昆虫はなぜ海にいないのか? ゲノム解析などで「新たな視点」
#鷲尾香一
昆虫はなぜ海にいないのか――。
昆虫は100万種を超えるほどの多様性を誇り、地球で最も繁栄している生物ともいわれている。だが、海洋環境に適応している種の数は非常に少ない。この理由について、東京都立大学と杏林大学の研究チームが4月18日、新説を発表した。
https://www.tmu.ac.jp/news/topics/35603.html
発表文によると、昆虫が海にいない理由として、これまでに
①昆虫が海水に適応できない。
②水圧で気管が壊れる。
③捕食圧の高さ。
などさまざまな仮説が立てられていたが、外洋や海水中、深海などでも生存可能な種が報告されるにつれ、これらは否定的に論じられるようになった。
現時点で最も有力だとされる仮説は生態学の用語による概念的解釈で、「節足動物が占有できる生態学的地位が、甲殻類を含む動物に予め占有されており、昆虫が後からつけ入る隙間がない」という説。
しかしこれは、「昆虫が海にいない理由はまだよくわからないが、このような説明は可能」といった域を超えておらず、昆虫が海にいない理由に関する説明は未だ提示されていなかった。
そこで、研究チームはこの生態学的説明を支持しつつ、環境要因やゲノム情報・分子進化学的知見を組み入れ「昆虫が海にいない理由」を考察した。
研究チームは、節足動物である昆虫にとって重要な体構造である“外骨格”に着目し、それが硬くなるために用いられるメカニズムに関連づけ「昆虫が海にほとんどいない」理由の説明を試みた。
昆虫と甲殻類は共に節足動物であり、現在、甲殻類(エビやカニなど)と昆虫を併せて汎甲殻類と呼ぶが、最新の学説では「昆虫は汎甲殻類を構成するごく一部の分類群に過ぎない」とされている。
研究チームは、元々は海にいた甲殻類の一部(ムカデエビとの共通祖先から分岐した分類群)が陸上環境へと進出し、やがて昆虫に進化する過程で昆虫は昆虫独自の遺伝子を獲得し、それを用いた昆虫独自の外骨格硬化を行うようになったとする説を提唱している。
外骨格を硬くする過程で、昆虫は酸素分子を補因子とする化学反応が必要だが、水中は陸上(空気中)と比較し、30分の1しか酸素が含まれておらず、これが水への進出に際して一つの障害となっている可能性がある。
酸素が豊富な陸上とは対照的に海水中では昆虫に近縁とされる甲殻類が繁栄しており、彼らは海水に豊富に含まれるカルシウムを利用して外骨格を硬くしている。この外骨格を硬くするのに必要なのが、酸素なのか、カルシウムなのかが非常に大きなポイントとなる。
昆虫独自の外骨格硬化を行うプロセスに必須な、マルチ銅オキシデース2(MCO2)と呼ばれる酵素は、研究チームが行なった分子系統解析の結果、昆虫独自に進化したものであることが判明した。
このMCO2と酸素分子を用いて、陸上では供給に制限のあるカルシウムに頼らず外骨格を硬くできるようになる。その結果、昆虫は甲殻類に先立って初期の原始陸上生態系に適応放散できたと考えられる。
また、カルシウム沈着を伴わない外骨格は、軽量であることから「軽くて丈夫」な外骨格を昆虫が得たことにもなる。これは、のちに昆虫が飛行能力を発達させる上で重要な要因だといえる。
しかしながら、陸上環境へ適応する過程では有利だったカルシウムを使わないで酸素分子を利用する形質が、海への再進出に際して不利な形質になるのではないかというのが、研究チームの新仮説の重要なポイントとなっている。
その上で、研究チームは新説の最も重要な点は、甲殻類から昆虫が進化する過程で「昆虫が昆虫独自の遺伝子を獲得し、それにより昆虫独自の外骨格形成が可能となり、この独自性こそが昆虫の特徴(=昆虫の定義)であることに加え、昆虫が陸上で繁栄できた優位性の一つではないか」といった仮定だとしている。
昆虫の定義については、内顎類(コムシなど)と外顎類(イシノミ以降)が非昆虫と昆虫の境界だとする説が有力だが、生理学的な特徴や特定の遺伝子の有無を考慮しているという点で、研究チームが提示する理論はほぼ収束しつつある学説に「新たな視点を提示する」という。
また、昆虫特有の軽くて丈夫な外骨格を可能にする分子メカニズムについて具体的遺伝子名を挙げて説明しているのは、研究チームの説が「おそらく最初で、独自性が高い」としている。
研究結果は、Physiological Entomologyに掲載されている。
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