醍醐虎汰朗の代表作に?古谷実原作の深夜ドラマ『シガテラ』の本当の恐ろしさ
#ドラマ #成馬零一
テレビ東京のドラマ24(金曜深夜0時12分~)で放送されている深夜ドラマ『シガテラ』は、いじめられっ子の高校生が女の子と付き合ったことをきっかけに人生が大きく変わっていく姿を描いた青春ドラマだ。
荻野優介(醍醐虎汰朗)は、友人の高井貴男(丈太郎)と共に、谷脇(長谷川慎)からいじめを受けていた。地獄のような高校生活を送る荻野にとって「バイクに乗りたい」というささやかな夢だけが心の拠り所で、バイクを買うためにアルバイトをしながら、免許取得のためにコツコツと教習所に通っていた。そこでひとつ年上の南雲ゆみ(関水渚)と知り合い、やがて付き合うようになる。
自意識過剰で劣等感の強い荻野は、初めて付き合う彼女の反応に一喜一憂し、思わず変なことを口走ってしまったり、興奮してHな気持ちになってしまう。荻野の振る舞いは思春期の少年なら誰もが経験することで観ていて気恥ずかしくなるが、南雲のことを一途に想う荻野の姿は次第に愛おしくなっていく。
荻野を演じる醍醐虎汰朗は、最近では連続テレビ小説『舞いあがれ!』(NHK)で注目された若手俳優だが、本作がドラマ初主演。新海誠のアニメ映画『天気の子』の主人公の少年・森嶋帆高の声優としても知られており、思春期の少年の青臭い心情を演じさせると見事にハマる。この『シガテラ』が醍醐の代表作となることは間違いないだろう。かつての窪田正孝のように、思春期の悩める少年役が、これから殺到するのではないかと思う。
原作は、古谷実が「週刊ヤングマガジン」(講談社)で2003~05年にかけて連載していた青春漫画。大ヒット漫画『行け!稲中卓球部』(講談社、以下『稲中』)の作者として知られる古谷実は、90年代はギャグ漫画家として高く評価されていた。しかし、2001~02年に連載された『ヒミズ』(同)以降、作風を一新し、今まで「笑い」の奥に隠されていた毒が全開となった暗黒青春漫画を描くようになっていった。
『シガテラ』は『ヒミズ』の後に描かれた漫画で、「笑い」を封印して絶望的な物語を貫徹した『ヒミズ』の反動もあってか、ギャグ漫画の楽しいテイストが戻っている。しかし、荻野と南雲の楽しい恋愛模様の周辺では、常に不穏な気配が蠢いており、いつ何が起こるのかわからない緊張感が劇中を覆っていた。
その不穏な気配はドラマ版『シガテラ』にも踏襲されている。荻野と南雲の恋愛模様と同時進行で描かれるのが、高井と谷脇の転落劇だ。高井は、家が破産したことで高校を辞めてしまう。一方、谷脇は、高井がネットで知り合った「森の狼」と名乗る男から脅迫を受けており、第5話の予告では「森の狼」に高井が襲われることが暗示されている。
つまり、恋愛によって運気が上がっていく荻野と反比例するように、高井と谷脇には不幸が押し寄せて転落していくことが暗示されているのだ。高井は自分がいじめられたのは荻野のせいだと言って荻野を殴り、「お前は不幸の元だ。お前と関わると全員不幸になるんだよ」と責め立てる。
高井の言っていることは客観的に見ると逆恨みでしかないのだが、実はこの荻野が幸せになる一方で周囲がどんどん不幸になるという物語の構造が暗示されているのが『シガテラ』というタイトルである。
第一話冒頭。山田孝之のナレーションで「シガテラ」の意味について以下のように解説される。
シガテラとは毒素を持つプランクトンを魚が食べ、魚の体内に蓄積した毒の一種。シガテラ毒の魚を人間が食べると、頭痛やめまい、下痢、嘔吐などの食中毒に。自然毒を原因とする食中毒では世界で最大規模の被害を出していると言われている。だが、致死率は極めて低い。
おそらく、シガテラ毒を体内に蓄積した魚が荻野で、谷脇や高井はその毒によって不幸になっていく様子を『シガテラ』というタイトルが暗示しているのだろう。
同時に、この『シガテラ』というドラマ自体が、体内に毒を宿した魚だとも言える。原作漫画と比べると、ドラマ版『シガテラ』はラブコメ色がより強くなっている。漫画では成立する誇張された極端な言動や振る舞いを、そのまま実写に落とし込んだ結果、描写が戯画的になりすぎて、映像作品としてのバランスが崩れている。
荻野と南雲がデートする場面でかかる劇伴も賑やかすぎて違和感があるのだが、これはあえて荻野が浮かれている状況を強調するための演出なのだろう。なぜなら、恋愛の楽しさが際立つほど、じわじわと忍び寄ってくる不幸の影がより強まるからだ。
幸福と不幸は紙一重で、楽しくイチャイチャする恋人のすぐ側には、自暴自棄になって凶行に走る孤独な男がいて、いつ襲ってきてもおかしくない。それが『ヒミズ』以降、古谷実が打ち出してきた世界観だ。この“通り魔”的な世界を描けるかどうかが、本作の最終的な評価を決めることになると思うのだが、毒はすでに回り始めている。
『シガテラ』の本当の恐ろしさが露わになるのは、これからである。
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