進化系ヘイトクライムを体感する92分間! 社会派スリラー『ソフト/クワイエット』
#映画 #インタビュー #パンドラ映画館
リブランド化を図る白人至上主義者たち
製作を手掛けたのは「ブラムハウス・プロダクションズ」。ジョーダン・ピール監督の『ゲット・アウト』や音楽業界のパワハラ問題を扱った『セッション』(14)など、エンタメ性と社会性を兼ね揃えた新感覚の話題作を次々と放っている。差別問題を扱った映画は米国には少なくないが、『ソフト/クワイエット』は、進化系とも言えるヘイトクライムの現状を描いている点に着目したい。
スキンヘッド姿の分かりやすいネオファシスト集団と違い、本作の主人公であるエミリーはあくまでもソフトに、そして静かに白人至上主義を現代に再興しようとしている。温厚そうな女性たちの手によって、レイシズムが小さな町に根付いていく様子に不気味さを感じさせる。こうしたヘイト描写は、アラウージョ監督自身の実体験に基づくものなのか、それともリサーチして得た最新のものなのだろうか。
アラウージョ「両方ですね。非白人系の家庭で育ったこともあり、子どもの頃から足を踏み入れてはいけない場所が米国にはあることを学んできました。教わらなくても、そうした地域には排他的な標語が掲げられていたり、ステッカーが貼られた車があるので、すぐに分かるんです。私も私の家族も、身の危険を守るためにそうした知識を知ることは重要でした。現実社会におけるヘイトの実情は、リサーチせずとも分かっていました。でも、インターネットがヘイトに大きく関わっていることは、今回の映画制作を通して知ったことです」
2021年1月に起きた米国の国会議事堂襲撃事件には、インターネット上で広まったQアノン(米国の極右が提唱する陰謀論)信者が多く関わっていたことが報じられた。インターネットはヘイトクライムにも大きな影響を与えている。
アウラージョ「tradwife、tradfamilyといった言葉が、ネット上ではタグ付けされて流行しています。伝統的(traditional)な家族であることを自称する人たちのムーブメントが起きていますが、それは形を変えた白人至上主義者たちでもあるんです。KKKは今の時代ではあまりにイメージが悪すぎるので、“リブランド”と称し、新しい形で賛同者を増やそうとしているんです。女性的なソフトさ、穏やかさを巧みに装って、現代のレイシズムは広まっています。人気のインフルエンサーが実はレイシストだったりするんです」
米国の歴史から生まれたヘイトの源
地域で慕われている幼稚園の先生であり、イケメンの夫・クレイグ(ジョン・ビーヴァーズ)と暮らすエミリー。不満のない生活を送っているように見えるが、実は子どもができずに不妊治療を受けている。他の「アーリア人団結をめざす娘たち」も、それぞれの日常生活で鬱憤を溜め込んでいることが会話からうかがうことができる。女性たちが普段から感じている社会的な抑圧が、彼女たちをレイシズムへと走らせているのだろうか?
アラウージョ「エミリーに関して話すと、彼女がレイシズム的な指向性を持つようになったのは、彼女がバイナリー、つまり男と女という2つのジェンダーしかないことが当たり前だと強く信じ込んでいるからなんです。夫、そして子どもがいるという家族構成が、彼女にとっての成功した家族像なわけです。しかし、彼女にはまだ子どもがいません。そうした状況下で感じているフラストレーションは、必ずしもヘイトの源だとは思いません。確かにヘイトの炎を大きくする燃料にはなっていますが、ヘイトの源はもっと深いところにあるように私は感じています」
エミリーの夫・クレイグは、妻たちがヘイトクライムに走るのを止めようとする。だが、エミリーから「あなたは自分の妻を侮辱されても平気なの? 腰抜け野郎なの?」とアジられ、結局はエミリーたちに同行してしまう。主体性のない男・クレイグは、どのようにして生まれたキャラクターなのか気になる。
アラウージョ「本作の冒頭に白人の小さな男の子が登場します。エミリーの教え子ですが、その子が大きくなったイメージが、クレイグなんです。つまり、エミリーの言われたとおりに行動してしまう男性です。エミリーは自分の理想像にいちばん近い男性と結婚したわけです。クレイグは妻がレイシズムに走るのを止めようとしますが、結局は2人とも大きなムーブメントに飲み込まれてしまいます。このクレイグという男性キャラクターは、米国の南北戦争をモチーフにして考えました。南北戦争は奴隷制廃止を主張した北軍の勝利に終わりましたが、南軍側には負けたことを認めない人も多かった。男たちは戦場で亡くなりましたが、南部で家を守っていた女性たちは、子どもらに南部連合が唱えた白人至上主義を教え、それが今も続いているのではないか。私はそう考えたんです」
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