進化系ヘイトクライムを体感する92分間! 社会派スリラー『ソフト/クワイエット』
#映画 #インタビュー #パンドラ映画館
ヘイトクライム(偏見や差別に基づく犯罪)を題材にした作品は、ホラー映画『ゲット・アウト』(17)や実録映画『SKIN スキン』(19)など、現代社会の病巣をあぶり出した注目作が多い。女性監督であるベス・デ・アラウージョ監督の長編デビュー作となる『ソフト/クワイエット』(原題『Soft & Quiet』)も、その一本に数えることができる。小さな町で暮らす女性教師や主婦たちが、密かにヘイトクライムを進行させていく様子を描いた問題作だ。しかも、92分全編をワンショットで撮影しており、本作を観ている我々もその場に居合わせているようなキリキリした臨場感を味わうことになる。
主人公は幼稚園の教師を務めている白人女性のエミリー(ステファニー・エステス)。金髪でスタイルのよいエミリーは、一見すると優しく、知的な先生に見える。だが、まだ幼い園児に人種的偏見を植え付ける危険な人物でもある。そんなエミリーは手作りのパイを持って、町の教会へと向かう。エミリー主催のお茶会に集まったのは、6人の白人女性たちだった。
地元の主婦たちが集まった和やかな懇親会と思いきや、会話内容はかなりいびつだ。食料品店を営むキム(ダナ・ミリキャン)は、「ユダヤ系の銀行に出資を断られた」と不満を漏らす。職場でヒスパニック系の同僚が先に昇進したことを「逆差別だ」とマージョリー(エレノア・ピエンタ)は憤る。出産を間近に控えた妊婦のジェシカ(シャノン・マホニー)は生まれたときから秘密結社「KKK」の一員であることを明かし、「最近のKKKはSNSをうまく使うの」と笑顔で語る。差別意識むき出しの言葉が飛び交う中、主催者であるエミリーは「アーリア人団結をめざす娘たち」を結成し、このお茶会を第一回会合とすることを宣言するのだった。
現代の多文化主義、多様性社会を否定するエミリーたちは、二次会を開くため、キムが経営する店に立ち寄ることに。そこにアジア系の姉妹・アン(メリッサ・パウロ)とリリー(シシー・リー)が来店したことから、トラブルが発生する。エミリーたちはアン姉妹と口論となり、物語はいっきに不穏さを増していく。
アン姉妹にプライドを傷つけられたエミリーらは、ある悪戯を思いつく。姉妹宅にこっそりと忍び込み、パスポートを盗み出そうというものだった。刑務所を出たばかりのレスリー(オリヴィア・ルッカルディ)も同行し、ちょっとした悪ふざけのつもりが取り返しのつかない事態へと発展していく。
ネット上で炎上騒ぎになった動画がヒントに
本作を企画し、脚本も手掛けたベス・デ・アラウージョ監督は、米国のサンフランシスコ生まれ。母親は中国系アメリカ人、父親はブラジル出身という家庭で育ち、ブラジルと米国と2つの国籍を持っている。インディペンデント系クリエイターたちにとって米国最大の祭典となる『SXSW(サウス・バイ・サウスウエスト)』で2022年にプレミア上映され大反響を呼んだ『ソフト/クワイエット』の制作内情、さらには米国におけるヘイトクライムの現状について語ってくれた。
アラウージョ「当初、私が少女時代に体験したことを題材にした『Josephine(原題)』という作品を長編デビュー作にしようと、6年間にわたって準備をしてきました。ところが、映画会社の事情で制作がストップしたんです。そこで、インターネット上で炎上騒ぎになっていた動画をヒントにした企画を思いつき、こちらを先に映画化することにしました。私が見た動画は、エイミー・クーパーという白人女性が、NYのセントラルパークでバードウォッチングを楽しんでいただけの黒人男性から『脅された』と偽り、警察を呼んだという事件でした。この動画を見て、私のこれまでの人生にも、この女性にそっくりな人たちがいたことを思い出したんです。脚本はすぐに書き上げました」
ヘイトクライムは米国全体を大きく揺るがす問題になっていたことから、『ソフト/クワイエット』の制作資金は瞬く間に調達できたそうだ。それから、わずか3カ月の準備期間で撮影に入ったという。キャストは無名ながら、インディペンデント系映画や舞台で活躍する実力派が起用されている。
アラウージョ「私の短編映画にも出てくれた、友人のステファニー・エステスに最初に声を掛けたところ、企画内容に賛同して、出演を受けてくれました。この手のリスクのある作品に応じてくれる俳優は、なかなかいるものではありません。次にロケ地選びでした。後から断られると困るので、先に撮影を認めてくれる場所を選んだんです。全編をノーカットの長回しで撮影することは、脚本段階で決めていました。まるで短距離走を駆け抜けるような速さでの映画制作でした(笑)」
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