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日刊サイゾー トップ > 連載・コラム  > フィメールラップ号が描いた未来予想図
連載「クリティカル・クリティーク」VOL.14

minanやあっこゴリラらも寄稿。『ユリイカ』フィメールラップ号が描いた未来予想図

さまざまな角度からあぶり出されたフィメールラップの本質

 枠組み論への懐疑を設定することで、ヒップホップの多面性を掘り起こす作業と近しい方法は、韻踏み夫「ひとつではないヒップホップの性」からも読み解ける。〈内容〉〈形式〉という側面で捉えた場合、これまでのヒップホップのジェンダー/セクシュアリティ分析が前者に偏っているという問題意識によって貫かれた論考は、フロウの存在論的な独自性を発見することでヒップホップに隠れたクィア性を照射する。

 先に「近しい」と書いたのは、これまで盛んに行われてきた「枠組みの布置」が「内容」と結託しやすいという私のやや強引な結びつけによるものかもしれない。

 けれども、ミーゴスとElle Teresaのリリックにおける意味性の違いを例に挙げつつ時に繊細に、そして大胆に展開される論は、やはり「内側から」のアプローチによって焚きつけられ駆動しているのではないか。

Ellle Teresa「Versace」

 やはり、ここに可能性がありそうだ。つまり、もはや逃れらないくらいの大文字の枠組みが張り巡らされた現代社会において――もちろん枠があることで多くの困難や問題へ関心が向けられてもいる――「ラッパー」という個人や「ラップ」という極めて具体的で一回性の行為を凝視することでしか浮き上がってこないものがある。

 それはまさに「日々出会う闘争と圧迫が言語化されること自体どれほど価値のあることか」という新田啓子の記述そのものであり、ヒップホップが、(枠組みだけでは見えない)全く異なる角度から風穴を開ける力を秘めていることにほかならない。

 事実、分析的手法で「フィメールラッパーの恋愛表象」を論じた中條千晴は、フィメールラッパーのリリックに見られる内容を精査しながら「彼女たちの恋愛表象は、一見既存の表象から逸脱しているようではあるが、やはり社会化されたジェンダー規範が内面化された従属的な主体化ともいえる両義性があることは否めない」とした上で、「だがその両義的な自己との「対話」に日本のフィメールラッパーの特徴があるともいえるのではないだろうか」(P.123)と結論づける。

 それは、「両義的な自己との対話」を通して、いかに日々出会う闘争と圧迫を、その過程を、ラッパーたちが言葉に還元していったかということでもあるだろう。

 だからこそ、そこに真の「答え」はない。あるのは、考え悩み闘ったという「痕跡」であり、私は時として一元的かつ瞬間的な「答え」以上に、その痕跡を記すラップには「答えにならない答え」が秘められていると思う。

 ゆえに、日々出会う闘争に対して応答したいくつかの創作表現にはとりわけ胸を打たれる。そこには、「答えにならない答え」が模範解答のような整然とした形ではなく、多方向に入り乱れながら切迫感に引きずられ描かれているからだ。

 例えば、AOI ITOHの「特報!これがラッパーの力だ ヒップホップと政治のモーレツな死闘」と題されたヴィジュアル作品で描かれる〈闘争〉するフィメールラッパーの姿。「かっこいい」「かわいい」を体現するラッパーの死闘をハイパーな次元でデフォルメさせたヴィジュアルは、混沌とした魅力を放つ。

 九段理江の「Planet Her あるいは最古のフィメールラッパー」と題された短編小説も、「枠組み」の欺瞞を回避しつつヒップホップを取り巻く複雑な構造を立体的にあぶり出す。

 ジムで出会う高齢女性の個人的で具体的な、そして社会に振り回された体験がヒップホップへと自然に接続し昇華されるさまに、「フィメールラッパー」の本質を見るのだ。

Doja Cat「Kiss Me More」

 「フィメールラップ」ひいては「ヒップホップ」の文化的豊穣とは、フィメールラッパーの数が増え、優れた音源が多く聴けるようになるという次元にとどまるものではない。ラップが様々な思想や表現を刺激し、まるで連鎖するかのように既存の社会の見え方を転覆させること――そのアクロバティックで革命的な一つひとつが、ユリイカ「〈フィメールラップ〉の現在」には凝縮されている。

つやちゃん(文筆家/ライター)

文筆家/ライター。ヒップホップやラップミュージックを中心に、さまざまなカルチャーにまつわる論考を執筆。雑誌やウェブメディアへの寄稿をはじめ、アーティストのインタビューも多数。初の著書『わたしはラップをやることに決めた フィメールラッパー批評原論』(DU BOOKS)が1月28日に発売されたばかり。

Twitter:@shadow0918

つやちゃん

最終更新:2023/05/16 20:00
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