ぼくら、ファンに夢を与えるのが職業だからカッコよくしなくちゃね」
独身貴族の彼らは、もう見栄としか考えられないほどファッションに貪欲だ。(P148)
続いて、車での張り合いを見ていこう。小見は続ける。
お互いにスター意識の強い、いい意味のライバルだから、こうなったらグラウンド外の見栄合戦になってしまう。
カズがポルシェをポーンとキャッシュで買った。すると北沢が、
「おれはベンツだ」
と500SLを取り寄せる。武田が負けずにタイプの違うポルシェをこれまたポーンとキャッシュで買って、“どうだ”といわんばかりにクラブハウスに乗りつける。
そうしたら柏レイソルに期限付きで移籍した戸塚(注:元日本代表M F戸塚哲也のこと、彼の息子は人気バンドSuchmosのメンバーであるTAIKING)が、
「お前ら、車のことなんかわからないくせに見栄ばっか張っちゃって」
とフェラーリを買って、“まいったか”という顔をして見下したことがあった。
トッププロがそんなことをやるから、他の選手に伝染して国産車は一人もいない。(P149)
全ての固有名詞に、時代を感じる記述である。現代のネット社会でこれだけの放言が連発されれば、即サポーター達から揚げ足を取られることだろう。しかし、ここまであっけらかんと言ってくれた方が、むしろ清々しいというものだ。この時期のヴェルディ戦士達が今も全国的知名度を誇れているのは、Jリーグや“ドーハの悲劇”が注目されただけではなく、露出の過程でそのキャラクターをしっかりと世間に浸透させていたことも一因だと思う。
なお、この項を小見は以下の様に結んでいる。
やんちゃたちは今日も見栄合戦をやめようとしない。
グラウンドの上でも、私生活でも彼らは負けることが嫌いな人種だ。
なんでもトップをめざす彼らのエスカレートはとどまることを知らない。
ちなみにぼくはジャガーに乗っている。(P150)
小見も、十分に“負けることが嫌いな人種”である。
ただ、これだけ包み隠さず書いている割には、女性関係の記述が意外と少ない。遊んでいること、女の子が大好きなことはそれなりに書いてあるのだが、肝心なところはボカしている。その辺りは流石に選手を守ったのか、それとも“交際相手”を守ったのか。その辺は定かではないのだが、女性関係への数少ない具体的な記述が、当時期待の若手ストライカーであった藤吉信次への一問一答に表れている。好きな音楽は?という質問に対する藤吉の回答が以下である。
ディスコが大好きで、よく武田さんに連れられていき、ナンパ役ばかりさせられて
(P219)
武田、とはもちろん現在も独身貴族を貫き続ける武田修宏その人である。現役時代の武田を知っている人であれば、この述懐にクスリと笑みを浮かべてしまうはずだ。武田はゴール前のこぼれ球を拾って得点を決める“ごっつぁんゴール”が多い選手だった。それだけ点取り屋としての嗅覚に優れていたのだ。しかし、後輩の藤吉にナンパだけさせて、自分は美味しいところを持っていったということは「武田は夜も“ごっつぁんゴール”が基本戦術だった」ということになる。ちゃんとサッカーを観ていると、こうした伏線も回収出来る。サッカー本を読むだけでも楽しいが、やはり観戦することも忘れないで欲しい。
これだけ選手たちの“やんちゃ”に寛容な小見だが、ある選手にだけはチクリと嫌味を言っている。その男とは、ラモス瑠偉。サッカー大国ブラジル出身ながら、W杯に出場するために日本へ帰化した、Jリーグ黎明期を象徴する選手の一人である。
小見曰く、ラモスは相当な“遅刻魔”だった様で、それに加えて稚拙なまでの言い訳を繰り返し、クラブ関係者を幾度となく呆れさせていた様だ。相当お灸を据えたかったのか、この項の記述が結構厚めなのだが、一例だけ挙げておこう。
「左膝が痛んだ、病院へ行ってくるから遅れる」
30分遅れてやってきたラモスは左足をかばいながら軽く練習していたが、生来のサッカーの虫がうずいたのか、ついハッスルプレーをしてしまった。
「足、大丈夫?」
声をかけると、
「まだ痛いんだ」
と、右足のほうをかばってみせた。(P167)
ラモスによる様々なやらかし、そしてそれに対する弁明がレポートされている。気になる方は是非本書を手に入れて確かめて欲しい。
と、これだけ選手達の私生活を暴露している本書ではあるが、徹頭徹尾おふざけで書かれているわけではない。
ヴェルディというクラブは何故人気があったのか?強かったからだ。93年・94年と2年連続でJリーグ年間王者に輝いた実績に間違いはない。その強さの源流について、小見が言及している箇所がある。ある高校生を視察した際の話だ。
選手をスカウトするにもヴェルディは他のチームとは違う。
実際にぼくがスカウトした一つの例がある。(中略)ボールと遊ぶのがじつに器用で、ぼくの見た感じでは京都府のなかでもナンバーワンの選手。柔らかさと技術に限りない将来を感じる。
風貌もロングヘアでいまから北沢みたいになっている。
「他のチームから声が掛かってるの」
「いえ、ありません」
意外な返事だった。
「大学は?」
「ありません」
関係者に聞いてみると「いやあいつはちょっと」とか「ロングヘアと態度がね…」とフンイキだけでノーと答える。(P40)
小見はこの風潮に“ノーと答える”。
たかがロングヘア、それに目立って態度がデカイ、といってもちょっとはみ出しているくらいでたいした問題ではない。
ぼくなんか、というよりヴェルディはそんなやんちゃな子にグッグーと魅かれてしまう。自分にこだわりを持っている子ほどプロ向きなのだ。(中略)何が良くて何が悪いかの基準がヴェルディと他のチームとはまったく違う。(中略)マジメ、不マジメ、挨拶ができる、できない、タバコを喫う、酒を飲む、そういう外に見えるものだけで人間を判断することは間違いだ。
「これだけは誰にも負けない」が彼らの技術の中で発見できたら進路について真剣に考えてやるのも大人の務めのはずだ。
「あんな奴、ろくでもない」
そういわれて集まってきたメンバーが、いまヴェルディの主力として活躍している。
カズも、北沢も“やんちゃでナマイキ”のレッテルを貼られ「ろくな奴じゃない」と周囲から冷たくいわれたのをバネにして、ヴェルディに来てスターになった。
ぼくらも「結果を出しさえすれば何もいわない」とヴェルディイズムで自由にやらせた。(P42-P43)
そしてこう締める。
少々問題児でも、ハンサムでサッカーがうまければ、ヴェルディはどんどん採る。
(P43)
栄華を誇ったヴェルディ川崎は、現在クラブ名を東京ヴェルディ1969に変更。読売新聞社や日本テレビが経営から撤退した影響もあってか、2008年に2部のJ2に降格して以降、一度もJ1昇格を果たせていない。
本書を執筆した小見も、一時期トップチームの監督を務めたものの2002年に成績不振の責任を取って長く在籍したヴェルディを離れている。
去る2023年5月14日、新国立競技場で「Jリーグ30周年記念スペシャルマッチ」と題して、鹿島アントラーズvs名古屋グランパスの試合が行われた。残念ながら、そこにJリーグ初代年間王者ヴェルディの姿はなかった。
「スター意識を持ち、すべてにおいてJリーグのリーダーたれ」
小見が提唱していた“ヴェルディイズム”は、今もクラブに根付いているのだろうか。
名門復活の秘訣も、もしかしたら本書に収録されているのかもしれない。
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