トップページへ
日刊サイゾー|エンタメ・お笑い・ドラマ・社会の最新ニュース
  • facebook
  • x
  • feed
日刊サイゾー トップ > 連載・コラム  > る鹿、彼女が見た「正夢」
「あぷ噛む」#3

る鹿、憧れのゆら帝カバーでデビューした彼女が見た「正夢」

る鹿、憧れのゆら帝カバーでデビューした彼女が見た「正夢」の画像1
る鹿(Photo by Kyogo Hidaka)


 モデルとして活動しながら、自身が立ち上げたブランド「DEERTRIP」のディレクターを務め、2021年1月にはゆらゆら帝国『空洞です』のカバーで歌手デビューを果たしたる鹿(るか)。そんな彼女から、3rdシングル『体がしびれる 頭がよろこぶ』のリリース情報が届けられた(2023年秋頃発売予定)が届いた。真島昌利(ザ・クロマニヨンズ)が楽曲提供した2nd『遠い声』に続き、本作でも作詞・坂本慎太郎、プロデュース、作曲・山本精一と超豪華なクレジットが並ぶ。

 今回は、ファッションや音楽などさまざまなシーンで注目を集めている、る鹿にインタビュー。故郷・中国の両親から受けた影響をルーツとした際限なきカルチャーへの関心、そして昨年出産を発表した彼女の心境に迫った。


る鹿(るか)

る鹿、憧れのゆら帝カバーでデビューした彼女が見た「正夢」の画像2モデル、アーティスト 中国出身。ファッション雑誌でモデルとして活動する傍ら、2021年にはビクターエンタテイメントより歌手デビュー。現在はアーティストとしても活動中。

 

 

 

韓国で買った、中国産のキャラのTシャツのエピソード

る鹿、憧れのゆら帝カバーでデビューした彼女が見た「正夢」の画像3
──まず、今年の発売を発表されている新作『体がしびれる 頭がよろこぶ』についてのお話からお聞きします。今作で3rdシングルになりますが、そもそも音楽活動を始めたきっかけは?

る鹿 今、お世話になっているプロデューサーのCloudyさんに「音楽をやってみないか」とお声がけいただいて、初めての打ち合わせで私の好きな音楽作品についてお話させていただいたんです。その時に「お互いにやりたい音楽のテイストが合うね」ということになり、ご一緒させていただくことになりました。

 中国にいたときから、ずっと日本のゆらゆら帝国やフィッシュマンズが好きだったんです。坂本龍一さんも大好きなので、彼が参加している作品はすべて観ていますね。一番好きなのは『ラストエンペラー』です。

──プロデューサーの立場からしても、打ち合わせの時点でる鹿さんに“ビビッ”とくるものがあったんでしょうか。

Cloudy(プロデューサー) そうですね。る鹿さんと初めてお会いしたとき、着ていらっしゃったTシャツがすごく印象的で、今でも覚えてるんです(笑)。面白い人だな、と感じました。

る鹿 「ハイアール」(中国の家電メーカー)のイメージキャラクターが描かれてるTシャツですよね(笑)。「海尔兄弟」っていう海パン姿の子供のキャラなんですけど、なぜかそのTシャツ、韓国に行ったときに買ったんですよ。中国のキャラなのに(笑)。

る鹿、憧れのゆら帝カバーでデビューした彼女が見た「正夢」の画像4

──それまで、歌手として活動したいと考えたことはあったのですか?

る鹿 過去に、北京で役者としてお仕事をしていたことはあったんですよ。でも、その経験を通じて「歌手をやってみたい」と考えるようになったんですね。というのは、役者も歌手も、「他人を演じる」という点では共通していると思うんです。映画も好きだけど、もともと大好きだった音楽で他人を演じてみたいなと考えていたタイミングで、歌手デビューのオファーをいただいて。神様からのプレゼントなんじゃないかと思いましたね。

──ずっとファンだったゆらゆら帝国『空洞です』のカバーが、歌手としてのデビュー作になったというのも、すごいお話ですよね。

る鹿 そうそう。昔からずっと聴いていた曲なので、それでデビューできるなんて信じられませんでした。

──そして最新作では、坂本慎太郎さんが作詞、山本精一さんがプロデュースと作曲を担当されて。本当に豪華な製作陣です。

る鹿 なんだか、奇跡が連続して起こっているような気分です。まず、山本さんの曲を先に聴いて「これにどんな詞が乗るのかな」と楽しみにしていたんですけど、あとから受け取った坂本さんのリリックが私たちの予想をはるかに上回るものだったので、感動しました。

 今回は過去作に比べてサウンドのテイストも変わったので、歌い方もこれまでとは違った感じになっています。今までで一番力が抜けて、自分らしく歌えたような気がします。

──続いて、る鹿さんご自身についてお伺いしたいです。1992年中国・重慶に生まれたる鹿さんですが、小さい頃はどんな子供で、どんなことに関心があったのでしょうか。

る鹿 あまり同世代と話が合わない子供でした。みんな、やっぱりトレンドのものが好きだったので。「トレンドが嫌だ」って、わざと主流のカルチャーを避けていたわけではなかったんですけど、自然とそうではないところに目が向いていたんだと思います。

 私のお父さんは、映画がすごく好きな人なので、毎週何作かDVDを借りてきて、家で一緒に観ていたんです。お父さんの映画の趣味から受けた影響が大きいんじゃないかな。お母さんもファッションが好きなんですけど、昔自分が着ていたっていう服をタンスから出して私に見せてくれたことがあって。そのときは高校生だったんですけど、お母さんが着ていたデニムとか革ジャンを見て「めっちゃかわいいな」と思って、全部私の服にしました(笑)。そういうこともあって、古着に目覚めたんです。

──今のる鹿さんが好きなカルチャーのテイストは、ご両親の影響が大きいのですね。その後、大学2年のときに、語学留学で日本に移住されて。

る鹿、憧れのゆら帝カバーでデビューした彼女が見た「正夢」の画像5

る鹿 そうです。でも実は、もともとはフランスに留学する予定だったんです。中国でフランス語の学校に通って、その後、現地で通う学校も決まって、一緒に行く友達と準備までしてたんです。

……でもある日、夢を見て。内容はおぼろげなんですけど、日本で生活している自分が、すごく素敵な場所で仕事をしながら輝いてるっていう夢だったんです。目が覚めてベッドから起き上がった瞬間、友達に電話して「留学先、日本にしない?」って話したんです。そしたらその子も「あ、いいよ。じゃあ今日フランス語の学校辞めに行こうよ」って(笑)。

──まさかの快諾!

る鹿 その友達、ちょっと変わってて、イケてる人なんです(笑)。それから、親にも学校の先生にも「留学先変えます」って伝えに行って、お母さんにブチギレられたりされながらも(笑)、1カ月後にはもう日本にいましたね。

12
ページ上部へ戻る

配給映画